第二十五話 日日是好日
『ワタリ』という最大級の災害を、誰一人欠けることなく押し切った。
その事実は、大吾と開拓民たちの胸に大きな、そして確固たる自信を芽生えさせていた。
「師匠! この開拓地に点在する全ての集落を繋いで、一つの巨大な安全地帯にしましょう!」
大吾の提案に、誰も反対する者はいなかった。
日々の厳しい稽古と実戦を経て、住民たちの戦闘力は格段に跳ね上がっていた。
かつては野禍の影一つに震えて引きこもっていた者たちが、今や湾刀を手に堂々と見回りを行い、禍つに対して過剰な恐怖心を抱く者は一人もいなくなっていたのだ。
* * *
「おい緋乃! そろそろ代われ! 今日の抱っこ担当時間は俺だぞ!」
「嫌よ! さっき大禍を斬るときに蒼ちゃんが『きゃっきゃ』って喜んでたんだから、まだ私の番よ!」
巨大な大禍が地響きを立てて倒れ込む傍らで、相変わらず蒼太の奪い合いを繰り広げる玄蔵と緋乃。
そこへ――ふと、いつものように透き通るような佇まいの美女・澪が、ぬっと姿を現す。
「あ、澪さん、チィーッス!」
「うむ、今日も皆元気じゃな」
「この後、道場で昼飯食べます?」
「うむ、頂こう。…デカ盛りで」
「今日、デカ盛りなんだ…」
死闘の直後であっても、巨獣の屍の前であっても変わらない、あまりにも「いつも通り」のやり取り。
だが、この何があっても揺るがない玄蔵夫婦の悠々さと、ふらりと現れては肉を食う澪の存在こそが、過酷な土地で生きる住民たちにとって一種の「精神安定剤」となっていた。
(玄蔵さんたちが笑っていれば、どんな禍つが来ても大丈夫だ)
誰もがそう確信できるからこそ、集落にはいつもあたたかな活気が満ちあふれていた。
* * *
やがて、弟子たちの中には一人で禍つを狩って帰ってこれるほどの猛者も増え始めた。
「師匠! 今日の狩りの収穫です! でかい肉が取れましたよー!」
「おお、上出来だ! 今日も道場で盛大に喰らうぞ!」
狩った肉や素材は道場へ持ち込まれるのがすっかりお決まりとなっていた。
今や父親と息子、あるいは夫婦揃って弟子という『家族ぐるみで蒼武館』な家も多く、稽古が終わればそのまま道場が巨大な宴会場へと早変わりする。
緋乃を中心に、弟子の女性たちが手際よく大鍋を振り、香ばしい禍つ肉の炒め物や特製スープが次々と出来上がっていく。
「ふふ、お料理上手ね、鈴ちゃん」
「うん! すず、おてつだいするの! あかちゃんのお肉もつくる!」
二歳になった大吾の娘・鈴も、小さな手で一生懸命にお野菜を洗ったり、お皿を並べたりとお手伝いを始めていた。
「あぅー!(わくわく)」
抱っこ紐の中からその様子を身を乗り出して見つめる蒼太。
力加減はまだ調整中だが、鈴が「はい、蒼ちゃんのお皿だよ!」と木のお皿を渡すと、蒼太は上手に『あうー!』と可愛らしく笑って受け取っていた。
過酷な最果ての開拓地。 けれど、ここ『蒼武館』に広がるのは、溢れるほどの笑顔と、香ばしい飯の匂いと、かけがえのない温もり。
――日日是好日。
どんなに禍つが暴れようと、美味しい飯を食べ、家族や仲間と笑い合える今日という日は、いつだって最高の吉日なのだ。




