第二十四話 マガツノワタリ
未解明の自然現象――人々が恐れを込めてそう呼ぶ現象が発生した。
『禍つのワタリ』
無数の野禍が黒々とした大渦を巻き、まるで濁流のように大地を削りながら群れで移動する災害級の怪異現象である。
その数、軽々と五百超え。そして最悪なことに、その直進ルート上にあったのは――拡大を続ける『蒼武館』と、統合された彼らの集落だった。
「恵さん! 蒼ちゃんを頼む!」
「あぅ……?」
普段なら「お散歩ついで」とばかりに蒼太を抱っこ紐に入れて戦場へ向かう玄蔵だったが、今回ばかりは違った。蒼太を大吾の妻・恵へ託すと、きりりと表情を引き締める。
「任せてください、玄蔵さん! 蒼ちゃんは命に代えても!」
「頼んだぞ!」
玄蔵の隣に立つ緋乃の纏う気が、ガラリと一変した。
柔らかな母親の顔は霧散し、かつて「鬼緋乃」として戦場を震撼させた、冷徹にして苛烈な殺気が全身から溢れ出している。
「気合、十分ね。……我が家の庭を荒らそうなんて、いい度胸じゃない」
「おう! 作戦は単純明快! 俺と緋乃と大吾の三人でワタリのど真ん中をぶち破る! 討ち漏らしは弟子たちが左右から叩け!」
「「「応!!」」」
地鳴りのような咆哮とともに、黒い大渦が押し寄せてくる。
「行くぞオラぁぁぁッ!!」
怒号とともに、正面からワタリのど真ん中へ突進する玄蔵、緋乃、大吾の三人。
ドッバァァァンッ!!
玄蔵の湾刀が流麗な弧を描き、一閃で十数体の野禍を両断する。緋乃の絶技の拳脚が黒い肉塊を叩き潰し、爆音を響かせる。
大吾もまた、血反吐を吐く思いで稽古した湾刀を振るい、猛然と喰らいついた。
しかし――相手は五百を超える禍つの濁流。
ガリッ! ズサッ!
「グッ……!」
「ちっ……!」
流石の三人であっても無傷とはいかず、押し寄せる爪や牙によって腕や脚を切り裂かれ、被弾が重なっていく。
だが、誰も足を止めない。歯を食いしばり、血を撒き散らしながら、ただひたすらに斬り、殴り、殺しまくる!
左右を固める弟子たちも必死の形相で刀を振るい、一歩も引かずに壁となった。
――死闘、数刻。
最後の野禍が力尽きて倒れ、静寂が訪れた。
荒れ果てた戦場に立っていたのは、ボロボロになりながらも生き残った『蒼武館』の面々だった。
「ハァ……ハァ……っ……お、終わった……生きてる……」
肩で息をし、血と泥に塗れた大吾が、膝を突きそうになりながらポツリと呟いた。
だが――その横で、全身傷だらけの玄蔵がニカッと豪快に血のついた歯を見せて笑った。
「何寝言いってんだ大吾! まだ、終わってねぇぞ!!」
「……えっ!?」
大吾と弟子たちが戦慄して身構える。
まだ伏兵がいるのかと顔を青くする彼らに向かって、玄蔵は湾刀を天にかかげ、腹の底から叫んだ。
「てめえらあぁ!!今日は超!大漁だ!! 五百匹超えの肉と素材だぞ!? このまま祭りを始めようぜぇぇぇッ!!」
……沈黙。
傷口を押さえながら立ち尽くす緋乃が、心底呆れた顔で玄蔵を見つめた。
「……バカなの……? こっちはボロボロなのよ……?」
「い、いや!緋乃さん」
大吾が血のついた顔で前へ出ると、ブルルと震えながら力強く拳を握りしめた。
「いいですね祭り! 最高に良い考えです!! ……でも!!でもっ!!それは 明日からで!!!!」
限界を超えて戦い抜いた一番弟子の、魂からの叫び。
玄蔵は一瞬ポカンとした顔を浮かべると、サッと冷や汗を流して、ぎこちないドヤ顔で頷いた。
「お、おう……ソウデスネ。明日カラニシヨウカ」
最悪の災害現象『禍つのワタリ』を全滅させた無敵の集団は、揃ってその場にへたり込み、疲れ果てた笑い声を開拓地の空へと響かせるのだった。




