第二十二話 大盛りなんだ
他集落へと続く険しい山道。その道中で、一行は巨躯を揺らす最悪の怪異『大禍』と衝突した。
山を崩さんばかりの咆哮。
だが、その絶大なる脅威を前にして、玄蔵と緋乃が繰り広げていたのは――まさかの夫婦喧嘩であった。
「おい緋乃! そろそろ蒼ちゃんを交代する時間だろ! 俺に抱っこ紐を渡せ!」
「イヤよ、いま寝てるんだから! それにそんな粗暴に棒を振り回して蒼ちゃんに当たったら大変じゃないの!」
「棒てお前、俺の湾刀を棒呼ばわりすんな! つか俺がそんなヘタクソな斬り方するわけねぇだろ、分かってて言ってやがるな! お前こそさっきからピョンピョン跳ね回って、蒼ちゃんの首がガクガクッてなったらどうすんだよ! 大丈夫なの首!?」
「バカね! 首が座った蒼ちゃんはこの揺れが心地良いのよ! ほら見てごらんなさい、すやすやと寝ているわ!」
「『すやすやと』じゃねぇんだよ! 約束の時間なんだから代われって言ってんだろ!!」
ギャーギャーと激しい言い合いを繰り広げながら、玄蔵の湾刀が一閃。
大禍の巨腕が宙を舞う。 返す刀で、緋乃が蒼太を背におぶったまましなやかに跳躍し、絶妙な軸から繰り出した一蹴りが大禍の頭を粉砕した。
ドサァァァン……ッ!!
「……ハァ、ハァ……だーかーら! 代われと言っている!!」
「絶対嫌よ、寝てるって言ってるでしょ!」
討伐完了。大禍すらも夫婦の抱っこ交代の小競り合いの「ついで」で片付けられてしまった。
後ろで群がる野禍どもを引き受けていた大吾たち自警団も、日頃の訓練の成果が実を結び、危なげない連携で一頭も漏らさずに討ち果たしていた。
「ふぅ……みんな、手際が良くなったな! よし、ここで昼の休憩にしよう!」
* * *
開けた野営地で火を焚き、退治した禍つ肉を捌いて特製ダレでこんがりと焼き上げる。
香ばしい匂いが立ち込め、大吾たちが「うめぇ!」「力が湧いてくる!」と賑やかに食卓を囲んでいた、その時だった。
――ふと、そこに彼女がいた。
どこから歩いてきたのかも分からぬまま、透き通るような佇まいの美女――澪さんが、木立の脇に佇んでいた。
「あ、澪さん! 一緒に食べますか?」
気付いた大吾が当たり前のように声をかける。
「うむ、頂こう。……大盛りで」
澪は短く答えると、ちょこんと素朴な丸太の上に腰掛けた。 大吾から禍つ肉が山盛りに盛られた皿を手渡されると、小さく頷く。
「ありがとう。頂く……うむ、美味しい。モグモグ」
「「(モグモグ言ってる……)」」
「いい味付けじゃ。モグモグ」
物静かで神秘的な雰囲気を漂わせながら、手際よく肉を口へ運び、美味そうに頬張る澪。
それを見ていた玄蔵と緋乃は、ふと頭の隅に引っかかっていた『違和感』を思い出していた。
(……あ、そう言えば。集落に初めて着いた時、後で住民に澪さんのこと聞こうって言ってたの、なんでか知らんけどスッカリ忘れてたな……)
なぜ忘れていたのか。なぜこの女性はこんなにも現実離れしているのに、大吾たちも含めて誰も疑問に思わず受け入れているのか。
(……まあ、いいか)
玄蔵は考えるのをやめた。 敵意も悪意も一切感じない。むしろ、美味そうに大盛り肉を食う姿には妙な愛嬌すらある。
(変に詮索して関係がこじれる方が面倒だしな。普通に接しておきゃいいだろ!)
(ええ、そうね。挨拶もちゃんとしてるし、美味しそうに食べてくれたから大丈夫でしょ)
夫婦は一瞬で思考を切り替え、それ以上深く追求しないことにした。
「ご馳走になった」
大盛りのお皿を綺麗に空にした澪さんは、満足そうに小さく一礼すると、またスーッと風のように木立の奥へ去っていった。
「不思議な人だなあ……。あ、師匠! お肉の追加、焼き上がりました!」
「おう大吾! よし、食ったら隣の集落へ殴り込みだ!!」
敵に回したらヤバそうな存在すらも「美味しい飯を食う仲間」として自然に巻き込みながら、蒼武館の一行は他集落の救出に向けて、再び力強く歩み出すのだった。




