第二十一話 そんなものは迷信
「――おいおい大吾、お前らまさかコレ捨ててんのか!?」
ある日の稽古終わり、退治した野禍や異禍の解体場を通った玄蔵が、驚愕の声をあげた。
「えっ……はい。禍つの肉は『食べると身が穢れる』と言われていますし、毒や呪いがあるって昔からの言い伝えで……」
「バッカお前!! こんな美味ぇもん捨てる奴があるかよ!!」
玄蔵と緋乃は「迷信迷信! そんなの全部嘘!」と一瞬で一蹴した。
「きちんと血抜きして、火を通して余計な毒気を飛ばせば、普通の鹿や猪より肉質が引き締まっていて絶品なのよ。滋養強壮にも最高なんだから」
緋乃が手際よく捌いて特製のタレで炒めた禍つ肉の炒め物を、恐る恐る口にした大吾たち開拓民。
その瞬間、全員の目が丸くなった。
「う、美味ぇぇぇっ!?」 「身が穢れるどころか、体の中から力が湧いてくるぞ……!」
八雲時代から「美味いものは美味い」と喰らい尽くしてきた玄蔵夫婦の助言により、開拓地の食文化は激変した。
常に肉が手に入るようになり、貧しかった住民たちの栄養状態は劇的に改善。
子供たちの肌ツヤまで見違えるほど良くなったのだ。
さらに、変化は食卓だけに留まらなかった。
「禍つの皮や骨も捨てるなよ! 防具や道具の補強に使える!」
退治する禍つの数が跳ね上がったことで、開拓地には素材が溢れるほど手に入るようになった。素材が多いということは、それだけ「試行回数」が増えるということだ。職人たちの加工技術は爆発的な勢いで向上していった。
そして何より、玄蔵の剣術指導である。
「師匠! 直刀での立ち回りの基本は――」
「あ? 直刀? 知らん知らん! 使い方の基本なんてとっくに忘れた! 時代は湾刀一択だ!!」
指導者が玄蔵であるため、『蒼武館』の弟子たちが手にする武器は必然的に「湾刀」一択となった。 となれば、当然集落の刀鍛冶への需要も湾刀一択となる。
豊富な禍つ素材を実験台にして叩き上げられた鍛冶屋の腕は上がり、湾刀の品質は日に日に向上。
開拓地の自警団は、いつしか「高品質な湾刀と頑丈な禍つ防具を身につけた猛者集団」へと変貌を遂げつつあった。
* * *
そんなある日、大吾が神妙な面持ちで玄蔵のもとへやってきた。
「師匠……ご相談があります」
「ん? なんだ大吾、型の筋ならかなり良くなってたぞ」
「いえ、そうではなく……この開拓地には、俺たちの他にもいくつか別グループの集落があります。どこも昔の俺たちと同じで、連日の禍つ被害に喘ぎ、明日をも知れぬ生活を送っているんです……」
大吾はぎゅっと拳を握りしめた。
「自分たちだけが助かって、他を見捨てるのは忍びないんです。俺たち『蒼武館』の手で、他の集落も助けに行きたいんです!」
自分たちの居場所を守るだけだった男が、他の誰かを助けたいと願うまでに成長した。その姿に、玄蔵はニカッと豪快に笑った。
「言われるまでもあるか! 良い提案だ大吾! 自分の居場所を守れるようになったら、次は隣を助ける! それが男ってもんだろ!」
「ええ、素晴らしい考えだわ」
緋乃も優しく微笑みながら、抱っこ紐の蒼太の着替えをササッと準備し始めた。
「よし! じゃあ他集落の救出遠征だ! 行くぞ蒼ちゃん!」 「あぅー!(やる気満々)」
「……えっ、師匠たちも一緒に来てくださるんですか!?」
「当たり前だろ! 一番弟子の初遠征に付き合わない師匠がどこにいる! それに……」
玄蔵は湾刀の柄をポンポンと叩き、どこまでも頼もしいドヤ顔を浮かべた。
「新しい集落に、俺たちの『湾刀と禍つ肉の素晴らしさ』を教え込んでやらなきゃならんからな!」
こうして、過酷な開拓地全体を巻き込む『蒼武館』の次なる快進撃が始まろうとしていた。




