第二十話 正式名 蒼武館
開墾地の小高くなった広場に、真新しい木の匂いが漂う立派な道場が完成した。
大吾をはじめとする住民たちが総出で木材を切り出し、汗を流して建て上げた、彼らの希望の象徴だ。
その正面に掲げられた看板には、力強い文字でこう書かれている。
『蒼武館』
愛息・蒼太の名から一文字を取り、我が子の健やかな成長と健闘を願ってつけられた、玄蔵と緋乃の愛情がたっぷり詰まった正式名称である。
……が。
「おーい、大吾! 今日も『玄蔵さんち』に稽古行ってくるぞー!」
「ああ、あの『道場』な! 俺もすぐ行く!」
看板のありがたみもどこへやら、住民たちの間ではあっさりと「玄蔵さんち」あるいは「道場」という超・直球な通称で定着してしまった。
当の玄蔵も緋乃も、「まあ通じりゃ何でもいいんじゃない?」とまるで気にしていない。
看板の命名よりも遥かに重要だったのは、この道場ができたことで集落の空気が劇的に変わり始めたことだった。
一番弟子となった大吾は、素振りや立ち回りの筋が良いだけでなく、根が誠実で面倒見が良く、驚くほど「統率力」のある男だったのだ。
「いいか皆! 玄蔵師匠と緋乃師匠が教えてくださるのは、ただの武術じゃない!
俺たちが自分の足で立ち、自分の家族とこの居場所を守るための力だ! 今日も気合入れていくぞ!」
「「「おうっ!!」」」
大吾の呼びかけに、かつて怯えるだけだった開拓民たちが力強く応える。
元祓い屋という規格外すぎる玄蔵一家と、どこか遠慮がちだった住民たちとの間を大吾が上手く取り持ったおかげで、一家はあっという間に集落になじんでいった。
道場での稽古を重ねるうちに、ただ教わるだけでなく、住民たち自身による「自警団」的な見回り体制も自然と出来上がっていく。
かつての死に体だった開拓地には、確かな活気と「自分たちの町」という意識が芽生え始めていた。
* * *
そんなある日の道場での稽古終わり。
大吾の妻・恵に連れられてやってきた二歳の娘・鈴が、緋乃の抱っこ紐の中で丸い目をパチパチさせている蒼太を、興味津々な様子でのぞき込んでいた。
「あかちゃん……? あかちゃん、かわいいねぇ……」
鈴がトコトコと近づき、小さな手を伸ばして蒼太の頬に触れようとする。
蒼太も「あぅー!」と嬉しそうに手足をバタバタとさせ――危うく近くに転がっていた木刀を素手で握り潰しそうになった。
(あっ……!)
ヒヤリとしたのは玄蔵だ。
蒼太は見た目こそ至高の可愛さを誇る赤子だが、中身は生まれついての「超・怪力&超・頑強」。
悪気なく『あうー!』と手を握り返しただけで、二歳の鈴ちゃんの小さな腕など簡単におポキリといきかねない。まだ力加減という概念が皆無なのだ。
玄蔵はサッと素早く、けれど鈴を脅かさないよう優しく間に割り込むと、膝をついて目線を合わせた。
「おっ、鈴ちゃん! 蒼ちゃんに興味があるのか?」
「うん! あかちゃんと、あそびたい!」
無垢な笑顔で答える鈴に、玄蔵はニカッと温かい笑みを向け、そっと彼女の頭を撫でた。
「あのな、鈴ちゃん。実は蒼ちゃん、こう見えて『超』がつくほどの照れ屋なんだよ」
「てれやさん……?」
「そうなんだ。急に遊ぶと緊張しちゃって上手に遊べないからさ。もうちょっと大きくなって、照れ屋が治ってから、たっぷり遊んでやってくれよな!」
「……うん! 大きくなったら、いっしょにあそぶ!」
鈴ちゃんは納得したように元気に頷き、抱っこ紐の奥で「あぅ?」と首を傾げる蒼太に向かって手を振った。
その様子を後ろで見守っていた緋乃と大吾も、ふふっと柔らかく微笑み合う。
「玄蔵師匠、お気遣いすみません……」
「へっ、気にするな大吾! 子供同士、仲良く育っていってくれりゃそれが一番だからな!」
かつて禍つの恐怖に震えていた最果ての開拓地に、小さな子供たちの笑い声と、道場から響く掛け声が重なり合っていく。
蒼太の名を冠した『蒼武館』は、この過酷な地に打ち立てられた、新しく温かな家族と絆の砦となっていくのだった。




