第十八話 挨拶代わり
開拓地の空気は、お世辞にも歓迎ムードとは言えなかった。
どこの馬の骨とも知れぬ流れ者、しかも赤ん坊を連れた若い夫婦。死に体のような開拓民たちから注がれる視線には、警戒と諦警の色が濃厚に混じり合っている。
――だが、そんな重苦しいアウェーな空気を、この夫婦が気にするはずもなかった。
「いやー、いいとこですねぇここ! ちょっと散歩がてら、周辺の治安維持状況でも見てもいっすか~?」
「ええ、蒼ちゃんのお散歩コースに危険がないかチェックしておきたいですしね」
かる~いノリで周囲を見渡そうとした、その時だった。
「ひ、大変だぁぁぁっ! 東の開墾地に禍つが出たぞ!!」
泥だらけの男が、呼吸を乱しながら駆け込んできた。
「異禍が二頭に、野禍の群れだ! 誰か、腕に覚えのある奴は追い払うのを手伝ってくれ!!」
その悲鳴に、開拓民たちは一斉に顔を蒼白にし、コソコソと家の中へ引きこもり始めた。
勝てるはずがないのだ。村の自警団が束になっても返り討ちにあうような禍つの群れ相手に、命を捨てに行く者などいるはずもない。
「ホイホイ、任せときなさいって!」
「まあ、ちょうどいいお散歩の目的地ができたわね」
冷や汗を流す開拓民たちを余所に、玄蔵と緋乃は二つ返事で現場へ急行した。
* * *
開墾地では、赤黒い妖気を放つ異禍が触手をうごめかせ、その足元を無数の野禍が這い回っていた。絶望的な光景――のはずだった。
「蒼ちゃん、危ないからお母さんの抱っこ紐の中で見ててねー」
「あぅー!(ワクワク)」
緋乃は蒼太を優しくあやしながら、片手で腰の短刀の柄に手をかける。 玄蔵は欠伸混じりに湾刀を抜くと、一歩、踏み込んだ。
ドバッ――!!
一瞬だった。 玄蔵の刃が閃いたかと思うと、一頭の異禍が核石ごと上下真っ二つに叩き切られて弾け飛ぶ。
流麗にして圧倒的な引き斬り。残った野禍どもが悲鳴をあげて襲いかかるが、玄蔵の踏み込み一つ、一閃一つで次々と倒れていく。
「あら、私にも残しておいてちょうだい」
逃げ出そうとしたもう一頭の異禍に対し、緋乃は蒼太の頭をそっと撫でながら、残された片足で地を蹴った。
抱っこ紐を一切揺らさぬ完璧な軸から繰り出された、疾風の如き上段蹴り。重厚な異禍の頭部が、熟した柿のように粉砕された。
――瞬殺。 開拓地を恐怖の底に突き落としていた禍つの群れが、ほんの数十秒で死体に変わっていた。
「「…………は?え?」」
後から恐る恐るついてきた開拓民の男たちは、腰を抜かして開いた口が塞がらない。
自警団総出でも歯が立たない怪異の群れを、赤ん坊を抱いた夫婦が「お散歩のついで」のようなノリで狩り尽くしたのだ。
返り血一つ浴びていない玄蔵は、湾刀をカチャリと鞘に納めると、爽やかなドヤ顔で頭をかいた。
「いやー、ちょうどいい準備運動になりました! あ、改めまして!」
玄蔵は胸を張り、呆然とする住民たちに向かって満面の笑みを向けた。
「元祓い屋の玄蔵です! こっちが妻の緋乃で、こっちが息子の蒼太! この辺で夫婦で武術道場でもやろうかと思ってまーす! 禍つ討伐も近所付き合いもバッチリこなすんで、よろしくお願いしまーす!」
「よろしくお願いいたしますね(ふわり)」
あまりにも規格外すぎる「挨拶代わり」の一撃。
開拓地の住民たちは、目の前で起きた奇跡のような光景と、能天気すぎる夫婦の挨拶に、ただただ頷くことしかできなかった。




