↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】あくおに はべり うつくしき  作者: 零 珊瑚屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/31

第十七話 挨拶したから怒ってない

 「蒼ちゃん、見てごらん! あれが今日から僕たちの住むお山だよー!」


「あぅー!(バシバシ)」


抱っこ紐から身を乗り出した蒼太(そうた)が、テンション高めに玄蔵(げんぞう)の鼻柱を素手で叩く。

激痛で涙目になりながらも、「あはは! 元気があって至高だなぁ蒼ちゃんは!」とデレデレの父親である。


八雲の街を旅立ってから数日。


夫婦で代わる代わる蒼太を抱っこしながら進む道中、当然のように『禍つ』どもが襲いかかってきたが――結果は察して知るべし。


野禍(やか)が出れば玄蔵が「蒼ちゃんの寝かしつけの邪魔だ!」と湾刀を一振りで一刀両断。


異禍(いか)が躍り出れば、緋乃(ひの)が「我が子の前で汚い顔を見せないで」と片手抱っこのまま絶技のローキックで首を飛ばす。


怪異の巣窟と言われた街道は、玄蔵一家にとってはただの『家族旅行の散歩道』でしかなかった。


「ふう、そろそろ開拓地の集落が見えてくる頃ね。良い物件があるといいのだけれど」


「おう! 道場を構えて、蒼ちゃんがいくら暴れても大丈夫な特大の庭つき居宅を探すぞ!」


意気揚々と荒涼とした山道を突き進む二人。 その時――ふと、玄蔵の視界の端に『誰か』が映り込んだ。



街道の脇、枯れ木が立ち並ぶ木立の中に、一人の女性が佇んでいた。



(……ん?)


玄蔵は思わず足を止めた。 透き通るような肌、神秘的な佇まい。

いや、透明感どころか、光の加減によっては『向こう側の景色が透けて見えているのではないか』と錯覚するほど、この世の者離れした存在感を放っている。

だというのに、そこに“確実にいる”という圧倒的な圧が、その空気を支配していた。


普通なら警戒し、湾刀に手をかける場面だ。

だが、玄蔵の口から出たのは、あまりにも突飛で、それでいてあまりにも自然な言葉だった。


「あ、澪(みお)さんこんにちはー」


まるで、近所の八百屋の女将さんにでも声をかけるような気軽さで、玄蔵は手を振った。


女性――澪と呼ばれた存在は、静かにこちらへ視線を向けた。

その瞳は底知れぬ深く冷たい色をしていたが、玄蔵の脳天気な挨拶を聞くと、ほんのわずかに首を傾げ、佇まいを崩さずに一言だけ返した。


「……うむ、こんにちは」


それだけ言い残すと、澪はスーッと霞が消えるように、木立の奥へと去っていった。


「……ねぇ、玄蔵」


隣で蒼太を抱き直した緋乃が、どこか引きつったような、妙な顔をして問いかけてきた。


「あなた、今の女性……『澪さん』って言ったわね? 私も『あ、澪さんだ』って思ったの……」


「え? そうなのか?」


「……なんで名前が分かったのかしら……」


玄蔵自身も首をかしげている。 自分でもなぜ「澪」という名が口から突いて出たのかさっぱり分からない。

だが、夫婦の頭の中に共通して残ったのは――『あの人に敵対したら、間違いなくヤバい』という、理屈を超えた本能的な直感だった。


「まあ……でも、敵意はなさそうだったし、ちゃんと挨拶したから怒ってないでしょ!」


「そうね。挨拶は基本だものね。……まあ、気になるし、集落に着いたら後で住民の人に『澪さん』のこと、聞いてみましょうか」


「おう、そうしよう!」



そんな会話を交わしながら、二人は目的地の開拓集落へと足を踏み入れた。


* * *


「おーい! 新しく開拓地に入植したいんだが、村長はどこだー!?」


集落の中央で、巨大な荷物を背負った玄蔵が大声をあげる。

疲れ果てた表情の開拓民たちが「ひっ……また妙な奴らが来た」とおそるおそる集まってくる中、夫婦はさっそく入植の手続きや家探しに追われ始めた。


「よし! 家も決まったし、荷物も運んだぞ!」


「ええ、蒼ちゃんもお腹が空いたみたいだし、そろそろお夕飯にしましょうか」


「あうー!(お腹すいたのポーズ)」


賑やかに引っ越し作業を終え、囲炉裏の火を囲む玄蔵一家。

――だが。

道中で交わした『後で住民に澪さんの事を聞いてみよう』という約束は、二人の記憶から綺麗サッパリ消え去っていた。


「澪」という名の透明すぎる美女の存在も、彼女と交わした挨拶も、まるで最初からなかったことのように、二人の頭の中から自然に滑り落ちていたのだ。


それが怪異の仕業なのか、それともこの地に秘められた理(ことわり)なのか――知る由もないまま、玄蔵たちの開拓地での新生活が、静かにスタートしようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。