第十五話 終幕 悪鬼一門
「よし! 祓い屋を辞めて、田舎に移住して夫婦で武術道場を開くぞ!!」
爆走の末に我が家へ飛び込み、息を荒らげながら大宣言した玄蔵に対し、緋乃は蒼太を抱っこしながら「あら」と小さく首を傾げた。
「田舎で道場? ……ふふ、良いじゃない。空気も綺麗だし、子育てには最高の環境ね。蒼ちゃんのすこやかな成長にもぴったりだわ」
「だろ!? 自営業なら蒼ちゃんの横で仕事ができる! 成長を秒単位で見逃さずに済むんだ!」
まさかの即答&超乗り気。
「善は急げよ、玄蔵。さっさと荷まとめて八雲衆に辞職届を出しに行きましょう!」と、緋乃は持ち前の行動力でテキパキと荷造りを進め始めた。
* * *
八雲衆の本部。
「あ、あの……『辞職届』って……あの『悪玄太』様と『鬼緋乃』様が……同時に、ですか……?」
受付窓口の女性は、差し出された一枚の紙と、二人の晴れやかな笑顔を見比べながらガッタガタと震えていた。
八雲の誇る最大戦力にして、最上位の『大禍』すら狩り尽くす無敵の夫婦が同時に抜ける
――それは八雲の防衛体制が瓦解しかねない大事件であった。
……立ったまま気絶する受付嬢……
「あら?気絶してる…。ま、いいか。お世話になりました。提出したからねー!」
引き留める間もなく、爽やかに手を振って本部を去ろうとする夫婦。その背中に、顔を青くした鉄が割って入り、立ちはだかった。
「おい待てバカ夫婦!! 本気で八雲を捨てる気か!? 第一、行き先はどこなんだよ!?」
「ん? 辺境の…霞条家の領地の最果てにある開拓地だ!」
玄蔵が指さした目的地を聞いた瞬間、鉄の顔色がさらに悪くなった。
「あ、あそこだと……!? 正気かお前ら!
あそこは数年前から強力な異禍や大禍つが群がりすぎて、開拓が完全に頓挫した地だぞ!
霞条家すら手を引いて見捨てた、いわば禍つの巣窟だ!
そんな場所で赤ん坊連れて道場開くなんて自殺行為だろ!!」
本気で制止する鉄。だが、玄蔵と緋乃は顔を見合わせると、
揃って「何を言っているんだ」と言わんばかりののほほんとした顔を浮べた。
「禍つなんて――」
玄蔵が腰の湾刀の柄に手をかける。
「ぶった斬れば」
緋乃が抱っこ紐の蒼太をあやしながら、優しく微笑む。
「ぶっとばせば」
「「良いんじゃない? ねぇ? 蒼ちゃん」」
「あうー!(バリッ)」
両親のノリに合わせて、蒼太が壊れた手すりの木片を素手で粉砕した。
「……ッッ!!!!」
ついに、鉄の堪忍袋の緒がブチ切れた。
「勝手にしやがれバカ野郎どもが!! もう知らん!
禍つの群れに囲まれて野垂れ死にしても、俺は絶対に助けに行ってやらねぇからな!!」
「ハハハ! てめぇらしい最高の別れの台詞だな! 達者でな、兜割り!」
ブチギレて背を向ける鉄に、玄蔵はガハハと笑って手を振った。
その大騒ぎのやり取りを、本部の物陰から『若葉』のガキが「え……? 悪玄太たち、どっか行っちゃうの……?」と、何事か分からないといった顔でぽかんと見送っていた。
こうして、大都市『八雲』での「悪鬼一門」の物語は幕を下ろした。
無敵の夫婦と怪力無双の赤ん坊は、禍つの蠢く危険な最果ての地へ向け、新たなる伝説を開拓しに旅立っていくのだった――。




