第十四話 気づいてしまった男
――蒼太に会えない時間が、三日。
八雲から遥か遠く、隣州の山塞に出没した大型の異禍群を討伐するための出張遠征。
『悪鬼一門』の圧倒的な力をもってすれば討伐自体は速やかに完了したものの、往復の道のりだけで三日という月日が費やされていた。
八雲へ続く帰路の街道。玄蔵は、もはや歩いているというより幽鬼のように足を引きずっていた。
「……三日だぞ鉄。三日だ……。最後に蒼ちゃんの顔を見てから、実に七十二時間が経過しているんだ……。蒼ちゃんの『あうー』が聴けない生活なんて、俺にとっては呼吸を止められてるようなもんだ……」
「お前、三日前の出がけにも蒼太を抱きしめすぎて『苦しそうだから離しなさい』って鬼緋乃様に頭殴られてただろ。少しは我慢を覚えろバカ」
大鉈を担いで隣を歩く鉄が、呆れたように鼻で笑う。
「我慢できるか! ああ……きっと今頃、緋乃の膝の上で可愛らしく笑ってるんだろうなぁ……。蒼ちゃん……会いたい……尊い……」
ぶつぶつと親バカの呪文を唱えながら歩いていた玄蔵だったが――
ふと、その足がピタリと止まった。
「は、はうあああああああああああああああああああああああああああぃぇ!!」
「な!なんだ玄蔵!?、いきなりっ!」
玄蔵は顔を上げ、かっと目を見開いた。
その表情は、まるで天から世界を揺るがす重大な天啓でも受けたかのように戦慄していた。
「……鉄。俺……とんでもない『罠』に気づいてしまった……」
「は? なんだよ罠って。禍つの伏兵でもいるのか?」
「違う!! もっと恐ろしい、人生の罠だ!!」
玄蔵は己の頭を両手で抱え込み、がくがくと膝を震わせた。
「俺たちがこうして外で禍つを狩って金を稼いでいる間……緋乃はずっと家で、蒼ちゃんの成長を最初から最後まで特等席で見届けているんだぞ……!?」
「あ? まあ、緋乃はいま産休中だからな」
「それだ!! ズルい!! 緋乃だけズルすぎる!!」
玄蔵の叫びが街道に響き渡った。
「蒼ちゃんが初めて寝返りを打つ瞬間も! 初めて自力で立ち上がって畳をぶち破る瞬間も!
俺が外で刀振ってる間に全部緋乃が見ちゃったらどうするんだ!?
俺だけ蒼ちゃんの『初めて』を見逃すことになるんだぞ!?
そんなの……そんなの耐えられねぇ!!」
「いや待て、畳ぶち破る瞬間は別に見逃してもいいだろ」
「よくねぇ!! 蒼ちゃんの成長は一瞬一瞬が至高の奇跡なんだ!!」
ハァハァと荒い息をつきながら、玄蔵は決意に満ちた目で腰の湾刀を強く握りしめた。
「俺……これで祓い屋辞める!!」
「……はぁぁぁぁぁっ!?」
鉄の目玉が飛び出さんばかりに見開かれた。
「お前、今なんて言った!? 天下を取るとか、一番デカい城を建てるとか言ってた『悪玄太』の野望はどうしたんだよ!?」
「天下より! 城より! 蒼ちゃんの成長を目の前で見る方が百億倍大事だ!!」
言い捨てるや否や、玄蔵は八雲の街へ向かって猛然とダッシュを開始した。
その脚力たるや、普段の禍つ討伐の踏み込みをも凌駕する超スピードである。
街道の土煙が派手に舞い上がった。
「おい待て玄蔵!! バカ言ってんじゃねぇ!! お前が祓い屋辞めたら誰が家族喰わせてくんだよ!? 城の資金はどうすんだよ!?」
鉄が大鉈を揺らしながら必死に追いかけ、後ろから怒号を浴びせる。
だが――。
(辞めたら稼ぎがなくなるな……。いや、だが蒼ちゃんと片時も離れたくない……。
家でできる仕事か? 内職か? いや、内職じゃ城は建たん……。
なら蒼太を戦場に連れて行くか? いやいや緋乃にブチ殺される……。
ならどうする? 祓い屋を続けつつ、蒼ちゃんの成長を秒単位で監視するにはどうすれば……!)
爆走する玄蔵の耳には、鉄のツッコミなど一切入っていなかった。
脳内は「どうすれば蒼太の成長を一切見逃さずに済むか」という無理難題の解決策を捻り出すことで完全に飽和し、思考が狂乱の渦を巻いている。
「おい聞け玄蔵!! 話を聞けぇぇぇッ!!」
「蒼ちゃん!! 今すぐ帰るぞぉぉぉぉッ!!」
中天州・八雲へ続く街道を、爆走するバカ親父と、それを追う哀しき色男の怒号がどこまでも響き渡っていくのだった。




