学芸員と悪友
「おーい、学芸員さーん」
午前十時。
開館して一時間。まだ来館者はゼロ。
いつものように静かな館内に、聞き慣れた声が響いた。
高宮は資料から顔を上げた。
嫌な予感がする。
もう一度、声がした。
「おーい、高宮ー」
「……」
聞こえないふりをする。
すると、展示室の入口から顔が出てきた。
「いた」
「帰れ」
「なんでだよ」
入ってきたのは、昔からの友人だった。
学生時代から付き合いのある男、杉田。
今でもたまに連絡を取る程度には仲がいい。
ただし、杉田がこの博物館に来るときは、大抵ろくな用事がない。
「何しに来た」
「いや、近くまで来たから」
「嘘つけ」
「暇だったから」
「やっぱり」
杉田は笑った。
「お前、本当にここで働いてんのな」
「そうだけど」
「なんか似合わねえな」
「そう?」
「もっとこう……」
杉田は館内を見回す。
「博物館って、もっと真面目な人が働くところじゃないの?」
「失礼だな」
「だってお前だぞ」
「どういう意味だよ」
「昔、夏休みの宿題を八月三十一日にやってたやつが学芸員って」
「……よく覚えてるな」
「そりゃ覚えてるわ」
杉田は笑いながら展示室へ入っていく。
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「これ何?」
「昔の農具」
「ふーん」
「こっちは?」
「昔の生活用品」
「へえ」
「興味ないだろ」
「ない」
「じゃあ聞くなよ」
「でも、お前が説明してくれるじゃん」
「……」
昔からこういう奴だった。
人の話を聞いているようで、半分くらいしか聞いていない。
それでも、なぜか一緒にいると楽だった。
「お、恐竜じゃん」
杉田が展示室の奥で足を止めた。
「これ前からあった?」
「あるよ」
「でか」
「前にも来たことあるだろ」
「覚えてない」
「なんで来たんだよ」
「涼みに」
「……」
「あと、トイレ借りた」
「お前、本当に最低だな」
「褒めるなよ」
「褒めてない」
杉田は恐竜を見上げながら笑った。
「でも、こういうの結構好きだわ」
「意外」
「いや、恐竜は好き」
「小学生かよ」
「うるせえ」
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しばらく館内を歩き回ったあと、杉田は展示ケースの前にしゃがみ込んだ。
「なあ」
「ん?」
「これ全部、本物?」
「ほとんど本物」
「へえ」
「ただし、価値があるかどうかは別」
「じゃあ、これ盗んだら売れる?」
「やめろ」
「冗談だって」
「博物館で言う冗談じゃない」
「学芸員って大変だな」
「お前が来ると特にな」
「ひどいな」
杉田は笑った。
それから、古い写真の展示を眺め始めた。
「この辺、昔こんなんだったんだな」
「そう」
「俺らがガキの頃は、もうこの辺変わってた?」
「だいぶ変わってたと思う」
「そうか」
少しだけ静かになる。
さっきまでふざけていた杉田が、珍しく黙って写真を見ていた。
「……懐かしいな」
「何が?」
「この町」
「住んでるじゃん」
「そういう意味じゃなくてさ」
杉田は写真を指差した。
「昔の町って、なんかいいよな」
「何が?」
「分かんねえけど」
それだけ言って、また別の展示へ移った。
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午前十一時。
来館者が一人入ってきた。
近所のおじいさんだった。
杉田は慌てて高宮のところへやってくる。
「おい」
「何?」
「俺、客のふりしたほうがいい?」
「何言ってんの?」
「お前が働いてるところ、邪魔したら悪いだろ」
「今さら?」
「一応」
「別にいいよ」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、もうちょっといる」
「好きにしろ」
杉田は展示室の端にある椅子へ座った。
そしてスマホをいじり始めた。
「お前、それ博物館に来てやること?」
「暇つぶし」
「さっきからそればっかだな」
「いいじゃん」
高宮は笑った。
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昼前。
杉田が帰ると言い出した。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
「うん」
「また来る」
「来なくていい」
「なんでだよ」
「冷やかしに来るだけだろ」
「それも博物館の利用者だろ」
「まあ……そうだけど」
杉田は入口で靴を履く。
そして、振り返った。
「お前さ」
「ん?」
「ここで働いてて、退屈じゃねえの?」
一瞬、答えに迷った。
いつもなら、
「退屈だよ」
と答えている。
でも今日は、少し違った。
「……まあ、退屈だけど」
「だよな」
「でも、嫌いじゃない」
杉田は少しだけ笑った。
「お前らしいわ」
「何それ」
「昔から、変なところ好きだったじゃん」
「そうだった?」
「そうだよ」
自動ドアが開く。
杉田が外へ出る。
「じゃあな」
「またな」
ドアが閉まる。
静かになる。
高宮はしばらく入口を眺めていた。
昔からの友人。
特別な話をしたわけでもない。
仕事の相談をしたわけでもない。
ただ、昔のことを少し話して、
展示物を見て、
くだらないことを言って、
帰っていった。
それだけ。
でも、こういう時間も悪くなかった。
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午後一時。
昼休み。
高宮は公園のベンチで弁当を食べていた。
スマートフォンを見る。
さっきの杉田からメッセージが来ている
『今度友達連れてくわ』
『冷やかしなら来るな』
送信。
しばらくして返信。
『無料だし行く』
「……あいつ」
思わず笑う。
公園では蝉が鳴いている。
博物館は相変わらず静かだ。
今日も暇な一日になりそうだった。
けれど、
たまには昔の友人が冷やかしに来るくらいのほうが、
この静かな博物館にはちょうどいいのかもしれない。




