表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/44

学芸員とハクビシン

朝。


出勤した高宮は、事務室に入るなり声をかけられた。


「高宮、悪いんだけど今日、博物館の周りを掃除してもらえる?」


「俺が?」


「用務員さん、休みなんだよ」


「……分かりました」


学芸員の仕事とは少し違うが、小さな博物館では珍しいことでもない。


高宮はほうきを持って外へ出た。


朝の空気は冷たい。


博物館の裏手には、風で飛ばされた落ち葉がかなり溜まっている。


「冬だな……」


ほうきを動かす。


ざっ、ざっ、と乾いた音が続く。


しばらくして、植え込みの奥に何かが落ちているのに気づいた。


黒っぽい。


少し細長い。


高宮はしゃがんで確認する。


「……糞か」


猫ではない。


近くの地面には、妙な足跡も残っていた。


「何だこれ」


そのとき、


ガサッ。


植え込みが揺れた。


高宮が顔を上げる。


もう一度、ガサッ。


そして植え込みの隙間から、灰色の毛が見えた。


「……」


丸い目。


黒い鼻。


長い尾。


「ハクビシンか」


高宮と目が合う。


ハクビシンは逃げなかった。


「お前、ここに住んでるのか?」


当然、返事はない。


高宮は少し離れたところから眺める。


「……まあ、俺には関係ないか」


そう言って、掃除を続けた。


---


昼過ぎ。


高宮が事務室に戻ると、朝のハクビシンの話になった。


「ハクビシンいた?」


「いた」


「最近、裏のほう荒らされてたんだよね」


「糞もあった」


「やっぱりあいつかな」


別の職員が困った顔をする。


「屋根裏に入られたら厄介だよ。糞尿で建物を傷めることもあるし」


「そうですね」


「場合によっては害獣対策をしないと」


高宮は黙って聞いていた。


「害獣、ねえ……」


「何?」


「いや」


高宮は窓の外を見る。


「別に」


---


午後。


高宮は資料整理の合間に、ハクビシンについて少し調べた。


外来生物。


夜行性。


木登りが得意。


住宅地にも入り込む。


果実などを食べる。


建物の屋根裏などをねぐらにすることもある。


人間の生活圏に入り込むことで、糞尿や騒音、農作物への被害が問題になる。


「なるほどな」


確かに、困る。


博物館だって例外ではない。


建物を傷められれば困る。


展示資料に被害が出れば、もっと困る。


だから対策をする。


そこまでは分かる。


高宮は検索画面を閉じた。


ふと、朝に見た植え込みを思い出す。


あのハクビシンは、


自分が害獣だなんて知らない。


ただ、そこにいるだけだ。


---


夕方。


高宮は再び博物館の裏手に出た。


朝掃除した場所を確認する。


落ち葉の間に、また足跡があった。


建物のほうへ向かっている。


高宮はその跡を目で追う。


「……ここまで来てるのか」


博物館が建つ前、この辺りがどんな場所だったのか。


高宮は少し考えた。


今は建物があり、道路があり、人間が行き来している。


けれど、ずっと昔からそうだったわけではない。


ハクビシンにとっては、


ここに博物館が建っただけなのかもしれない。


自分たちの通り道に、人間が建物を建てた。


そんなふうにも考えられる。


「……まあ、だからって好きにされても困るんだけどな」


高宮は苦笑した。


人間だって、仕事場に動物が住み着いたら困る。


でも、


「害獣だから悪い」


という話でもない。


ただ、人間にとって都合が悪い場所にいる。


それだけだ。


---


閉館後。


高宮は最後の見回りを終えて、外へ出た。


すっかり暗くなっている。


煙草に火をつける。


静かな博物館。


昼間は子供や老人が訪れ、展示物を眺めて帰っていく。


夜になれば、誰もいない。


高宮はふと裏手を見る。


ガサッ。


「……」


植え込みが揺れた。


朝のハクビシンだった。


ハクビシンは高宮を見る。


高宮も見る。


「お前も仕事か?」


当然、返事はない。


「俺も今終わったところだ」


ハクビシンはしばらく高宮を見ていたが、やがてゆっくりと暗闇の中へ消えていった。


高宮は煙草を吸う。


「……害獣、ねえ」


少しだけ考える。


「お互い様かもしれんな」


煙が夜の空気に溶けていく。


高宮はそれ以上考えるのをやめて、博物館を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ