学芸員と同級生
「……暇だな」
午後二時。
高宮は、展示室の奥で古い資料を整理していた。
今日は特に来館者が少ない。
午前中に来たのは、近所の老人が二人。昼過ぎに親子が一組。それだけだった。
窓の外では、蝉が鳴いている。
夏休みの公園なのに、子供の姿はほとんどない。
高宮は資料のラベルを確認して、箱に戻した。
そのときだった。
自動ドアが開く。
「いらっしゃいませ」
受付の声。
高宮も何となく入口を見る。
若い女性が一人、入ってきた。
白いシャツ。薄い色のジーンズ。肩まで伸びた髪。
観光客という感じではない。
女性は館内を見回し、受付を通り過ぎる。
そして、展示室に入ってきたところで足を止めた。
高宮と目が合った。
一秒。
二秒。
女性の目が少し大きくなる。
「……あれ?」
高宮も、同じような顔をしていた。
「……もしかして」
女性が名前を口にした。
「高宮?」
「……え?」
「やっぱり高宮だ」
高宮は女性の顔を見た。
どこかで見たことがある。
というより、
よく知っている顔だった。
「……えっと」
「分からない?」
「いや……」
高宮は少し考えた。
そして、名前が出てきた。
「……吉田?」
女性が笑った。
「そう」
中学校の同級生だった。
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卒業してから、十年以上。
最後に話したのは、たぶん卒業式の日。
とはいっても、
「じゃあね」
くらいだった気がする。
特別仲が良かったわけではない。
同じクラスになったことは何度かある。
席が近かったこともある。
授業で話したこともある。
でも、放課後に遊んだことはない。
卒業してから連絡を取ったこともない。
だから再会したところで、
「久しぶり!」
と抱き合うような関係ではなかった。
ただ、
「ああ、知ってる」
と思える程度には、
確かに昔から知っている。
「ここで働いてるんだ」
吉田が言った。
「うん」
「へえ……」
吉田は館内を見回した。
「なんか、高宮っぽい」
「そう?」
「うん」
「どういう意味?」
「こういう静かなところ好きそう」
高宮は少し笑った。
「まあ、嫌いじゃないかな」
「昔からそうだったよね」
「そうだっけ」
「そうだよ」
吉田は展示ケースの中を覗き込む。
「懐かしいなあ」
「何が?」
「この辺」
「博物館が?」
「町が」
そう言って、古い写真の展示を見た。
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「この道、今と全然違うね」
吉田が指差したのは、昭和の町並みを写した写真だった。
「昔はここ、川だったんだよ」
高宮が説明する。
「へえ」
「今は埋め立てられて道路になってる」
「知らなかった」
吉田は写真をじっと見ている。
しばらくして、
「私たちが通ってた中学校って、ここから近かったっけ?」
「歩いて十五分くらい」
「ああ、そうだ」
吉田は笑った。
「帰りにこの辺通ったよね」
「通った」
「コンビニあったっけ?」
「なかった」
「そうだっけ?」
「なかったよ」
「じゃあ、どこで買い食いしてたんだっけ」
「駅前」
「あー……」
二人とも少し笑った。
それだけだった。
大した思い出話でもない。
ただ、昔の道の話。昔の店の話。先生の話。クラスにいた人の話。
「あの子、今どうしてるんだろうね」
「知らないな」
「高宮は?」
「俺も知らない」
「そっか」
会話が途切れる。
気まずい。
……というほどでもない。
昔から、こんな感じだった気がする。
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「高宮ってさ」
吉田が突然言った。
「何?」
「中学の頃、もっと暗かったよね」
「……そうだった?」
「うん」
「今もそんな変わらないと思うけど」
「いや、今のほうが普通」
「どういうことだよ」
「昔はもっと、何考えてるか分からなかった」
「それは今もだと思う」
「確かに」
吉田が笑う。
高宮も笑う。
それだけ。
でも、不思議だった。
十年以上会っていなかったのに、
話し始めると、
昔の距離感が少しだけ戻ってくる。
仲良しだったわけじゃない。
親友だったわけでもない。
でも、
「知っている人」
というのは、やっぱり特別なのかもしれない。
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午後三時。
吉田は入口へ向かった。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「うん」
「仕事中にごめんね」
「全然」
吉田は靴を履きながら、振り返る。
「ここ、昔からあったよね」
「うん」
「私、一回だけ来たことある」
「そうなの?」
「中学生のとき」
吉田はドアの前で少しだけ立ち止まった。
「また来るかも」
「どうぞ」
「今度はちゃんと展示見に来る」
「今日も見てたじゃん」
「半分くらい高宮と喋ってたけど」
「確かに」
「じゃあね」
「うん。また」
自動ドアが開く。
吉田が外へ出ていく。
そして、ドアが閉まる。
高宮はその背中をしばらく見ていた。
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「……同級生かあ」
受付のおばちゃんが呟いた。
いつの間にか近くにいた。
「聞いてたんですか」
「聞こえてただけ」
「そうですか」
「昔の友達?」
「いや……」
高宮は少し考えた。
「友達っていうほどでもないです」
「じゃあ、知り合い?」
「……まあ、そんな感じです」
おばちゃんは笑った。
「でも、昔の知り合いっていいわね」
「そうですか?」
「何十年経っても、名前を覚えてるもの」
そう言って、受付へ戻っていった。
高宮はもう一度、展示室を見る。
さっきまで吉田が立っていた場所。
そこには当然、誰もいない。
ただ、古い町の写真がある。
昔の道路。
昔の店。
昔の子供たち。
そして、
その頃に一緒に生きていた人たち。
高宮は思う。
自分も、あの頃はこの町のどこかにいた。
吉田もいた。
今は別々の場所で、それぞれ違う生活をしている。
十年以上経って、
たまたまこの博物館で再会した。
それだけのこと。
でも、
「それだけのこと」が、
なんとなく悪くなかった。
午後四時。
高宮は資料整理に戻る。
いつもの仕事。
いつもの静かな館内。
今日も特別なことは何もない。
……ただ一つ。
久しぶりに、
中学生だった頃の自分を少しだけ思い出した。
それだけだった。




