学芸員と大人びた子ども「たち」
午後の博物館。
来館者の少ない展示室を、高宮が歩いていた。
そのとき、見覚えのある少年が目に入った。
以前、一人で来ていた小学生だ。
今日は一人ではない。
隣には同じくらいの年齢の女の子がいる。
少年が高宮に気づいた。
「あ、高宮さん」
「おう。久しぶり」
「覚えていてくださったんですね」
「まあな」
「ありがとうございます」
「……相変わらず丁寧だな」
「そのほうが印象がいいので」
「誰に教わったんだ、そんなこと」
「自分で学びました」
高宮が少し笑う。
女の子が横から口を挟んだ。
「この人、誰にでもこんな感じですよ」
「あなたも十分こんな感じですよ」
「私は普通です」
「そうですか」
「はい」
高宮は二人を見た。
「今日は二人で来たのか」
「はい」
少年が答える。
「暇だったので」
「また暇つぶしか」
「博物館って、暇つぶしには優秀ですよ」
「無料ですし」
女の子が続ける。
「静かですし、屋根もありますし」
「随分と現実的だな」
「重要ですよ」
「何が?」
「お金がかからないことです」
高宮は少し黙った。
「……まあ、そうだな」
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二人は展示室を歩いていく。
女の子が展示ケースを覗き込んだ。
「これって本物ですか?」
「本物」
「じゃあ、触ったら怒られます?」
「怒る」
「やっぱり」
「なんで触ろうとするんだ」
「確認です」
「何の?」
「本当に怒るのかなって」
「怒るよ」
「じゃあ触らなくて正解ですね」
「最初から触るな」
少年が横で笑っている。
「この人、前もこういうこと言ってましたよ」
「お前も楽しんでるだろ」
「はい」
「正直だな」
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二人は次の展示へ進む。
古い生活道具。
女の子が説明文を読む。
「……昔の人って、こういうので生活してたんですね」
「そう」
「不便ですね」
「今と比べればな」
「でも、本人たちは不便だと思ってなかったんじゃないですか?」
「そうだろうな」
少年が頷く。
「今の僕たちと同じですよね」
「どういうこと?」
「僕たちは電気がないと困るけど、電気のない時代の人は電気がないことで困っていたわけじゃない」
「なるほど」
女の子が少し考える。
「じゃあ、便利っていうのは絶対的なものじゃないんですね」
高宮が見る。
「……まあ、そういうことだな」
「じゃあ、今の生活が便利だから昔より幸せ、とは限らない」
「小学生にしては難しいこと言うな」
「小学生だから言えるんですよ」
「何で?」
「大人になると、電気代とか通信費とか考えないといけないので」
高宮は吹き出した。
「お前、どこでそんな知識仕入れてるんだ」
「家で聞いてます」
女の子が真顔で答える。
少年が言う。
「僕は税金の話も聞きます」
「……お前ら、もう少し子供らしい話しろよ」
「ポケモンの話もしますよ」
「なら安心した」
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しばらく歩く。
女の子が展示ケースの前で立ち止まった。
「高宮さん」
「ん?」
「博物館の説明って、どこまで信用していいんですか?」
「急に難しいな」
「だって、昔のことなんですよね」
「そうだな」
「だったら、全部分かるわけじゃないでしょう?」
「もちろん」
高宮は展示を見る。
「残っている資料から判断するしかない。だから研究が進めば、説明が変わることもある」
「じゃあ、今の説明も将来変わる?」
「可能性はある」
少年が笑う。
「じゃあ、未来の学芸員から見たら、今の高宮さんも間違ってるかもしれませんね」
「そうかもしれないな」
「怒らないんですか?」
「何で怒るんだ」
「自分が間違ってるかもしれないって言われたら、嫌がる大人もいますよ」
「まあ、いるだろうな」
女の子が頷く。
「私も嫌です」
「お前もかよ」
「でも、間違ってたら直せばいいので」
「切り替えが早いな」
「そのほうが楽ですから」
少年が言う。
「高宮さんもそういうタイプですよね」
「俺が?」
「はい。さっきから『まあ、そうだな』ばっかり言ってます」
女の子も笑う。
「確かに」
「……よく見てるな、お前ら」
「人間観察は得意です」
「趣味が悪いな」
「学芸員さんに言われたくないです」
「何でだよ」
「人間じゃなくて、古いものばっかり見てるじゃないですか」
高宮は一瞬黙る。
「……それは仕事だ」
二人が笑った。
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帰る時間になった。
少年が受付まで戻ってくる。
「今日はありがとうございました」
「おう」
「また来てもいいですか?」
「もちろん」
女の子が続ける。
「次は質問を考えてきます」
「二人とも?」
「はい」
「何を聞くつもりだ?」
女の子は少し考えてから、
「まだ秘密です」
「嫌な予告だな」
少年が笑う。
「高宮さん、困らせないようにしてくださいね」
「お前が言うな」
「僕はいつも丁寧ですよ」
「そこじゃない」
女の子が笑う。
「じゃあ、また来ます」
「ああ」
二人は並んで出口へ向かう。
扉の前で、女の子が振り返った。
「高宮さん」
「ん?」
「次に来たとき、ちゃんと答えられるように勉強しておいてくださいね」
「……お前らな」
二人は楽しそうに笑いながら、
外へ出ていった。
高宮はしばらく黙っていた。
「……完全に遊ばれてるな」
そう呟いたが、
特に嫌そうな顔はしていなかった。




