学芸員と経営者2
「また来たのか……」
昼過ぎ。
受付に座っていた高宮は、入口から入ってきた男を見て呟いた。
高橋だった。
大学時代の研究室仲間。
今では自分で会社を立ち上げ、順調にやっているらしい。
そして、なぜか定期的に高宮のところへ来る。
理由はいつも決まっている。
「うちの会社に来ないか」
今日もそうなるのだろう。
高宮はそう思っていた。
「相変わらず失礼な挨拶だな」
「お前の場合、また来たのか以外に言うことないだろ」
「そうでもない」
高橋は受付の前まで来る。
「今日は相談がある」
「……相談?」
高宮が少し意外そうな顔をする。
「珍しいな」
「そうか?」
「お前が俺に相談するなんて」
「俺だって悩みくらいある」
「会社順調なんじゃなかったのか」
「会社が順調だから悩みがない、というほど単純じゃない」
高橋はそう言って、受付前の椅子に座った。
「少し時間あるか」
「まあ、暇だからな」
「それは羨ましい限りだ」
「嫌味か?」
「事実だ」
高宮は苦笑して、向かいの椅子に座った。
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「社員のことなんだ」
高橋が切り出す。
「うちに、かなり優秀な奴がいる」
「ほう」
「仕事もできる。頭も切れる。周囲からの信頼も厚い」
「いいじゃん」
「問題は、そいつが辞めようとしている」
高宮が少し黙る。
「引き止めれば?」
「当然そうするつもりだ」
「じゃあ何が悩みなんだ?」
高橋は腕を組む。
「引き止めるべきなのか、分からなくなった」
「……?」
「そいつには、もっと大きな会社へ行く選択肢もある。待遇も上がるだろう」
「それなら、本人が決めればいいんじゃないか」
「そうだ」
高橋は即答した。
「頭では分かっている」
「ならいいじゃん」
「だが、経営者としては惜しい」
「そりゃそうだろ」
「だから困っている」
高宮は少し考える。
「お前、その人に何て言ったんだ?」
「辞めるな、と」
「ストレートだな」
「俺は回りくどいのが嫌いなんだ」
「お前らしい」
高橋は少しだけ苦笑した。
「だが、本人からすれば、会社に残ってほしいというのは、単なる俺の都合でもある」
「まあな」
「だから、どこまで引き止めるべきか悩んでいる」
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高宮は受付の外を見る。
誰もいない。
少し考えてから、
「その人、何で辞めたいって言ってるんだ?」
「やりたいことがあるらしい」
「じゃあ、辞めたい理由は会社への不満じゃないのか」
「そこが難しいところだ」
高橋は少し黙る。
「会社に不満があるなら改善できる。給料でも待遇でも、人間関係でもな」
「うん」
「だが、そうじゃない」
「やりたいことが別にある」
「そうだ」
高橋はため息をつく。
「俺は、その人間の人生を止めてまで会社に残せとは思っていない」
「じゃあ、答え出てるんじゃないか?」
「……そう思うか?」
「うん」
高宮は淡々と言った。
「お前が悩んでるのは、その人をどうするかじゃなくて、自分がその人を失うのが嫌なだけだろ」
高橋が黙る。
「……相変わらず、妙なところだけ鋭いな」
「そう?」
「そうだよ」
高橋は少し笑った。
「お前、会社にいたらもっと面倒な人間になっていただろうな」
「何でだよ」
「経営者に向いているとは思わない」
「じゃあ勧誘するなよ」
「それとこれとは別だ」
「別なのか」
「別だ」
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高橋は立ち上がる。
「話して少し整理できた」
「そうか」
「本人には、もう一度だけ話をする」
「引き止めるのか?」
「いや」
高橋は少し考えてから答えた。
「何をしたいのか、ちゃんと聞いてみる」
「それがいいんじゃないか」
「……そうだな」
高橋は入口へ向かう。
そして扉の前で止まった。
「ところで高宮」
「ん?」
「話は変わるが」
嫌な予感がする。
「うちの会社に来る気はないか?」
「やっぱりそれか」
「相談に乗ってもらった礼だ」
「礼になってない」
「待遇は今より良くする」
「今の話をした直後にそれ言う?」
「だからこそだ」
「意味分からない」
高橋は少し笑う。
「まあ、考えておけ」
「考えない」
「そうか」
「絶対来ないからな」
「……そういうところが惜しいんだよな」
高橋はそのまま帰っていった。
高宮は受付に戻る。
「人の人生を心配してる場合じゃないだろ」
誰もいない受付で、
そう呟いた。




