学芸員と展示
閉館後。
高宮は展示室に残っていた。
明日は一部の展示替えがある。
新しい資料を入れるわけではない。
今ある展示を少し入れ替えるだけだ。
それでも、やることは多い。
「……これと」
展示ケースの前で、明日の配置図を見る。
古い農具を一つ外し、その隣に別の資料を置く。
説明パネルも差し替える。
高宮はケースの中を覗き込んだ。
「ちょっと低いな」
展示台の高さを調整する。
数センチ。
それだけでも見え方が変わる。
「こんなもんか」
少し離れて見る。
今度はいい。
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次は照明。
高宮は展示ケースの上にある照明を確認する。
「明るすぎるな」
少し落とす。
展示物は明るければ明るいほど見やすい。
だが、
博物館では必ずしもそうではない。
光は資料を傷める。
特に紙や染織品などは光に弱い。
しかも厄介なのは、
一度受けた光による劣化は基本的に元へ戻らないことだ。
「だから、見せたいけど見せすぎない」
高宮は照度を確認する。
博物館の展示照明が妙に暗いことがあるのは、
雰囲気を出すためだけではない。
資料を守るためでもある。
「まあ、暗すぎても苦情が来るけどな」
誰もいない展示室で呟く。
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次に温湿度計を見る。
「……湿度、少し低い」
暖房が入る季節になると、
館内の湿度は下がりやすい。
木や紙などの資料は、湿度の変化によって伸び縮みする。
急激に変化すれば、
反りやひび割れにつながることもある。
高宮は空調の記録を見る。
昨日から少し変化が大きい。
「これか」
空調の設定を確認する。
展示物そのものを直す前に、
まず環境を見る。
資料保存では、
壊れてから修理するより、
壊れない環境を作るほうが重要な場合が多い。
高宮は担当者用の記録に書き込んだ。
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しばらくして、
高宮は古い農具を一つ持ち上げた。
木製。
表面には細かな傷がある。
「これは……」
裏側を見る。
小さな虫食いの跡。
高宮は少し眉を寄せた。
「虫か?」
ライトを当てる。
穴はある。
だが、新しいものかどうかは分からない。
虫害は、
穴があるからといって現在も虫がいるとは限らない。
昔の被害跡かもしれない。
高宮は周囲を確認する。
ケースの中に新しい木くずのようなものがない。
念のため記録しておく。
「明日、もう一回見るか」
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時計を見る。
午後八時を過ぎていた。
「……やりすぎたな」
展示替えというと、
展示物を入れ替えて終わりのように思われる。
実際には、
資料の状態を確認して、
運搬して、
固定して、
照明を調整して、
説明文を確認して、
周囲の環境まで見る。
場合によっては、
一日では終わらない。
高宮は最後に展示ケースのガラスを軽く拭いた。
照明を落とす。
展示室が少し暗くなる。
ケースの中だけが、
ぼんやりと浮かび上がる。
昼間なら何となく通り過ぎる展示も、
閉館後に見ると少し印象が違う。
「……まあ、悪くない」
高宮はそう言って、
展示室を出た。
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事務室に戻る。
パソコンを閉じる。
上着を着る。
帰る前に、
一度だけ館内を見回る。
異常なし。
戸締まりを確認する。
照明を確認する。
空調を確認する。
「よし」
外へ出る。
夜の空気が冷たい。
高宮は少し歩いてから、
いつものように煙草を取り出した。
火をつける。
煙を吐く。
「……展示より、展示するまでのほうが長いんだよな」
誰に言うでもなく呟く。
明日の朝には、
何事もなかったように来館者が展示を見る。
その裏側で、
昨日とは少しだけ違う場所に、
少しだけ違う照明の下に、
資料が置かれている。
高宮は煙草を灰皿に押しつけた。
「帰るか」
今度こそ、
博物館を後にした。




