学芸員と古代生物
「高宮さん」
展示室に入ると、以前にも来た少し生意気な小学生がいた。
古代生物の展示を眺めている。
「また来たのか」
「はい」
少年は展示ケースの中を指差した。
「これ、ダンクルオステウスですよね」
「よく知ってるな」
「図鑑で見ました」
巨大な頭部。
鋭い板状の歯。
現代の魚とは、あまりにも違う姿をしている。
「これ、本当に魚なんですか?」
「魚だよ。正確には板皮類っていう、古生代にいた魚の仲間だな」
「魚なのに鎧みたいですね」
「体の前半分が硬い装甲で覆われてた」
「泳ぎにくそう」
「そう思うだろ?」
高宮は展示を眺める。
「でも、かなり強かったらしい」
「何を食べてたんですか?」
「肉食。魚とか、場合によっては同じくらい大きな生き物も食べてたと考えられてる」
「じゃあ、海で会ったら逃げたほうがいいですね」
「そりゃそうだろ」
「でも、逃げても速そうですね」
「まあな」
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少年は隣の展示へ移る。
「これは?」
「ヘリコプリオン」
「……変な名前」
「名前はともかく、特徴はもっと変だぞ」
「どこがですか?」
高宮が模型を指差す。
「この魚、歯がこういう形だった」
「……」
少年が模型を見る。
螺旋状に並んだ歯。
「何でこんなことになったんですか?」
「それが昔から研究者を悩ませた」
「歯なのに?」
「歯だからこそだな」
「これで何を食べてたんですか?」
「硬いものを食べていたんじゃないか、と考えられてる」
「貝とか?」
「そういう説もある」
少年は少し考える。
「食べにくそうですね」
「まあ、普通の歯よりはな」
「でも本人は普通だと思ってたかもしれませんよ」
「……それはそうだな」
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さらに進む。
「これ、シーラカンス」
「知ってます」
「有名だな」
「昔は絶滅したと思われてたんですよね」
「そう」
「でも生きてた」
「1938年に現生種が確認された」
少年が少し驚く。
「じゃあ、博物館にある『絶滅した生き物』も、本当はどこかにいる可能性があるんですか?」
「可能性だけならゼロとは言えない」
「じゃあ、海の底にまだいるかもしれない」
「いるかもしれないな」
「ダンクルオステウスとか」
「それはたぶんいない」
「たぶん?」
「いや、まあ……いないだろ」
少年は笑う。
「高宮さんでも分からないんですね」
「何でも分かるわけじゃない」
「じゃあ、博物館の人でも分からないことはある」
「むしろ分からないことのほうが多いよ」
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少年は最後に、
ティクターリクの展示を見る。
「これ、魚ですよね?」
「うん」
「でも手みたいなのがあります」
「魚と四足動物の中間的な特徴を持っている」
「じゃあ、魚が歩き始めたんですか?」
「そう単純な話じゃないけどな」
「でも、こういうのがいたから、陸に上がる生き物につながった」
「そういう進化の流れの一つだな」
少年はしばらく黙る。
「じゃあ、魚ってすごいですね」
「急だな」
「だって、海にいたのに、陸にまで来たんでしょう?」
「そう考えるとすごいな」
「そのうち宇宙にも行くかもしれません」
「魚が?」
「人間も元をたどれば魚みたいなものなんでしょう?」
「かなり遠くまでたどればな」
「じゃあ、人間が宇宙に行くのも魚が宇宙に行ったことにしていいですか?」
「……」
高宮は少し考えた。
「まあ、好きにすればいいんじゃないか」
少年は満足そうに頷いた。
「じゃあ、魚は宇宙まで行ったことにします」
「随分壮大な話になったな」
古代の魚たちは、
何億年もの時間を越えて、
静かな展示室の中に残っている。
少年はもう一度、
ダンクルオステウスの模型を振り返った。
「でも、やっぱりこれには会いたくないです」
「それが普通だよ」
高宮はそう言って、
展示室の照明を眺めた。




