学芸員と詮索
翌日。
昼前の博物館は、いつも通り静かだった。
高宮は受付の奥で、昨日届いた資料を整理している。
そこへ松下がやってきた。
「おはようございます」
「…何で来るんだ」
特に用事がある様子でもない。
しばらく二人とも黙っていた。
紙をめくる音だけが聞こえる。
「……昨日」
「ん?」
「斎藤さんと出かけたんですよね」
「何で知ってるんだよ」
「斎藤さんから聞きました」
「そうか」
「博物館に行ったって」
「行ったよ」
「休日なのに」
「まあな」
松下は少し考える。
「デートですか?」
「違う」
高宮は即答した。
「ただ出かけただけ」
「でも二人で?」
「二人で」
「休日に?」
「休日に」
「博物館へ?」
「博物館へ」
松下が少しだけ笑う。
「それ、結構デートっぽいですけど」
「そうか?」
「そうですよ」
「いや、デートってもっとこう……」
高宮は言葉を探す。
「映画とか、食事とか」
「喫茶店にも行ったんですよね」
「行ったけど」
「やっぱりデートじゃないですか」
「違うって」
「そうですか」
松下は納得したような、
していないような顔をした。
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「で、楽しかったですか?」
「まあ、楽しかったよ」
「何が一番?」
「何が一番って……」
高宮は少し考える。
「博物館」
「そこは即答なんですね」
「いや、別に」
「斎藤さんとじゃなくて?」
「それも楽しかったけど」
「ふうん」
松下は高宮を眺める。
「斎藤さん、楽しそうでした?」
「楽しそうだったよ」
「そうですか」
「ずっと笑ってたな」
「へえ」
「何?」
「いえ」
松下は紙をパンフレットを手に取る。
「高宮さんも?」
「俺?」
「楽しそうだった?」
「普通だよ」
「斎藤さんからすると、普通じゃないかもしれませんよ」
「何で?」
「普段の高宮さん、あまり楽しそうに見えないので」
「失礼だな」
「そうですか?」
「そうだよ」
「じゃあ、昨日は楽しかったんですね」
「……まあ」
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しばらくして、
松下が言った。
「私も、誰かと出かけようかな」
「そうすればいい」
「でも、どこに行けばいいか分からないです」
「別にどこでもいいだろ」
「高宮さんなら?」
「俺?」
「休日に誰かと出かけるなら、どこに行きます?」
「……喫茶店」
「煙草吸えるところですか?」
「できれば」
「やっぱり」
松下が笑う。
「高宮さんって、休日もあまり変わらないですね」
「そうかもな」
「博物館行って、喫茶店行って、煙草吸って」
「酒も飲む」
「それは夜ですね」
「そう」
「なんだか、すごく高宮さんらしいです」
「そういうもんだろ」
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松下は少し黙ってから、
「私も、博物館に行こうかな」
「一人で?」
「……誰か誘って」
「いいんじゃない?」
「高宮さんみたいに、博物館に詳しい人がいいですね」
「それなら職場にいくらでもいるだろ」
「そうですね」
松下は笑った。
「でも、高宮さんは斎藤さんとデート行ったから」
「だからあれはデートじゃないって」
「まだ言ってる」
「大事なところだからな」
「分かりました」
松下は小さく頷いた。
「じゃあ、デートじゃないということにしておきます」
「ということに、じゃなくて本当に違う」
「はいはい」
「何だよ、その返事」
「別に」
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しばらくして、
松下が立ち上がる。
「そろそろ展示室見てきます」
「うん」
「……楽しそうでしたね」
「ん?」
「昨日」
「まあ、楽しかったよ」
「そうですか」
松下はそれだけ言って、
展示室のほうへ歩いていった。
高宮は特に気にすることもなく、
また資料に目を落とす。
展示室の奥で、
松下が一度だけ振り返る。
そして、
小さく息を吐いた。
「……いいな」
誰にも聞こえないくらいの声だった。
高宮は気づかない。
静かな博物館では、
その程度の独り言なら、
すぐに空気へ溶けてしまう。




