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学芸員と母親


「高宮さん、お客様」


受付から声がした。


「はい」


高宮は資料から顔を上げる。


平日の昼下がり。


来館者も少ない。


特に気にせず受付へ向かう。


そして、


露骨に嫌そうな顔をした。


「……何で来たの」


「何よ、その顔」


母親だった。


近所に住んでいるのだから、この博物館の存在は昔から知っている。


高宮がここで働いていることも、もちろん知っている。


わざわざ遠くから訪ねてきたわけでもない。


散歩のついでに立ち寄れる程度の距離だ。


「普通に見に来ただけよ」


「職場まで来るなよ」


「博物館なんだから、来てもいいでしょう」


「そういう意味じゃない」


「じゃあ、どういう意味?」


「……仕事中に会いたくない」


「親に向かって失礼ね」


「親だからだよ」


母親は呆れたように笑った。


「相変わらずねえ」


「何が?」


「昔から家でもそんな顔してたでしょう」


「どんな顔だよ」


「今と同じ」


---


母親はそのまま館内へ入っていく。


高宮も仕方なく後ろをついていく。


「案内しなくていいから」


「じゃあ一人で見て」


「そうするわ」


「……」


母親は展示ケースを眺め始める。


「ここ、昔から変わらないわね」


「まあな」


「子供の頃、何度か連れてきたでしょう」


「来たな」


「好きだったじゃない」


「そうだっけ」


「そうよ。展示物をじっと見て、帰るって言ってもなかなか帰らなかった」


「覚えてない」


「嘘でしょう」


「本当に覚えてない」


「そういうところも変わってないわね」


「何だそれ」


---


母親は昔の生活道具の展示を眺める。


「ここも昔からある?」


「あるよ」


「へえ」


「俺が子供の頃からある」


「じゃあ、あんたが子供の頃に見てたものを、今はあんたが管理してるのね」


「まあ、そうなるな」


「変な感じね」


「そう?」


「そうよ」


高宮は展示物を見る。


子供の頃、


何となく眺めていたもの。


それから何年も経って、


今は自分が説明を書く側になっている。


「……まあ、そうかもな」


---


「ところで」


母親が振り返る。


「煙草、まだ吸ってるでしょう」


「……」


「値上がりしたんじゃない?」


「した」


「じゃあ、やめればいいじゃない」


「簡単に言うなよ」


「身体にも悪いし、お金もかかるでしょう」


「分かってる」


「お酒も飲むんでしょう?」


「飲む」


「まったく」


高宮はため息をつく。


「今日は何しに来たの?」


「博物館を見に来たの」


「本当に?」


「本当よ」


少し間を置いて、


「あと、あんたがちゃんと働いてるか見に来た」


「余計なお世話」


「ちゃんと働いてるじゃない」


「当たり前だろ」


「ならいいじゃない」


母親は満足そうに頷いた。


---


館内を一通り見た母親が、


出口へ向かう。


「じゃあね」


「うん」


「夕飯、ちゃんと食べなさいよ」


「食べてる」


「煙草もほどほどに」


「はいはい」


「また来るわ」


高宮の顔が曇る。


「……それはやめて」


「何でよ」


「職場だから」


「近所なんだから、いいじゃない」


「家で会えるだろ」


「別にいいでしょう」


母親は笑いながら外へ出ていく。


自動ドアが閉まる。


高宮はその場に立ったまま、


小さく息を吐いた。


受付の職員が笑う。


「お母様、お元気そうでしたね」


「元気すぎる」


「仲が良いんですね」


「どこを見てそう思ったんですか…」


「……」


高宮は自分の机へ戻る。


薄暗い展示室。


いつもの静けさ。


母親が来ただけなのに、


妙に疲れた。


「……やっぱり職場には来てほしくないな」


そう呟きながら、


高宮は資料を一枚めくった。


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