学芸員と怪奇現象
午後十一時。
博物館は、もう閉まっていた。
当然、来館者はいない。
受付の照明も落とされ、
展示室も必要最低限の明かりしかついていない。
それでも、高宮は一人残っていた。
「……終わらないな」
明日の発表に使う資料の整理。
昼間にやればいい仕事だったが、
急な問い合わせや来館者対応が重なってしまった。
気づけばこんな時間になっていた。
高宮は机の上の資料を眺める。
「あと少し……」
---
午後十一時四十分。
ようやく一段落した。
高宮は椅子から立ち上がる。
伸びをする。
「帰るか」
電気を消す。
廊下が暗くなる。
博物館の夜は、
昼間よりずっと広く感じる。
展示室のガラスケース。
古い標本。
誰もいない椅子。
昼間なら何とも思わないものが、
暗闇の中では妙に存在感を持っている。
高宮はそのまま出口へ向かった。
---
そのときだった。
**ピッ。**
背後から電子音がした。
高宮が振り返る。
「……?」
誰もいない。
展示室の奥。
古いタッチパネル式の展示だった。
毒キノコや危険生物を紹介する、
子供向けの展示。
「電源切れてなかったか?」
近づく。
画面が点いている。
暗い展示室の中で、
そこだけが青白く光っていた。
画面には、
**「危険生物」**
と表示されている。
「……」
高宮はしばらく眺める。
そして、
「まあ、こういうこともあるか」
電源を切る。
画面が暗くなる。
---
出口へ向かう。
また、
**ピッ。**
「……」
振り返る。
また点いている。
今度は、
**「毒キノコ」**
の画面。
「おいおい」
高宮は戻る。
電源を切る。
コンセントを確認する。
「……」
抜けている。
「え?」
高宮はコンセントを見る。
確かに、
電源コードは抜かれている。
それなのに、
画面が点いている。
「……」
しばらく考える。
「バッテリー?」
そんなものが入っていた記憶はない。
もう一度画面を見る。
---
画面の表示が、
勝手に切り替わった。
「……」
高宮は動かなかった。
画面がもう一度変わる。
古いアニメーション。
毒キノコの写真。
その下に、
説明文。
高宮は眉をひそめる。
「誰かのいたずらか?」
しかし、
館内には自分しかいない。
監視カメラを確認するため、
受付へ戻ろうとした。
その瞬間。
展示室の奥から、
**コツン**
と音がした。
何かが落ちたような音。
高宮は立ち止まる。
「……」
もう一度。
**コツン。**
今度は、
明らかに聞こえた。
展示室の奥。
古い生活用品を再現した展示。
誰もいないはずだ。
高宮はスマートフォンのライトを点ける。
ゆっくり歩く。
---
そして、
囲炉裏の前で足を止めた。
何もない。
落ちたものもない。
「……気のせいか」
そう言って戻ろうとした。
そのとき。
**パチッ。**
背後で、
何かが弾ける音。
高宮が振り返る。
囲炉裏の中。
火は入っていない。
しかし、
灰の中に、
小さな赤い光が一瞬だけ見えた。
「……」
高宮は黙る。
もう一度見る。
何もない。
「疲れてるな」
高宮はそう言って、
展示室を出た。
---
受付まで戻る。
鍵を取る。
そのとき、
館内放送のスピーカーから、
小さなノイズが聞こえた。
**ザ……**
高宮が顔を上げる。
「……?」
そして、
かすかに、
女の声のようなものが聞こえた。
『……ありがとうございました』
高宮は固まった。
館内放送の電源は切れている。
「……」
しばらく待つ。
何も聞こえない。
「……空耳だな」
そう言って、
鍵を閉める。
---
外に出る。
夜風が冷たい。
高宮は煙草を一本取り出した。
火をつける。
深く吸う。
「……怖かった」
誰もいない駐車場で、
ぽつりと言った。
もう一度、
博物館を見る。
真っ暗な建物。
窓の向こうには、
何も見えない。
「……明日、電気屋に見てもらおう」
そう決める。
そして帰ろうとした。
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翌朝。
高宮が出勤すると、
受付の職員が言った。
「昨日、遅くまで残ってましたよね?」
「うん」
「何か変なことありませんでした?」
「……」
高宮は少し黙った。
「なんで?」
「昨日の夜、警備会社から連絡があったんです」
「警備?」
「閉館後に、館内の人感センサーが一度だけ反応したらしくて」
高宮は黙る。
「どこ?」
「展示室です」
「……」
「でも、監視カメラには誰も映ってなかったそうです」
高宮は煙草の箱をポケットにしまう。
そして、
昨日の夜に勝手に点いたモニターを思い出した。
「……まあ」
高宮は言った。
「古い建物だからな」
そう言って、
いつものように仕事を始めた。
ただその日から、
閉館後の博物館で一人になるのは、
少しだけ嫌になった。




