学芸員と経営者
「……まだこんなところで働いているのか」
午後三時。
背後から声がした。
高宮が振り返る。
「……高橋か」
「久しぶりだな」
大学時代の研究室仲間だった。
卒業後に起業し、
今では会社を経営している。
服装も雰囲気も、学生の頃とは随分変わった。
「相変わらずだな」
「何が?」
「博物館だよ」
高橋は展示室を見回す。
「ここは時間が止まっているようだ」
「そういうところだからな」
「来館者は?」
「今日は少ない」
「今日も、だろう」
「……まあな」
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「それで、まだ学芸員を続けているのか」
「続けてるよ」
「何年目だ?」
「結構経った」
「そうか」
高橋は少し黙った。
そして、
「うちに来い」
「またそれ?」
「まただ」
「何度断られても諦めないな」
「お前を諦める理由がない」
「そんなに俺が欲しい?」
「ああ」
高橋は即答した。
「待遇は今より良くする」
「知ってる」
「仕事も面白い」
「それも知ってる」
「給料も倍以上出せる」
「それは魅力的だな」
「なら来い」
「だが断る」
「……頑固だな」
「お互い様だろ」
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高橋は展示ケースを眺める。
「大学の頃から、お前は頭が良かったからな」
「急にどうした」
「事実を言っただけだ」
「自分ではそんなに思わないけど」
「そこも変わっていない」
高橋は淡々と続ける。
「理解が早い。物事を整理するのも上手い。研究室にいた頃から、お前に任せれば話が早かった」
「そんなに褒めても行かないぞ」
「分かっている」
「じゃあ何で言うんだよ」
「言わなければ、私の気が済まないからだ」
「面倒な奴だな」
「経営者だからな」
「関係あるか?」
「私の会社ではある」
高宮は笑った。
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二人は展示室を歩く。
「しかし」
高橋が言う。
「お前がここで働いているとは、いまだに少し信じられないな」
「そんなに?」
「ああ」
「俺は結構気に入ってるよ」
「それは知っている」
「知ってる?」
「お前は学生の頃から、こういう古いものを見ているときだけ妙に機嫌が良かった」
「よく覚えてるな」
「友人だからな」
高宮は少しだけ黙る。
「……珍しくいいこと言うじゃん」
「事実だ」
「そこは照れないんだな」
「照れる必要がない」
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出口へ向かいながら、
高橋がまた言う。
「なあ」
「ん?」
「本当に一度、うちに来ないか?」
「まだ言う?」
「言う」
「何でそこまで俺を欲しがるんだよ」
高橋は少し考えた。
「能力があるからだ」
「それだけ?」
「それだけではない」
一拍置く。
「お前が気に入っているからだ」
「……」
「友人としてな」
「分かってるよ」
「それなら問題ない」
「いや、会社に行く理由にはならないだろ」
「そうか」
高橋は残念そうでもなく、
ただ淡々と頷いた。
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外へ出る。
高橋は車の鍵を取り出した。
「また来る」
「何しに?」
「勧誘だ」
「まだ続けるのか」
「諦めるつもりはない」
「俺も辞めるつもりはない」
「それも知っている」
高橋は車に乗り込む。
窓を開け、
「気が変わったら連絡しろ」
「分かった」
「まあ、お前のことだから変わらないだろうが」
「よく分かってるじゃん」
「長い付き合いだからな」
そう言って、
高橋は車を走らせた。
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高宮はその背中を見送る。
博物館へ戻る。
いつもの薄暗い展示室。
誰もいない。
静かだ。
高宮は机に戻る。
しばらくして、
スマートフォンが震えた。
メッセージが一件。
**『本当にうちに来る気はないのか』**
高宮は少し考える。
**『ない』**
すぐに既読がついた。
**『残念だ』**
それだけだった。
高宮はスマートフォンを伏せる。
そして、
いつものように資料を開いた。
外では、
秋の風が静かに吹いていた。




