学芸員と大人びた子供
展示室の隅にある古びたモニターから、
小さな電子音が聞こえていた。
毒キノコや危険生物を紹介するタッチパネル式の展示。
画面を押すと写真が切り替わり、
もう一度押すと説明が一つずつ進んでいく。
かなり年季が入っている。
画面の端は黄ばんでいて、
タッチしても一度で反応しないことがある。
高宮が子供の頃から、
この場所にあった。
「……まだあるんだ」
声がして、高宮は振り返った。
小学生の男の子が、
モニターの前に立っていた。
「知ってる?」
「僕が小さい頃からあります」
「いや、俺が小さい頃からある」
「じゃあ、かなり古いですね」
「ちょっと失礼なやつだな」
「博物館って、物持ちがいいですね」
「スルーするな…褒めてる?」
「半分くらい」
男の子は淡々としていた。
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画面を押す。
反応しない。
もう一度押す。
今度は動いた。
「気難しいですね」
「昔からそうだよ」
「じゃあ、僕より年上かもしれない」
「たぶんお前よりだいぶ年上だよ」
「じゃあ敬語を使ったほうがいいですかね」
「そこまでしなくていい」
男の子は頷いた。
「分かりました」
そして、
毒キノコの一覧を眺める。
「これ…」
「それ?」
「はい」
画面に、
ある毒キノコの写真が表示される。
「食べたらどうなります?」
「症状が出る。種類によってはかなり危険」
「なるほど」
男の子は次のページを押す。
「じゃあ、なんで毒を持ってるんですか?」
「それはまだ、全部分かってるわけじゃない」
「へえ」
「キノコに聞いてみないと」
「喋れないんですか?」
「たぶん」
「たぶんなんですね」
高宮は少し笑った。
「まあ、少なくとも俺は聞いたことない」
「残念ですね」
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男の子は別のキノコを選ぶ。
「これは食べられる?」
「食べられる種類」
「これは?」
「毒」
「これは?」
「食用だけど、似た毒キノコがある」
「面倒ですね」
「そうだね」
「じゃあ、山でキノコを見つけても、知らないなら食べないほうがいい」
「そういうこと」
「鑑定してくれる人がいれば別?」
「まあ、専門家なら」
「高宮さんは?」
「俺?」
「学芸員だから」
「学芸員はキノコ博士じゃないよ」
「そうですか」
男の子は少し残念そうに画面へ戻った。
「じゃあ聞く相手を間違えました」
「おい」
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今度は危険生物の項目。
「スズメバチ」
男の子が選択する。
「これは知ってます」
「有名だからな」
「でも、どうして人を刺すんですか?」
「巣を守るため」
「人間を食べるためじゃない」
「うん」
「じゃあ、人間から見たら危険だけど、スズメバチからしたら普通に仕事してるだけですね」
「……そうだな」
「労働災害みたいなものですかね」
「小学生が何言ってんだ」
高宮は吹き出した。
男の子は真顔のまま、
次のページを押す。
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「毒って不思議ですね」
「何が?」
「人間には毒でも、生き物によってはそうじゃない」
「そうだね」
「じゃあ毒って、物質そのものが悪いんじゃなくて」
少し考える。
「相性が悪いだけなのかもしれませんね」
高宮は黙った。
「……なかなか面白いこと言うな」
「そうですか?」
「うん」
「じゃあ、学校で言ってみます」
「やめといたほうがいいと思う」
「どうして?」
「先生が困るから」
「なるほど」
男の子は納得した。
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しばらくして、
画面に昔の映像が流れる。
カクカクしたアニメーション。
今ならもっと綺麗な映像を作れるだろう。
けれど、
このモニターには、
高宮が子供だった頃からずっと同じような画面が映っている。
「これ、昔から変わってないんですか?」
「たぶん」
「高宮さんもこれ見てた?」
「見てたよ」
「何年前ですか?」
「……そこは聞かないでくれ」
「結構昔?」
「結構昔」
「じゃあ、このモニターも高宮さんと同じくらい老朽化してる」
「俺はまだ動くぞ」
「モニターも動いてますよ」
「……そうだな」
二人で画面を見る。
古いモニターが、
今も普通に動いている。
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「そろそろ行きます」
「うん」
「面白かったです」
「毒キノコが?」
「それもあります」
「それも?」
男の子は少し考えて、
「高宮さんが、昔からこのモニターを見てたこと」
「そっち?」
「はい」
「なんで?」
「博物館って、展示物より職員のほうが古いこともあるんですね」
「……」
高宮は一瞬黙った。
「お前、結構失礼だな」
「よく言われます」
「自覚あるんだ」
「あります」
男の子はそれだけ言って、
淡々と展示室を出ていった。
高宮はその背中を見送る。
そして、
古びたモニターを見る。
画面には毒キノコが映っている。
「……職員のほうが古い、か」
高宮は苦笑する。
電子音が鳴る。
今日も、
子供の頃から変わらないモニターが、
何事もなかったように展示を続けていた。




