学芸員と小学生たち
「今日は午後から小学校が来ますから」
朝、受付のおばちゃんに言われた。
「何人くらい?」
「三十人くらいじゃない?」
「結構来ますね」
「先生も二人」
高宮は少しだけ遠い目をした。
普段の博物館は静かだ。
来館者が十人も来れば、
「今日は多いな」
と思うくらいだ。
それが今日は、
小学生が三十人。
静かな博物館にとっては、
ちょっとした事件である。
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午後一時半。
外から、
「せんせー!」
「早くー!」
「こっちじゃないのー?」
という声が聞こえてきた。
高宮は受付へ向かう。
自動ドアが開く。
子供たちが、
ぞろぞろと入ってくる。
「こんにちはー!」
「こんにちは」
元気な声が館内に響く。
さっきまでの静けさが、
一瞬で消えた。
「先生、この博物館って何年前からあるの?」
「あとで聞いてください」
「トイレどこ?」
「入ってすぐ右です」
「先生、お腹すいた」
「まだ昼食べたばっかりでしょう」
高宮は少し笑った。
「……賑やかですね」
「いつもはこんな感じですよ」
先生が苦笑する。
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クラス単位の見学なので、
子供たちは列になって展示室へ進んでいく。
「走らないでー!」
「触らない!」
「順番ね!」
先生たちの声が飛び交う。
高宮はその後ろから、
展示物の説明をする。
「これは昔、この地域で使われていた道具です」
「何に使うの?」
「農作業に使っていました」
「今も使える?」
「使えると思うよ」
「じゃあ高宮さん使ってみて」
「俺?」
「学芸員だから使えるでしょ?」
「学芸員だからって何でも使えるわけじゃないよ」
子供たちが笑う。
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古い写真の前で、
一人の男の子が立ち止まった。
「これ、昔の町?」
「そう」
「車少ないね」
「昔は今よりずっと少なかったからね」
「コンビニは?」
「この頃はまだない」
「えー!」
「じゃあゲームセンターは?」
「それもない」
「つまんな」
高宮は笑った。
「その代わり、今とは違う遊びがあったんだよ」
「何?」
「外で遊んだり」
「それ今もやるよ」
「そうか」
「あとゲームもする」
「だろうな」
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展示室の奥。
昔の学校に関する資料が並んでいる。
古い教科書。
机。
ランドセル。
黒板。
子供たちの反応が少し変わる。
「ランドセルちっちゃ!」
「これ昔の?」
「うん」
「先生、これ使ってた?」
先生が苦笑する。
「先生の頃はもう少し新しかったです」
「高宮さんは?」
「……」
高宮は古いランドセルを見る。
「俺も使ってたよ」
「同じ?」
「似たようなもの」
「へー」
子供たちは興味深そうに見る。
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そのうち、
一人の女の子が手を挙げた。
「質問!」
「どうぞ」
「高宮さんは、ここで働いてて楽しいですか?」
少し意外な質問だった。
高宮は考える。
「楽しいよ」
「ずっと?」
「ずっとじゃないかな」
「えー」
「仕事だからね」
子供たちが笑う。
「でも」
高宮は展示室を見る。
「こういう古いものを見たり、調べたりするのは好きだよ」
「じゃあ、毎日楽しい?」
「……まあ」
少し考えて、
「毎日ちょっとずつ楽しいことがある、くらいかな」
女の子は納得したような顔をした。
「ふーん」
それだけ言って、
次の展示へ向かっていった。
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午後三時。
見学終了。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございましたー!」
子供たちが一斉に頭を下げる。
「ありがとうございました」
高宮も頭を下げる。
そのまま、
ぞろぞろと外へ出ていく。
「先生、次どこ行くの?」
「学校です」
「えー!」
「帰りますよ」
「やったー!」
子供たちの声が、
公園の向こうへ遠ざかっていく。
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午後三時半。
博物館は元の静けさを取り戻した。
高宮は展示室を歩く。
さっきまで子供たちが触れそうになっていた展示。
質問された古い写真。
ランドセル。
椅子。
何も変わっていない。
ただ、
少しだけ空気が違う気がした。
「……静かだな」
いつもの静けさ。
好きな静けさ。
でも、
さっきまでの騒がしさがなくなったことで、
少しだけ寂しく感じる。
高宮は窓の外を見る。
遠くの道路を、
小学生たちが歩いている。
「……また来いよ」
聞こえるはずもない声で呟く。
しばらくして、
高宮は展示室を出た。
またいつもの仕事に戻る。
静かな博物館で、
午後の時間がゆっくり流れていった。




