学芸員と秋
「……涼しくなったな」
朝。
博物館へ向かう道で、高宮はそう呟いた。
ついこの間まで、
外に出るだけで汗が出ていた。
蝉の声がうるさいくらいに響いていた。
それが今では、
蝉の声もすっかり減っている。
代わりに、
少し乾いた風が吹いている。
季節は、いつの間にか秋になっていた。
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開館前。
高宮は窓を開けた。
夏の間は、
「暑いな」
と言いながら開けていた窓。
今日は違う。
涼しい風が館内に入ってくる。
カーテンが少し揺れる。
「……いいな」
冷房を切る。
外の空気だけで十分だった。
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午前十時。
開館。
来館者は少ない。
いつものことだ。
受付のおばちゃんが、
「今日は涼しいねえ」
と言う。
「そうですね」
「もう秋だね」
「ですね」
二人で窓の外を見る。
公園の木々は、
まだほとんど緑色だった。
でも、
ところどころ黄色くなっている葉がある。
それだけで、
夏とは違って見えた。
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昼前。
高宮は展示室を歩く。
夏の間は、
子供が何人か来ていた。
蝉の標本を見て、
「これ本物?」
なんて聞いてくる。
今はもう、
そんな声もない。
展示室は静かだった。
「……」
静かなのは好きだ。
けれど、
夏の騒がしさがなくなると、
少し寂しい。
高宮は窓の外を見る。
公園に子供が一人もいない。
ベンチにも誰もいない。
「秋だな」
そう呟く。
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昼休み。
いつもの喫煙所。
煙草に火をつける。
夏とは違って、
煙がすぐには消えない。
風が冷たい。
高宮はベンチに座る。
「……うまい」
煙草も、
少し涼しくなったほうが美味しい気がする。
気のせいだろう。
でも、
そういう気のせいが好きだった。
缶コーヒーを飲む。
煙草を吸う。
木の葉が風で揺れる。
蝉の声はない。
代わりに、
遠くで鳥の声がする。
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午後二時。
斎藤がやって来た。
「こんにちは」
「お、久しぶり」
「秋になったね」
「急だな」
「だって涼しいじゃん」
「まあな」
斎藤は窓の外を見る。
「なんか寂しいね」
「……そうだな」
「夏、終わっちゃった」
「終わったな」
「高宮、夏好きだったじゃん」
「好きだったよ」
「秋は?」
高宮は少し考える。
「嫌いじゃない」
「好きではない?」
「好きだよ」
「どっち?」
「……どっちも」
斎藤は笑う。
「変なの」
「夏が終わるのは寂しいけど、秋が来るのは嫌じゃない」
「なるほど」
「そういう感じ」
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夕方。
斎藤が帰った後、
高宮は一人で窓を閉めた。
外はもう少し暗くなっている。
公園の木々。
黄色くなった葉。
長く伸びた影。
夏ならまだ明るい時間なのに、
秋は日が落ちるのが早い。
「……早いな」
高宮は時計を見る。
まだ五時前だった。
それでも、
館内にはもう夕方の空気が漂っている。
照明をつける。
薄暗い展示室が、
少しだけ明るくなる。
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閉館。
外に出る。
風が冷たい。
高宮は上着のポケットから煙草を取り出す。
火をつける。
吐いた煙が、
白く見えた。
「……」
夏には見えなかった煙。
秋になると、
煙草を吸っていることが目に見えて分かる。
それが少し面白い。
高宮は博物館を振り返る。
古い建物。
夕暮れ。
黄色くなり始めた木々。
「秋も悪くないな」
そう言って、
もう一度煙を吐く。
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帰り道。
商店街を歩く。
焼き芋の匂いがする。
どこかの家から、
夕飯の匂いがする。
空が高い。
夏とは違う空だった。
高宮は歩きながら、
明日のことを考える。
明日も仕事。
来館者は少ないだろう。
展示室は静かだろう。
喫煙所では少し冷たい風が吹いているだろう。
そして、
また一日が終わる。
そんな毎日。
「……まあ」
高宮は小さく笑った。
「こういうのも悪くないか」
秋の風が、
少しだけ強く吹いた。




