学芸員と高校生
午後三時。
受付のほうから声がした。
「ん?」
振り返ると、見慣れた顔が立っていた。
近所の高校に通っている女の子だった。
何度かこの博物館に来ている。
一人で来ることもあれば、友達と来ることもある。
高宮も顔を覚えていた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「今日、一人?」
「はい、ちょっと聞きたいことがあって」
「俺に?」
「はい」
高宮は少し考える。
「……座る?」
「お願いします」
二人で展示室のベンチに座った。
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「私、司書になりたいんです」
「司書?」
「はい」
高宮は頷いた。
「なるほど」
「どう思いますか?」
「何が?」
「司書になるのって、大変ですか?」
高宮は少し黙った。
「……まあ」
「やっぱり?」
「大変だと思うよ」
「倍率高いですよね」
「高いところは高い」
「給料も、あんまり高くないって聞いて」
「それもまあ……」
高校生は少し俯いた。
「やっぱり、やめたほうがいいですかね」
高宮はすぐには答えなかった。
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「なんで司書になりたいの?」
「本が好きだから」
「それだけ?」
「……それだけじゃダメですか?」
「いや」
高宮は首を振る。
「むしろ、それが一番大事なんじゃないかな」
少女は少し顔を上げた。
「でも」
「うん」
「仕事だから、本が好きってだけじゃ駄目なのかなって」
「それはそうかもしれない」
高宮は苦笑する。
「俺だって、博物館が好きだから学芸員になったけど」
「はい」
「好きなことだけしてればいい仕事じゃないからな」
資料整理。
書類。
予算。
電話。
問い合わせ。
展示準備。
地味な作業はいくらでもある。
「それでも、好きだから続いてる部分はあるよ」
「……」
「だから、好きっていうのは結構大事だと思う」
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「高宮さんも、倍率高かったんですか?」
「高かったよ」
「どうやってなったんですか?」
「運」
「え?」
「運もある」
「……」
「もちろん勉強もしたけど」
高宮は笑う。
「こういう仕事、募集自体が少ないからね」
「ですよね」
「一つの求人に何十人、何百人って応募することもある」
「そんなに……」
「自治体によっては、そもそも採用試験が毎年あるわけじゃないし」
少女は黙ってしまった。
高宮はその様子を見て、
少しだけ言葉を選んだ。
「でも」
「はい」
「だからって、諦めろとは言わないよ」
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少女は顔を上げた。
「……本当に?」
「うん」
「高宮さんなら、もっと現実的なこと言うと思ってました」
「現実的なことなら言える」
「何ですか?」
「司書になりたいなら、司書資格を取るだけで終わりじゃない」
「はい」
「求人を探して、試験を受けて、場合によっては何年も待つことになる」
「……」
「その間に別の仕事をすることになるかもしれない」
「はい」
「それでもやりたいなら、やればいい」
高宮はそう言って、
展示ケースの中にある古い本を見る。
「夢って、実現する保証があるから追うものじゃないだろ」
「……」
「実現するか分からないけど、それでもやりたいから追うんじゃないか」
少女はしばらく黙っていた。
「なんか……」
「ん?」
「高宮さんって、そういうこと言うんですね」
「どういう意味?」
「もっと冷たい人かと思ってました」
「ひどいな」
二人で笑った。
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「でも」
少女が言った。
「司書になれなかったら、どうしよう」
「そのときは、そのとき考えればいい」
「そんな簡単に?」
「簡単じゃないよ」
高宮は答えた。
「俺だって、もし学芸員になれてなかったらどうしてたか分からない」
「……」
「別の仕事してたかもしれないし」
「はい」
「それでも、今の自分が後悔してるかっていうと」
少し考える。
「してないかな」
「どうして?」
「ここ、好きだから」
少女は笑った。
「ですよね」
「何が?」
「高宮さん、この博物館好きですもんね」
「……まあ」
「顔に出てます」
「そう?」
「はい」
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帰る時間になった。
「ありがとうございました」
「別にいいよ」
「また来てもいいですか?」
「もちろん」
少女は立ち上がる。
「司書になれたら、教えてくださいね」
「そっちがなったらな」
「はい」
入口へ向かう。
自動ドアが開く。
夏の明るい光が館内に入ってくる。
「じゃあ、また」
「またね」
少女が出ていく。
高宮はしばらく入口を眺めていた。
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午後四時。
博物館はまた静かになった。
さっきまで誰かが座っていたベンチ。
その向こうには、
古い本の展示。
いつか彼女が司書になったら、
どこかの図書館で働いているのだろう。
大きな図書館かもしれない。
小さな町の図書館かもしれない。
あるいは、
別の仕事をしているかもしれない。
それはまだ分からない。
高宮は資料を手に取る。
ページをめくる。
静かな音がする。
「……頑張れよ」
誰もいない展示室で、
小さく呟いた。
それから、
いつものように仕事へ戻った。




