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学芸員と女友達

「高宮って、昔から変わらないね」


午後二時。


展示室のベンチに座って、斎藤はそう言った。


「昔って…大学からの付き合いだろ」


「それでも何年かは経ってるじゃん」


「どうしてそう思った?」


「なんとなく」


「一番困る答えだな」


斎藤は笑った。


大学時代からの友人だった。


同じ講義を受けて、


暇な時間には一緒に昼飯を食べて、


講義が終わったあとも、意味もなく駅まで歩いた。


卒業してからは、それぞれ別の場所で働いている。


それでも、たまに何度かこうして会う。


今日は斎藤の仕事が休みだった。


「わざわざここまで来たの?」


「来ちゃいけない?」


「いや」


高宮は苦笑する。


「別にいいけど」


「じゃあいいじゃん」


斎藤はそう言って、展示室を見回した。


「相変わらず静かだね」


「今日は特にね」


「誰もいないね」


「いつものこと」


「寂しくない?」


高宮は少し考えた。


「……まあ、多少は」


斎藤は意外そうに高宮を見る。


「高宮でも寂しいとか思うんだ」


「俺を何だと思ってるんだ」


「こういうところ、一人でいるの好きなのかと思ってた」


「好きだよ」


「じゃあ寂しくないじゃん」


「それとこれとは別だろ」


高宮は展示室を見た。


古い展示物。


誰もいない椅子。


薄暗い照明。


空調の音。


「静かなのは好きだけど、静かすぎるのもな」


「……分かる」


斎藤も小さく頷いた。


---


二人で展示室を歩く。


斎藤は展示物を一つ一つ眺めていく。


「これ、まだあるんだ」


「知ってるの?」


「大学の頃、一回来たことあるよ」


「そうだっけ」


「来たよ」


「誰と?」


「……高宮と」


「そうだった?」


「本当に覚えてないんだね」


「ごめん」


「別にいいけど」


斎藤は笑った。


昔のことなんて、そんなものだ。


一緒に過ごした時間はたくさんあっても、


その全部を覚えているわけではない。


むしろ、覚えていないことのほうが多い。


それでも、


斎藤は覚えている。


大学の帰りに二人で寄った喫茶店。


高宮が頼んだ苦いコーヒー。


くだらない話をしながら歩いた夜道。


そんなものまで、妙に覚えている。


「ねえ」


「ん?」


「高宮はさ」


「うん」


「ここで働いてて、楽しい?」


「……わるくないよ」


高宮は少し考えた。


「暇だからな」


「それ答えになってないよ」


「でも嫌いじゃない」


「博物館が?」


「うん」


高宮は展示室を見渡した。


「こういう場所、好きなんだと思う」


「静かなところ?」


「静かなところも」


少し間を置く。


「でも、誰もいないとやっぱり寂しい」


斎藤は何も言わなかった。


高宮がそんなことを言うのは、少し珍しかった。


---


午後三時。


斎藤が帰る時間になった。


「じゃあ、そろそろ帰るね」


「うん」


「今度、ご飯行こうよ」


「いいよ」


「いつ空いてる?」


高宮がスマートフォンを取り出す。


二人で予定を確認する。


「じゃあ、金曜」


「分かった」


「約束ね」


「うん」


斎藤は入口へ向かった。


自動ドアが開く。


外から夏の熱気が入ってくる。


「高宮」


「ん?」


「ここで働いてるの、似合ってると思うよ」


「そう?」


「うん」


斎藤は少し笑った。


「昔から、こういう場所好きだったじゃん」


「そうだったかな」


「そうだよ」


「……そっか」


「じゃあね」


「また」


ドアが閉じる。


斎藤の姿が見えなくなる。


高宮はそのまま入口を見ていた。


---


数分後。


館内は元の静けさに戻った。


さっきまで聞こえていた斎藤の声もない。


足音もない。


展示室には、


古い資料と、


誰も座っていないベンチだけが残っている。


高宮はそのベンチを見る。


「……静かだな」


さっきまで二人で座っていた場所だった。


別に何か特別な話をしたわけではない。


昔の話をして、


展示を見て、


次に会う約束をした。


それだけだ。


それだけなのに、


いなくなった途端、


館内が妙に広く感じる。


高宮は資料室へ戻ろうとして、


一度だけ振り返った。


誰もいない。


「……」


やっぱり、少し寂しい。


静かな場所は好きだ。


でも、


誰かがいた後の静けさは、


少しだけ違う。


人がいなくなったことを、


静けさそのものが教えてくるからだ。


高宮は小さく息を吐いて、


仕事に戻った。


午後三時半。


博物館はいつもの博物館に戻っていた。


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