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冤罪遺伝学  作者: 早雲
第一幕
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9.地下鉄

 夜が明けた。他人行儀な街は相変わらずだった。昨日と同じ街と人。


 友達が死んだ。それだけが昨日と違う。


 ラジオのニュースはこの件を報道すると思ったが、まったくそんなことはなかった。


 腹が減った。こんな時でも腹は減る。心の中では悲しんでいるのだ、でも俺の体はどうにも薄情らしいのだ。


 誰に言い訳しているんだろうか。マキタ……はいないんだった。


 このまま一人で事務所にいては参ってしまう。別の街に行くべく、俺は地下鉄へ向かった。


 地上から地下鉄へ降りるエスカレーターでスマホをいじった。ネットニュースでかろうじて関連事件を報じていた。


 牧田慎吾、という名前が記事に見えた。秋葉原の商業ビルの屋上から、マキタは飛び降りたらしい。即死だっただろう。


 俺が向かっていた場所はおおよその方面では間違いではなかった。だが結局どの建物か分からないのでは、無駄足だったか……。電話で説得するしかなかった。そうだ、俺なら止められたんじゃないのか。なぜ、俺はあんな話し方しかできなかった……。


 『人を殺した』。そう言っていた。あいつがそんなことをする様子はうまく想像できない。だが、なぜか俺はあの場ですんなり受け入れてしまった。もしかしたら、どうしようもなく止められないことだったのだろうか。


 いつの間にか俺は地下鉄のホームに降りていた。


 自分の思考にもぐりこんでいたにもかかわらず、問題なく駅構内に入れてしまったことに驚く。人間とは不思議なものだ。なにも見ず感じずいると思っていても、自分の身体はうまく動けるものなのだ。


 キリキリとネジを巻き直す。この事件は終わりじゃない。D-genesのデータベースには警察庁のユーザがいた。そして、マキタは何かを知っていた。その何かがあいつを殺す羽目になったんじゃないだろうか。


 セキュリティホール調査の依頼、今回のマキタの自殺、そして遺伝子検査会社のデータベース。これらは何かしらのつながりがあるはずだ。


 これで終わりじゃない。


 そう思った直後、乾いた笑いが浮かんだ。マキタよ、俺は身体だけでなくて、心も薄情だったようだ。悲しみを忘れて、謎解きに没頭しようとしている。


 罪の意識を感じるべきではないはずだ。それはなんの役にも立たないのだから。だが、昨日のやりとりが頭の中で反芻される。俺が上手いこと言えたら、まだマキタは生きていただろうか?


 電車が発車したのを見落とした。そうだ、電車を待っていたんだった。都内では珍しく駅のホームに転落防止のガードが無い駅だった。あまりボーっとしていると危ない、と思い一歩うしろに下がる。


 どこへ行けばいいのだろうか。何となく出てきてしまったが、アテはなかった。ここじゃないどこか、と思っていてもいざどこへと自問してみても行きたい場所などない。


 再び、電車の近づく音が聞こえてきた。ひとまずこの電車に乗ろう。何駅か乗って適当な街で降りればいい。


 電車のヘッドランプが見えた。カーブしている先から黒く四角い車体の影が見える。電車の頭に行先を示す電光掲示板の文字が見えた。


 突然、背中に衝撃を感じた。


 体重が線路の方へかかる。


「えっ……」


 自分の間抜けな声が奇妙に響く。電車は鉄をひきずるような轟音をたてながら近づいてくる。巨大な質量に押しつぶされ身体がバラバラになるイメージが頭の中を覆った。


 たんっ、と踏みとどまった。慌ててすぐに後ろの壁際まで下がる。


 電車はガラガラと音を立てて、ゆっくりと停車した。目の前の扉が開いた。線路に落ちる寸前だと思っていたが、実際には軽く押されただけだった。


 自分の呼吸音が聞こえる。何が起きた?誰かに押されたのか?


 扉の開いた電車に逃げ込むように入った。


 車内のシートは埋まっているが、混んでいるというほどでもない。俺は沢山の人が乗っているのに安心して、吊り革につかまった。


 しばらくして、人の視線に気がついた。俺の後ろに座っている若い男の二人組が小声で「あれ、なんだろう……」と言っているのが耳に入った。どうやら俺の背中を見ているようだ。後頭部を触れるも特に異常はなさそうだ。


 俺はジャケットを脱いだ。カーキのフィールドジャケットの背中には見慣れない赤色の何かが貼られている。


 何かが書かれた紙が貼られていた。メモだ。テープで止められている。


「本当に、なんだってんだ……」


 思わず口をついて出た言葉に、俺の正面の座席に座っている女性が顔を上げて怪訝な表情をする。普段なら気にするところだが、今はそんな場合ではなかった。


 そこにはこう書かれていた。


 『お前も、いつでも』


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