8.通信機能
ガガガッ、とノイズ音が鳴った。
今度は本田君のデバイスではない。もちろん電源を切っている私のスマートフォンではない。
「…ツ…ナツ!」
それは私が実験台においたヘルメットからだった。
私は一瞬フリーズして、ヘルメットの方に近づいた。内蔵スピーカーから音が聞こえているようだ。音量を上げる。
「ユキ!?」
「聞こえるか、ナツ」
ノイズの混じったユキの声が聞こえた。
本田君が奇妙なモノを見るかのような目でヘルメットに目を向ける。
ユキは恨みがましく言った。
「スマホの電源落としやがって。おかげでヘルメットの通信機能を使わなけりゃならなくなっただろ」
「なんで……」
「こちとらホワイトハットだ。IoTのセキュリティ破るのなんか余裕だ」
顔は見えないけど、少し口の端をあげて皮肉っぽく、得意げな表情のユキが想像できた。普段からすると、らしくないテンションだ。
その勢いのまま、ユキは言う。
「俺のこと相棒って言ってたな」
「そんなところから聞いてたのか」
顔が熱くなるのを感じる。
そんな私に構わずユキは言った。
「元気なさそうじゃねえの、相棒」
◯
運命に抗うって、もっと地道な道だ。
自分に配られたカードを観察して、その痛みを受け止める。眠れない夜に希望を抱いて眠る。
俺はずっと思っていた。『人生は配られたカードで勝負するしかない』
今でもそう思っている。だけど、いつかナツが少年みたいに、勝気に言った言葉がずっと俺の中に残っていた。
『次に何のカードが来るかだって、誰にも分からないんだぜ?』
俺のあきらめに、ナツが答えを示した。不完全で、いい加減で、それでも、彼女こそが希望そのもののように。
いつか冷たく言い放った言葉の代わりに、俺はそうやって答えなければならなかったのだ。
俺は他人行儀なビル街の中にいた。電話口からはナツと本田の話声が聞こえてくる。
あいつは死んだ。
マキタ、お前に言えなかったから、仕方ねえから、この野郎に言ってやる。
俺はマキタに言いたかったことを、似た境遇の、あろうことかマキタを殺した本人である本田に叫ぶ。
〇
「いるだろ。マキタを殺した野郎が」
静謐だったブラックボックスは不思議な勢いに包まれた。私はその様子に少し慄く。
「お前は、大馬鹿野郎だ。ウジウジ言ってんじゃねえ。生きてくのはそんな簡単じゃねえんだ。ナツにやっかんでんじゃねえ」
本田君は声のする方をにらむように目線を向けた。
「ナツ、聞こえるか?」
ユキは声を張った。
「俺はお前のこと立派だと思う。確かに最初の手札で決まってしまうゲームだってある。理不尽だってある。でも、次になんのカードが来るかは、誰にもわからないんだろ?」
前に私が言った言葉。あの時は正しいと思っていたけど、今この瞬間までは信じられなくなった言葉。
「正しいことじゃないかもしれない。でも、お前が言ってたことは希望なんだ。前を向くって、そういう宣言だ」
張り上げたその声に、切実な響きを感じた。
「だって、次にどんなカードが来るかは、誰にもわからない。そうだろ?ナツ」
ふふ、とおかしくなって笑ってしまった。普段は冷静なくせに、今日はとことんアツくなってる……私のために。
その熱に応えるように言った。
「うん、そうだよ」
本田君を見据えるように、正対する。彼の視線を受ける。
「本田君、君の思ってること、私にもよくわかる。私だってそう思う。だけど、私は、カードを引くことにしたんだ。ただ、カードを引く。君が失望したこのゲームを、もう少し続けてみることに決めたんだ」
彼は否定するでも、頷くでもなく、ただ私を見ていた。
「考え方も違う、君は、私を間違ってるというと思う。道は違う。きっと私は真崎さんを手に掛けた君を許せないと思う。君がこれからどこに行くのか、私は知らない。だけどさ」
私は前を向く。
彼は後ろを向く。
ここは運命の分かれ道だ。それでも。
「だけどさ、また、そのうち、どっかで会おうぜ」
本田君の表情からは、どんな色も見て取れなかった。
ゆっくりと、彼は私に向かって歩いて来た。
そしてするりと横を通り抜けていく。
出口に向かう彼は一瞬立ち止まり、振り返って、何かを言おうと唇を少し動かした。
でもそれは言葉にならずに、彼の口元で消えていった。




