9.葬式
上野御徒町のアメ横は戦後闇市が盛んだった地域で、その影響が色濃く残っている。そのためなのかどうかは知らないが、とにかく賑やかだ。マグロやらタコなんかの海鮮が売られているかと思えば、隣の店では古着を売っていたりする。昔ながらの居酒屋や台湾料理、ケバブ屋、バルまで多様な店が暖簾を並べている。外国からの観光客も一際多い。ふらりと足を踏み入れたなら、自分が異国の繁華街に迷い込んだのかと錯覚する。
アメ横の路地に入った場所にあって、一際その胡散臭い空気を強調する飲み屋がある。どこで使われるのかまったく想像がつかない大きな仮面、延々と謎のガスを吐き出す加湿器に似た何か、禿頭の残りの髪を四方八方に捻った奇妙な出立の店主その人。ひどい内装だ。
だが昼間の明るさは不思議とその種の胡散臭さを弱めて、いっそ、すがすがしささえ感じさせる。路地は影で暗さを湛えているが、電車の走る高架を見上げると青空が覗いている。少し先の大通りには観光客がわんさか歩いているのに、この路地は切り離されたように静かさに包まれている。まるで映画のワンシーンのようだ。
俺は店前に設置されている席に座っていた。
形式的にはテラス席というのだろうが、これを洒落た横文字で表現するのは憚られる。ぼろぼろの木製の天板が乗った机の上には、いつからあるかもわからない割りばし置きに、おそらく醤油だったものと思われる謎の調味料。
店主がやってきて、俺が注文したビールの中瓶と小さいグラスを黙って置いていった。俺も黙ったまま、手酌でビールを注ぎ、グイっとあおる。
いつかナツと行ったバルとはお洒落という点で大きく落ちる居酒屋だが、マキタと行ったのがこの汚い店だから仕方がない。
そんなことを考えてもう一杯あおる。目の前の路地の入口に人影が見えた。ジーンズをはいてライダースジャケットのポケットに手を突っ込んだ姿。
「こんなところで何しているんだい?」
ハスキーなナツの声。少し呆れたように、そして不思議がるような聞き方だ。
俺は答える。
「葬式さ」
少し前にマキタの葬式があった。俺は小さく新聞に載っていた記事を見つけたが、俺は参加できなかった。葬式はとっくに済んでしまっていた。
両親に挨拶しようと思い新聞欄の連絡先に電話して事情を説明した。友人として線香をあげたいと言ったが、マキタが眠る場所は教えてもらえなかった。
俺は部外者だから、当然そういう反応もあるだろう。だが、マキタの両親との関係は良くないと言っていた。あいつの両親はできるだけ、息子のことを思い出したくないのかもしれない。そう思ったら、寂しさが募った。墓の場所も聞けず、そそくさと、電話を切るだけでは、あいつを偲ぶのに足るものではなかった。
だから、俺は一人で居酒屋でマキタの葬式をすることにした。
そう説明すると、ナツは今度こそ呆れたようにため息をついた。
「ドライでクールかと思ったら、変なところで義理堅いな、君は」
それはお前だろ、と軽口を返そうとする。だが、ナツはすとんと俺の対面の席に座ってこう言った。
「じゃあ、私も葬式だ」
「誰の」
「赤坂さんと、真崎さん」
俺は二つ目のグラスを持ってきてもらうように店主に頼んだ。
グラスがつくや否や、ナツはなみなみにビールを瓶からつぎ、一気にあおる。




