1.バディ
私はD-genes社のビルにあるカフェテリアで遅めの昼食を取ることにした。高層階のガラス張りのカフェテリアだ。
私は地下よりも高いところが好きだ。私は自分のことを馬鹿でも煙でもないと思っているが、高い場所から見る都会のピカピカした街並みが好きだった。
紙コップのコーヒーに口をつける。ここのコーヒーは多少苦さと知性が足りない。けれど、熱さに関しては悪くない。
そんなことを嘯いていたら、机をはさんで正面に座っていたホンダ君に不思議そうな顔をされた。
「コーヒーの苦さはわかりますけど、知性ってなんですか」
昼食を食べ損ねたから、と言って連れだってカフェテリアへ来た彼はサンドイッチを頬張っている。
私もラップサンドに手をつけながら、口の端を持ち上げた。
「実は私も知らないんだ。何かの小説で出てきたんだよ、コーヒーの苦さと知性って」
ホンダ君が得意げな顔をした。
「いまどき知性ってのは何にでもついてますもんね。家電にもインテリジェンスが求められる時代なら、当然コーヒーにも、ですか」
さあね、と私は少しだけ首をかしげるポーズをして、ラップサンドをかじる。チリソースが効いていて悪くない。
ホンダ君はサンドイッチを持った手で、私の紙コップを指しながら言った。
「それで、大学ではコーヒーがおいしい店が近くにあったんですか?苦さと知性が十分の」
思わず私は、ふふ、と笑ってしまった。そして眼下の街並みに目をやった。
「さて、そろそろ仕事に戻ろうか。サンプルの処理と書類仕事が沢山待ってる」
ホンダ君は思いっきり顔を俯けた。
「なんでランチの後、仕事に戻る時って絶望感あるんでしょう?」
「さあね、サーカディアンリズムのせいだろう?」
嫌がる彼を無視して私は紙コップとランチの包み紙をもってゴミ箱に捨てた。
私がゴミを整理しながら捨てていると、ホンダ君は言った。
「仕事したくない……」
エレベータに乗る。静かに、だけれどその力強さがわかる程度に、地球の中心に向かってベクトルを感じた。慣性が必死に今の位置を保とうとするけれど、それはほんの一瞬。私たちは否応なしに地下へ沈んでいく。
「なんで人間というやつはいつまでたっても労働から解放されないんでしょう……」
「まだ言ってる……」
私は少し考えて言った。
「働かずに生きるっていうのも、ある種適性がいると思うけどな。人間って意外とヒマに慣れないもんだぜ?」
「ナツさんは仕事大好きだからそんなこと言えるんですよ。僕みたいな一般人には労働は苦痛です」
彼は再び大仰なため息をついた。こんな風に言っているが、彼も結構な仕事好きだしワーカーホリック気味だ。愚痴りながらもしっかり仕事をする。そこがまた厄介なところとも言える。
「エンジニアの美徳って知ってますか?」
「なんだい?」
急な話題転換かと思って頭を切り替えようとしたら、さっきの話の続きだった。
「エンジニアの三大美徳は、怠惰、怠惰、怠惰、です」
私は声に出して笑った。見るとホンダ君も得意げな顔をしている。
普段しっかりしているように見えて、意外なところで甘いし、阿呆なところがある。
もしかしたら、このカフェテリアではないコーヒーが必要かもしれない。苦さと知性がたっぷりの。




