6.エントリ
シンセバイオの研究所から逃げた後、都内の行ったことのない街の漫画喫茶で私とユキは泥のように眠りこけた。疲労が限界だった。
身分証明書で会員登録をする必要のない漫画喫茶の店内は、薄暗くてジュースがこぼれたかのような甘い匂いがした。個室のブースの床にはクッションの上に合皮が敷かれていて、同じ素材の座椅子も置いてある。
椅子をどかして寝転がれるスペースを作った。多分、別の個室にいるユキも似たような状況のはずだ。身体がデカくて安眠するのに苦労しそうだ、と思っていたら睡魔がやってきた。
〇
「いざとなればすぐに口を塞げるんで。お気をつけて」
優雅に一礼した彼を私は苦々しく見つめている。
周りは整備された芝生だ。秋の枯れかけているベージュの風景。そこは北の丸公園だった。
「あんたの自業自得ですよ。余計なことに首を突っ込まずに気付かないふりすれば良かったんです。そうすれば、プロジェクトも上手くいったし、何より安全だった」
私が対峙していたのはホンダ君だった。彼は続けて言った。
「あんたのせいで、こんな結果になってしまった」
いつの間にか彼の側には後ろ手を縛られた真崎さんが跪いている。
大きなナイフが彼の右手に握られている。
「あんたのせいだ」
「夏希!」
真崎さんが叫ぶ。ナイフは大きく振りかぶられる。
……私は一体、どうして突っ立ったままでいるのだろう。
血飛沫が上がる前に、世界の色が炭を垂らしたように黒く染まった。
〇
黒い世界がまだ広がっていた。随分安っぽい合皮の黒色。座椅子の背もたれが私の寝ている目の前にあるだけだった。
見上げると大柄な男が私の肩口を控えめにポンポンと叩いている。
「ユキ……」
自分の声に不機嫌さが混じったのを自覚した。私はあまり寝起きがいい方ではない。
ユキは静かに言った。
「起こして悪いが、まずいことになった」
「なに……?」
「ミラーサーバーを確認した。データベースが更新されている」
一拍置いて彼ははっきり言った。
「……俺のSTR配列がD-genesのデータベースに載ってる」
ユキが動揺しないように自分を制御しようとしているのを感じた。
「二、三日後には誰かの殺人の罪で、俺が捕まるかもしれない」
ゆっくりと顔を上げた。ユキと視線が合う。穏やかな表情に見えた。だが、声は詰まっている。
暗い室内にはエアコンの作動音と古びたクオーツ時計の針の音が聞こえてくる。
私たちに残された時間はほんのわずかしかなかった。




