表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冤罪遺伝学  作者: 早雲
第一幕
PR
4/38

4.サーバールーム

 控えめな電子駆動音が部屋中を満たしている。俺の背よりも高い棚に几帳面に詰め込まれたコンピュータたちの音だ。部屋全体はひんやりとしていて、空調が効いているのがわかる。


 ここはD-genesのサーバールームだ。 


 先ほど遺伝子検査の対応をしたアカサカという男が案内人だ。実験室から出るときに脱いだ白衣の下は比較的フォーマルな格好にアレンジ程度のカジュアルさが混じった服装の、いかにも大企業の勤め人といった男だ。


 俺はアカサカにペネトレーションテストの説明を一通りした後、いくつか現状のシステムの概要やセキュリティのヒアリングを行った。彼は事前に資料をまとめていた。


「弊社のシステムでは、主データを取り扱っているスタンドアローンのサーバーと外部とやりとりするためのサーバーに分かれています」


 さすが遺伝子検査のコングロマリットなだけあり、ものすごい設備だ。今日見学しただけでも遺伝子検査の実験室に、かなり大規模のサーバールーム。アカサカに見せてもらった資料によると、システムの設計はかなり堅牢なものである。情報学的知見に精通した人間が設計したものだろう。


「御社で組まれたネットワークのセキュリティですが、堅牢な部類に入ると思います」


 この事業では個人の遺伝情報を扱う関係でクラウドサービスが使えない。だがそれなりに構築に金がかかるサーバー、それを自前で用意する会社の力に正直驚く。金はあるところにはあるようだ。


 相好を崩したアカサカに、俺はゆっくり指摘するように言う。


「ただ、なかなか完璧なシステムを作るのは難しい。いかに強固でもセキュリティを崩される可能性は常にあります」


 アカサカは俺の話を疑いこそしなかったが、どうやらピンときていないようだった。俺は実例を引用する。


「何年か前に、国から業務委託を受けているある法人の情報流出事件がありました。その法人は個人情報のデータを扱っているシステムネットワークから切り離して運用していました。御社のシステムと似た構造です」


 彼はちゃんと聞いてくれているようだ。俺は続けた。


「そのシステムでは、例え職員の端末が感染しても個人情報のデータには影響が及ばないようになっていました。しかし、職員の一人が隔離されたシステムの情報ファイルを個人端末に移してしまったのです。それにより情報が漏洩しました」

「そんなことがあるんですね」

「システムというと端末やそのネットワークの構成などをイメージされると思いますが、人間もその構成の一部に組み込まれます。そして、セキュリティの脆弱性の多くの原因は人的なミスです」


 わずかに眉間に皺がよったのが見えた。


「対策としてはどのようにすればいいのでしょうか?」

「一概には言えないのですが、システムの中で人が関わる部分を減らす。そして、人が処理する箇所では明瞭なルールで運用することですね」

「結構、泥臭い仕事なんですね」


 まったくもってその通りだ、と俺は深く頷いてみせた。アカサカは得心したという顔を見せて、続けて言った。


「どうですか?フユモトさんから見て、このサーバールームは」

「かなり整理されていると思います。システムのセキュリティだけでなく、保守にもいかに整理されているかというのは重要です」


 俺は部屋を見て受けた印象をそのまま答えた。だが、問題が無いわけではない。


 先にアカサカに説明した通り、人間がどう動くかのルールもセキュリティの重要な要素である。そして、外部の人間をサーバールームに入れること自体が本来は危うい行為である。たとえセキュリティの調査を依頼した人間にしても、こんなに簡単に部屋に入れるべきではないのだ。しかし、それは黙っていた。


 意地が悪いかもしれないが、これもこのシステムのセキュリティのチェックの一環だ。これらは後で報告書にて指摘し、改善策を提案する。


 この仕事では抜き打ちの監査的な面が必要になる。普段と異なる様子を見せられても、あまり意味がないのだ。仕事の誠実さは重要だが、誠実に仕事をするには搦手が必要なこともある。


「ここで保守などの作業をされる方のデスクも見せてもらえますか?」


 俺は笑顔を作ってみせた。うまく笑えているかはあまり自信がない。


 アカサカは嫌な顔をせずに、


「ええ、もちろん」


 と言って案内してくれた。


 サーバールームの棚の行列を抜けてすぐに、スチールテーブルの上にパソコンが並んでいる小部屋に案内された。今まで見学させてもらった設備から見ると、大分安っぽい印象がある。随分親近感を覚える雰囲気だ。


 机の上は資料やペン、その他業務用の雑貨などで散らかっている。サーバーが整理されていたのに比べると乱雑だと言える。


 俺はポケットを探り、目当てのモノを取り出し、机に置いた。USBメモリだ。散らかった机の上に、俺が置いたUSBメモリは違和感なく馴染んだ。


 アカサカには気づかれていない。


 これも誠実な仕事のための搦手であるが、俺は再び笑顔を作った。多分今度はうまく笑えていそうだ。意地の悪い笑顔だろうが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ