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冤罪遺伝学  作者: 早雲
第三幕
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14.新拠点

 事務所でWのマークをはじめとした侵入者の痕跡を見つけた後、俺はわずかに逡巡した。ナツは筆談でせかすようにペンを走らせた。


『何してる?いまは早くここから離れなきゃ』

『少しだけ待ってくれ』


 俺はサーバーを操作するためのターミナルを立ち上げた。いくつかフラグを確認する。このサーバーの中身までは調べられてないみたいだ。


 torを使ってグレーな知り合いの業者が管理している別のサーバーにアップする。犯罪データをAWSに乗せたくない。


 アップロードは見届けずに俺も荷物をまとめた。玄関口にいたナツに声をかける。


「待たせた」


 事務所の階段を降りながらナツが言う。


「まずどこに行く?」

「この近くの線路を越えたホテルはどうだ?」


 俺の提案が気に入らなかったようだ。ナツはすぐに反論した。


「なんで近くのホテルなんだ?せめて遠くがいいんじゃないか」

「監視できるのがベストだろ、俺たちの事務所に誰が出入りしてるのか」


 ナツは言った。


「君、混乱してるの?事務所を監視できる位置にある部屋がすぐ見つかるとも思えない。それに監視するにしても人力は無理だ。諦めた方が……」


 俺は用紙にペンで文字を連ねた。


『ビルの中はまだ盗聴器の範囲かもしれない。話を合わせてくれ』


 メモを見てふう、と息をついてナツが答えた。


「この事務所が監視可能な位置にあるホテルに当てがあるのかい?」

「ああ、トーヨーってホテルがここから五分の位置にある。そこへ行こう」


 事務所が入っているビルから出て、アメ横の商店街を進んだ。ナツが先導するように歩く。


 流石にこの場所まで盗聴器の範囲ということはないだろう。それに観光客の話声で俺たちの会話は紛れるはずだ。


 ナツが背中越しに言った。


「随分冷静だな……盗聴器の可能性に至ったのも君がコーヒー豆の瓶の位置に気づいたからだし、行先を混乱させる情報をわざと話したのも……よくすぐに思いついたな」

「いや、そこまで冷静じゃない。もし監視カメラがあったら筆談していたことは丸わかりだ。それに本当に向かう先の事は考えられてなかった」


 俺は行先が分からないまま歩いている。すぐにここを離れなければ、まだ安全じゃない。本当の行き先を話し合う必要がある。


「それで、どこに行く?」

「当てがあるんだ。ついてきてくれ」


 ナツはそのまま商店街を先導して歩く。


 夕暮れの商店街を抜けて大通りに差し掛かる。どの駅から移動するんだろう、と思ったが思考を始める前にナツが話しかけてきた。


「ここからの動きを決めなきゃいけない。真崎さんとの合流が最優先だが、その後はどうする。時間も打てる手も限られている」


 俺は答えた。


「今、警察に駆け込むのはどうだ」


 唇の端をゆがめながらナツが言った。


「敵が警察組織の人間なのにかい?冗談を言う余裕があるとは、やっぱり冷静だな」


 皮肉と焦りを感じさせる表情でナツが俺に視線を向けた。だが、単に冗談を口走ったわけではないことを説明する。


「悪さしているのは警察の中でも一部の組織だ。普通に駆け込めば敵には会わない。悪さしている奴らが相談窓口で受付業務をしているとは思えないからな」

「なるほど」


 警察の職員は約三十万人。警察庁に絞っても大体八千人。いくら何でも、警察に関わる全員が違法の遺伝子データベース構築を知っているわけがない。


 商店街から離れると人通りは一気に減った。ナツはぐんぐん歩いていく。ほとんど走っているぐらいのスピードだ。


「だが、駆け込むにしても、やっぱりカウンタを用意してからだ」


 少し息を切らしながら俺は言った。


「連中は物理的な居場所も把握しているし、短期でケリをつけなけりゃまずい」


 ナツは反論した。


「最優先は真崎さんに会うことだ。彼女は何か知っていて、私たちに知らせたがっている。科警研の内部告発者。これ以上の突破口はないはずだ」

「それにしたってどうやって合流する……」


 急に目の前を歩いていたナツが止まる。俺はつんのめりそうになるが、何とかこらえた。ナツが横を見つめる。


 視線を追って俺もその方向を見ると、そこは駐車場だった。車のみならずバイクが並んでいる。


「バイクのタンデムならどうだ」


 そういえば、こいつ、バイク乗りだった。


 ナツは黒く夕日を反射するバイクのミラーにかかってる半ヘルを俺に投げた。シートにまたがり、キーを指して、バイクのキックペダルを思いっきり踏む。


 ガソリンの燃焼による破裂と大きな歯車の勢いよくまわる音が混ざったような作動音が、駐車場にとどろき、エンジンが起動する。

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