1.狂った
「D-genesの遺伝子検査、昔受けたことがあるんだ」
「どうした?」
「人生狂っちまった」
俺は思わずジョッキを机に置いた。
アメ横の居酒屋。店外に設置された小汚いテーブルにいつから置かれていたのか分からないような調味料と箸やスプーンなどの食器。夜の路地だが、横並びになっている店から明かりが漏れているので、手元は意外によく見える。
D-genes社の仕事の受注が決まった後の、二人の飲み会をしていた時だった。ふとマキタが口にした大袈裟な言葉に俺は驚いた。
「なんの話だ?」
「ユキにはわからないさ」
あからさまな会話の拒否に俺は驚いたが、それ以上にマキタの呂律がだいぶ怪しくなっているのを見て声をかけた。
この居酒屋は普段閑古鳥が鳴いているが、段々路地の人通りが多くなってきている。酩酊している状態でフラフラ歩くのに適した場所ではないだろう。
「飲みすぎたな、今日は帰ったほうがいい」
俺はマキタから目をそらし店主に水を頼んだ。しばらくマキタの表情を見る。整った、というより愛嬌のある顔立ちだが、いつもの笑顔はない。何を言えば良いか分からなくなった。
それを知ってか知らずか、マキタは顔を上げて俺の顔を覗き込む。
「生まれながらにして、歪んでいる人間はどうすれば元に戻れると思う?」
ふと、昔の友達の顔が浮かんだ。冬でもトレーナー姿で、コートもダウンも羽織っていなかった女の子の姿だ。
過去の自分に向かって言うように、俺は冷たい言葉を吐いた。
「人生は配られたカードで勝負するしかない」
マキタの顔から目をそむけながら言ったから、あいつがどんな顔をしたのかは俺には分からない。だが、それを無視するように、ビールの残りをあおる。
俺が無視しているのは、マキタの心の澱だけではなく、自分の過去の記憶だ。そう思ったことにも、蓋をする。
〇
俺は事務所から飛び出して、御徒町から秋葉原へ走っていた。道行く人々も、街明かりも全部が他人行儀に感じた。
電話口からは、すすり上げるような、マキタの声が聞こえた。
「気づいてもらいたかったんだ。馬鹿だよな、言えばよかったのに。助けてほしいって」
「いま、どこだ」
「今までのこと、ぜんぶ僕が悪いんだ」
弱々しいマキタの声は、今までの付き合いの中では表に出てこなかったものだが、確かに奴の中にあったものだ。俺はそんなことを考えた。
「もうすぐ死ななきゃならないから……」
「うるせえ、今どこだ!」
「ユキに話しておきたいんだ」
大きく息を吸い込んで、俺は呼吸を整えようとした。マキタを探しながら相当走ったから息が上がって仕方がない。しばらく上手くリズムをつかめなかった。自分が相当動揺していることを今更ながらに自覚する。
走るのをやめて、俺はマキタに何かを言った。
……何を言ったんだっけ?
あの時、何を言えばあいつは……
電話口の声は言った。
「死ななきゃ」




