13.裏切り
洗練されたビル群を抜けると広大な敷地が広がっている。平日にも関わらず、ランニングに興じている人たちとすれ違う。仕事の合間の息抜きか、休日をとっているのか。
私はといえば、たった今、晴れて無職になったところだ。
「どうでした?」
「降格と非公式な退職勧告だよ。懲戒免職されたくなければ、会社辞めろってさ」
本社近くの大手町駅から九段下駅まで電車を使えば北の丸公園まではすぐに着くが、別に用事があるわけではない。私はまだ仕事を残している本田君を連れ出して、皇居内の公園に向かった。
コンビニのホットコーヒーを片手に、いっそすがすがしい気持ちで歩を進める。秋口の黄色いイチョウの色はまだ鮮やかな緑を残しているが、銀杏の匂いが少し鼻をつく。丸の内のオフィス街から離れると、ちょっとした高台に着く。北の丸公園の入口からビル群を眺める。
簡単に状況を伝えた後は、本田君も私も口数が少なくなった。本田君の場合は、残してきた仕事が気になっている可能性もあるが。
「それで?」
「それでって?」
「本当に辞めるんですか?」
公園の中は平日なのに人が多い。観光客が写真をとっている姿がよく目につく。
「辞めるよ」
「プロジェクトはどうなります?」
「さあね。君が引き継ぐことになるんじゃない?」
普段の私なら言わない、無責任なことを言い放つ。
「……」
本田君の方を見ず、私は周りの景色を眺めていた。だから彼がどんな表情で、何を思ってこんなことを言い出したのか分からない。だが、彼はこう言った。
「真崎明日香は、行方不明らしいですね」
その一言に心臓が大きな音を立てると同時に、頭が熱くなる感覚があった。そしてふと、話がつながった。いまだ得体の知れない状況だったが、恐怖よりも怒りを覚える。
「ねえ」
「はい」
「どうして私と真崎さんが接触しようとしたことを知っている?」
「……」
「私は社内の誰にも真崎さんとのつながりを話してない。それなのに、黒田さんも、君も真崎さんに連絡を取ったことを知っているな」
隣から低くゆったりした声が聞こえた。普段の呑気な声とは離れがある。
「ナツさん、これ以上は首突っ込まないほうがいい、って言ったじゃないですか」
私は歩みを止めて、彼と相対した。今は左手に持つコーヒーカップも馬鹿みたいに感じた。
「親切心で言ってたんですよ、俺は」
ゆっくり首を回して向き合うのは知らない男みたいだ。
「何度も忠告しましたからね。この件からは、これで手を引いてください」
「どの立場で言ってるんだい?」
「ナツさんが外れて、表のプロジェクトが引き継がれるのはお察しの通り、俺です。ただ、まあ現実にはサービスは走り出さず、その代わりに裏のプロジェクトが走る」
カバーストーリーという言葉が浮かんだ。私は当て推量で今まで分かっている要素を並べるように言った。
「表向きにはシンセバイオとの協業プロジェクトは事業化に至らなかったと発表して、裏では冤罪遺伝学とかいう代物が運用されるわけか」
「そんなとこです」
躊躇なく私の疑念を肯定する本田君に、言いようのない気持ち悪さを感じた。急に裏返された内面を見ているようで不気味だ。
今まで見知っていたものが知らない何かに変わる。この感覚を私は知っている。
それはかつて私が真崎さんに感じたものだった。
私は気を振り絞って気丈なふりをした。
「君、そんなこと私に言っていいのかい。私がメディアや当局にリークする可能性は考えてないのか」
「いや、もう大分ナツさんは把握してるじゃないですか。俺が言ったことなんて誤差でしょ。警察に駆け込むのなんてもってのほかです。理由はわかるでしょう」
警察庁とD-genesはすでにつながりを持っている……あの一五〇億円がその証左か。
だとすると、確かに警察に駆け込んでも握りつぶされる。
淡々と事実を話す目の前の男は、やはり知らない人のようだ。
「……君は一体、誰なんだ」
それには答えず、彼は言った。
「いざとなればすぐに口を塞げるんで」
お気をつけて、と彼は優雅に一礼した。




