12.ガラス張り
摩天楼がよく見える。
会社の見栄ともいえるガラス張りの会議室。そんな中で行われた査問会は、まるで私の罪を街中に晒してやろうという悪意に満ちているようだ。
目の前の大柄のスーツの男が口を開く。
「なぜ呼ばれたか、わかっているだろう。伊藤夏希"博士"」
肩書をつけて呼ぶのは、もはや私が会社の仲間でないことを強調するためのものだろうか。黒田本部長の厳かな一言で始まったのは私の吊し上げに他ならない。
会議室には黒田含む役員と監査部のメンバーの数人が摩天楼を背負った形で座っていた。私は一人でこの十人弱の男達(そう、全員男だ)と相対せねばならなかった。
相対せねばならない、というのは不正確かも知れない。今から行われるのは一方的な弾劾なのだから。
ガラスの向こうのビル群を見つめながら、このルートを避ける選択肢がなかったのか、考えを巡らせた。
〇
真崎さんへ連絡を取ろうとして数日後、私は焦りを隠せずにいた。
事態の全容をつかむ必要があった。そうでなければ自分の身を守れない。もはや社内のどこかに報告して事態を収集するなどと悠長なことを言っている場合ではない。このプロジェクトの根は深い。全容をつかんで、この計画を解体しなければならない。
そう思っていた矢先だった。小橋君から連絡が来た。
「今どこに?」
「本社オフィスに向かっているところで、もうビルの入り口だけれど。どうした」
「今すぐ、二十三階の会議室に来られるか?」
私がプロジェクトの投資判断のプレゼン、そしてシェパードとの会合をした場所だ。小橋君の焦りが電話口から伝わってくるようだ。
「関係役員がそろってあんたに説明を要求してるぞ」
「説明って」
「赤坂の自殺の件だ」
〇
つるし上げの場には研究開発部本部長の笹本さんはいなかった。彼がいなくて少しほっとした。もし彼が問い詰める側にいたら、私の状況はもっと不利になっただろう。彼は論客として敵にまわして良い人間ではない。
一方で、笹本さんが敵としてでなく中立な立場としてであれば、この場にいてくれた方が良かった。だが、アカデミアからやってきた笹本さんは、他の役員からはあくまで外様、と思われているのかもしれない。
「何の件で呼ばれたか聞いているな。赤坂の件、君がかかわっているのではと疑いが上がっている」
黒田本部長の低い声が部屋に響く。それに引き続き別の役員が追従した。
「君は赤坂課長がシンドローム計画へ参加することに反対していたそうだな。出世レースで蹴落とされるのが不安だったのではないか」
耳障りな声だ。
出世レース、という時代遅れの言葉が出てきたことに笑いが込み上げてきた。どうせ何も考えていないのだろう。研究者から民間に転身してわざわざくだらないサラリーマンの競争に身を投じるという奇特な人間が、一体全体どこにいるというのだろう。
適当なところで話を切り出す。
「私が赤坂課長のシンドローム計画に参加するのに反対したのは、あまりに不自然な人事だったからです。なぜ新規事業でまだシステムが開発されていない段階で、システムの保守が主な仕事である情報システム部が出てくるのですか」
「黒田本部長から説明されたのだろう?元々、赤坂課長は君と同じく遺伝学の研究者だった。このプロジェクトに参加するに足ると判断した」
「本来、人選はプロジェクトマネージャーの私が判断することのはずですが」
先ほど出世レースと発言した役員が嫌な猫撫で声を出した。
「伊藤ちゃん、それは甘いんじゃないの?サラリーマンに本当に裁量なんて与えられるとでも?」
本筋の議論ではないのでこれ以上言い返さなかったが、わからないように静かにため息をついた。
結局のところ、会社のヒエラルキー構造とお上の言うことは絶対、というメンタリティがこの人の世界観なのだろう。裁量のなさは責任のなさでもある。経営者に必要な責任を持っていないという観点で、この人はとても役員の器ではない。
私がプロジェクトのプレゼンをした時は全く口を出して来なかった役員が、人を吊し上げる時は意気揚々と意見をしている。
いつか本田君が言っていた通りだ。「自転車置き場の話題ならもっと意見が出るもんですかね?」。どうでもよく簡単な話題なら、愚鈍な人でもよく話す。そしてこの会は、会社の事業を進めるという観点ではどうでも良く、そして人を吊しあげれば良いという意味では簡単であった。
事ここに至っては、完全に彼らからの信頼は修復不可能だ。もちろん私も彼らを信じる気にはなれない。私は話を本筋に戻す。
「いずれにしても、私が赤坂課長のプロジェクト参画に反対していたからと言って、彼の自殺と何の関係が?」
自分でも冷たい声音なのがわかった。騒ぐ役員の顔が少し固まる。
黒田本部長は動じなかった。
「伊藤博士、君は赤坂の周辺をコソコソ調べていたな?」
「……」
「君が何か赤坂を貶めるような情報がないかを探っている、という話が社内から上がっている。身に覚えがないか」
「…それが?」
「社外の人間を使って赤坂の過去を調べようとしたな?真崎明日香は君と同じ大学の出身だ。君は彼女に連絡を取っただろう」
心臓がギュッとなった。私が真崎さんに連絡を取ろうとしたことを、なぜ黒田さんが知っている?社内の誰にも、彼女の名前を言ったことはないのに。
それに、『赤坂さんの過去を調べようとして、真崎さんと連絡を取った』?一体どういう意味……
だめだ。とにかく動揺を鎮めなければ。私は悟られないように、自分の声を調整した。
「知り合いと連絡をとったことがそんなにおかしいことでしょうか」
「その真崎明日香は現在行方不明だ。裏で何をしている」
「だから何だというのですか?」
「君は赤坂の殺人にかかわっている。今回のプロジェクトを任せるに足る人間ではない」
笑いそうになった。無理筋にも程がある。
「伊藤、何がおかしい」
あはは、と天真爛漫な笑い声を自分が漏らしていることに気が付いた。遅れて、もうどうにでもなれ、というやけっぱちな感情が押し寄せてくる。
「伊藤博士、何か言いたいことがあるのか」
「……クソの山にいる細菌の数ぐらいあります」
私はにっこりした。はっきり明瞭に発話する。
「黒田本部長、『冤罪遺伝学』とは何でしょうか?」
黒田本部長の表情がゆがんだ。
「シンドローム計画の裏で何をしているんですか?何のシステムを組もうとしているんですか?このビルの地下十五階に構築しているサーバーは何ですか?警察庁に流している一五〇億の予算は何ですか?」
「…おい」
「赤坂さんの自殺に私が関係している?関係しているのはあなた達でしょう。シンドローム計画が始まる前から、組まれていたシステムは赤坂さんがかかわっていて、彼の死は口封じでしょう?一体全体、得するのは誰ですか?」
「…馬鹿が、そこまで喋って自分が無事でいられると思っているのか」
この時の私を責めないでほしい。私はこれでも混乱していたのだ。それでも私は大人が口にするにはあまりに恥ずかしい啖呵を切った。
「大脳新皮質にウジが沸いてる、高給取りの馬鹿どもが雁首そろえて人間の言葉で裁判ごっことは、付き合いきれないぜ」
じっくりと私の目の前に並んで座っている役員たちの顔を見ていく。出世レースと言っていた役員の凍り付いた表情が目に映った。
私は椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
「偉そうにスケープゴートを詰める前に、初等教育をやり直したほうがいいんじゃないの」




