その五
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お金や時間の都合で何処にも行けない時には想像を膨らませて下さい。まだ見ぬ土地、人、光景、そして思いもしなかった新事実、そういったものに溺れたら良いと思います。人間の心が深くなるのは斯ういう時なのですから。日常の雑用に追われ、或いは自分で決めた予定に追われ、更には休日も仕事に追われていて心が深くなる道理がありません。そうは思いませんか。そして深みの無い時間を過ごしていると大事な大事なものを見過ごすのです。それが自分の直ぐ横を通り過ぎているのに気が付きません。しかも悪い事に、後になってからその事実に気が付くのです。斯くして必然的に後悔が生まれて来ます。
目に見えませんし数値として定期的に通知報告されてくる事もありません。しばしば本人さえも気が付かないままで何年何十年も過ごしてしまいます。自分が心の浅い事実はその人の生活と人生に致命的な楔を打ち込みます。それは後悔の温床の如きものです。深く感じ深く想う人であるべきでしょう。
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三日坊主の人は同じ事を十年も続けている人を見て、『あの人は偉い、到底あんな真似は出来ない』と思うかも知れません。しかし当のその同じ事を十年も続けている人にしてみれば、
「自分はもう他にはやりようが無い、これしか無い。他に道なんて見えない」
と思っているかも知れません。幾つかの中から主体的にその道を選び自己の意志を動力としてやり続けているというのではなく、それがその人に見えている進むべき唯一の道なのだとしたら。
私はそういう事を思います。そして人が一生自分の道を枉げずに行くというのは、絶大で人間離れした超人的な意志の強さに拠るのではなく、単純にそれしか見えないという事実を背後に背負った『覚悟』ではないかと思っています。言い換えればそういう、それしか見えないという状況になれば、本当に自分がそう感じる事が出来るならば、そういう生き方を私も出来るのではないかと思うのです。私は他の何よりも一途を尊敬し、またそれが最も強いものであると信じています。楠正行が父正成を追うて生き、死んだ様に。私は私にそう感じさせてくれるものを探し求めます。もうもっていますが、それでも、もっと、他にも、豊かに。
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表情というものはその人の顔に刻み込まれます。もう永らく感謝という感情を忘れてしまった、不満が渦巻いている、そうなって久しい人の顔がそれです。そうなると何かで嬉しい事があっても傍から見ていて喜んでいる風には見えません。本人としては表情を崩している心算なのでしょうが、実際そう見えないのです。それでも怒っている顔になっているのです。恐い事だとは思いませんか。
そうなってしまうと自分自身の表情なのに最早選べません。自分の自由にならないのです。固まってしまって。それくらい人が心に何を思っているのかは大事な事です。日々の生活にも人生全体にも大きな影響を与えるものです。人間らしい表情を保ちましょう。そしてその為に絶対に失われない希望を心に抱いて下さい。
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汚い人間は、何処にでも居るものです。職場にも、学校にも、町内にも、更には旅先にまで居ます。旅先であるならば行きずりの私がその飲み物に毒物を入れてあげる事も不可能ではないと思いますが、遉にしょっちゅうそれをしていればそのうち私は手が後ろに回るでしょう。
此処は地上です。それを承知しておいて下さい。その上で揺らがない覚悟が必要なのです。
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