その十六
7007
自分の頭から生み出したものはその場での役には立つかもしれません。しかしその後末永く自分を支える柱にはなりません。これに対して自分の心が生み出したものは後々までずっと自分を支えてくれます。これこそ自分の長い人生の一里塚になってくれるものです。その時自分は一生懸命に生きていたと、振り返る度に示してくれるからです。
何を自分の支えにするのか、考えて下さい。そしてそれから生まれる行動を大胆に実践して下さい。そういうものです、自分を支えてくれるものとは。それは知能が担当する仕事ではありません。もろに心、情緒が切り拓く領域だと思います。
7008
私の大切な人達の顔を閉じた瞼に想い描きながら、その人達と対話すべく祈る。多分これが私の地上での最後の活動でしょう。私の営みがそれだけになった時、私の地上での役目はやっと終わるのです。
純一、無雑。『それだけ』になる。それが私の終点です。願いの果てです。遠い遠い憧れにして目標です。
7009
吾が意伝わらざるべしと世に背を向けるのも分かります。はっきり申せばそれとても人の真実の一つでしょう。そこに如何程の煩悶苦悩あるやを知らぬ私だと思いますか。しかしこの苦悩を感じる人は必ず同時に感じる筈なのです。世に援け、助け、支えてやるべき多くの善良な人間の存在多くあるを。この事も疑うべからざる、動かし難き事実です。この両者の間に於ける煩悶は心ある者の等しく苦しむべきものと信じます。恐らく永久に解決されぬものでしょう。しかし解決されないのであればそれを死の向こうの世界に託し、解決されないまま生きて憐れむべき人を支えるべきです。誠実な煩悶の最終の帰趨終に茲に外ならずと私は思います。
あなたも悩み、生きる上で自分が譲れぬものを削り出し、直接にその手に握ってそれが何かを知って下さい。そこから根本的な次元で迷わない暮らし、彷徨しない人生を始めて下さい。
7010
「死ぬ時に、心満たされて、喜んでいたい。その為に生きる」
これは死ぬその直前の喜びの為に一生を犠牲に捧げるという意味の言葉ではありません。死ぬ時に心満たされ喜んでいる事が出来る程に充実した一生を送りたいという意志の言葉です。それは象徴として死の直前という『時期』を指して用いていますが、その内実は生きている間中ずっとこの継続する長い時間の状態の如何を示して、その間ずっと自分が納得出来る内容で生活したいと言っているのです。
言葉は落ち着いて聴き、そしてそれを発した者の真意を此方が経験と智慧と誠意で受け取らなければなりません。それでこそ人が直接に話す、顔を合わせて対話する意味があるというものです。私はそういう対話でないならば最初から拒絶します。それなら私はその時間、大切な私の家族の事を想っていたいですから。
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