8、アンドウ君の声は低くて優しさに溢れていました
楽しくお読みいただけましたら幸いです。
「ここに来た理由は何?」
私はカラオケボックスの部屋に入り、早速本題に入る。
「僕の声は怖くないの?」
「怖い? そんなことを思ったことはないよ?」
「それなら良かったよ」
彼は喜んでいる。
「ここに来た理由は、僕の声をちゃんと聴いてほしかったんだ」
「カラオケボックスで?」
「うん。ここならカレンだけが僕の声を聴いてくれるから」
「私だけ?」
「うん。僕の声って低いから怖がられるんだよ。女子には」
「そうかな? 低い声、良いと思うけどなぁ」
彼の声を、ずっと聴いていると彼なのかツバサ君なのか分からなくなりそう。
「昔、女の子に怖いって言われたんだ。元々声が低くて、それが変声期でもっと低くなった頃に言われたんだ」
「そんなヒドイことを言う女の子がいるんだね」
「それほど本当に怖かったんだと思うんだ」
「それで、喋らなくなったの?」
「うん。他にも色々と理由はあるんだけど、一番は怖がられたくなかったんだ」
「私は大丈夫だよ。アンドウ君の低い声を聴くと、なんだか懐かしい感じがするの。それにアンドウ君の声は落ち着く感じもするのよ」
私は彼に信じてほしくて思っていることを隠さずに言う。
懐かしい感じってツバサ君の声を初めて聴いた時も思ったんだよね。
でも本当に落ち着くのは確かなの。
ツバサ君の声を聴いた時も、そう思った。
だから私は彼の低くて優しさに溢れる声が好きなのよ。
「ありがとう」
彼は照れながら言った。
「ねぇ」
「何?」
「せっかく二人なんだからさぁ」
「えっ、何? その企んでいる顔は?」
「もっと声を聴きたいの」
「だから?」
「色んな話を聞かせてよ。アンドウ君の昔の話とかをね」
彼は少し考えている。
「それじゃあ、カレンの話をするよ」
「私の話?」
「そう。初めてカレンを見た日だよ」
「それって入学式?」
「違うよ。僕達が通う高校の合格発表の日だよ」
「えっ、その日から知ってるの?」
私は合格発表が、あった日のことを思い出す。
ただ合格したことを友達と喜びあっていただけだよね?
「カレンが、自分の番号を掲示板から探す前に“怖い誰か助けて”って言っているのが聞こえたんだ」
「あっ、それは私の心の声が漏れていたのね」
「不安な顔で番号を探して、番号があった時に本当に嬉しそうにしていたから、僕まで嬉しくなったんだ」
「でも、嬉しかったのはアンドウ君も受かったからでしょう?」
「僕は、カレンみたいに大喜びするほどでもなかったよ。受かっているのは想定内だったし」
「なんかムカつく」
彼は頭が良い。
学年トップなの。
頭も良くて、イケメンで、スタイルが良いなんてズルイ。
「そうだ。何か甘いお菓子を頼もうか?」
「うん。そうだね」
「カレンは本当に甘い物が好きだよね?」
「うん。甘い物はいくらでも食べられるよ」
「そっか。それじゃあ、ちょっと注文してくるよ」
彼はそう言うと部屋を出ていく。
なんで?
部屋についてる電話で注文をすればいいのでは?
彼は少しすると帰ってきて、色んなお菓子が乗っている大きなお皿を持ってきた。
「何で?」
私は驚いて言う。
お菓子の量にも驚きだけど、どうして彼が持ってくるの?
「ここ、僕の兄さんのお店なんだよ」
「そうなんだ。だから、ここまで私を連れて来たの?」
「そう。カレンに嫌われる覚悟だったから」
「嫌われる覚悟で、ここに来る必要はあるの?」
「うん。もしカレンに嫌われたら、カレンに嫌われたことを忘れるために、ここで働くつもりだったんだ」
「嫌われる覚悟なんてしなくてもいいのに。私はアンドウ君の声を何度か聴いても、こうやって一緒にいるんだからね」
「そうだけど怖かったんだ」
彼は自分の声にコンプレックスを持っているから、怖いと思うのも仕方がないよね。
「私は好きだよ。アンドウ君の声。リノちゃんだってそう言うよ。たった一人の女子のせいで、アンドウ君の声が聴けないなんて私は嫌だよ」
「カレンが隣の席になってくれて良かったよ。これなら全てを話せるかもしれない」
「全て?」
「うん。僕の仕事のことだよ」
「仕事? あっ、ブラック企業のバイトだよね? 、、、ん? ブラック企業ってもしかして、ここじゃないよね? 弟だからって、お兄さんに手伝わされてるの?」
「いやっ、それは、、、」
彼は優しいから、お兄さんのお手伝いをするのは分かるけど、体を壊してまでさせるお兄さんはヒドイと思う。
リノちゃんにもお兄さんはいるけど、リノちゃんが嫌がることはしないし、させないよ。
私だって弟には無理はさせないよ。
彼のお兄さんに一言だけ言いたくなった。
こんなに優しくてお兄さん想いの彼を、もう少し大切に扱っても良いのでは?
「私、行ってくる」
私は受付へ向かう。
受付にいた人がアンドウ君のお兄さんだよね?
「あのっ、アンドウ君のお兄さん。もう少し弟さんを大切にしてください」
私が受付に立っていたお兄さんに言うと、お兄さんは驚いているだけで何も言わない。
「カレン。違うよ」
急いで追いかけてきたアンドウ君に言われて、私は驚く。
違う?
えっ、お兄さんじゃないの?
「じゃあ、この方は?」
「ここの大学生のバイトさんだよ」
「嘘。すみません」
私は頭を下げて謝った。
大学生のバイトのお兄さんはニコニコしながら“全然気にしないで”と言ってくれた。
私は急いで、さっきまでいた部屋へ戻る。
「アンドウ君、ごめんね」
「いいよ。面白いものを見れたからね」
「やめて。お願いだから忘れてよ」
「それじゃあ、はい、口を開けて」
アンドウ君は私の口元にチョコを近付ける。
私はチョコの大きさを確認してから口に入れる。
「美味しい」
「その顔、本当に可愛いよ。さっきの出来事なんて忘れるくらいにね」
えっ。
私が可愛い?
そんなのお世辞だよね?
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~次話予告~
アンドウ君に可愛いと言われて嬉しいけれど困惑するカレン。
そしてアンドウ君のお兄さん登場です。




