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5-6

「今の日本にある料理ってどれもこれも美味しいのが当たり前で不味い料理に出会うなんて、意図的に作らない限りそうそうないんだよ。安い価格で沢山の美味しい物が溢れる世の中で、人は当たり前のようにそれを食する。すると望んでいるにもいないにも関わらず、食に対するクオリティが上がってしまう。つまり、オレらの舌ってかなり美味しさの基準値がインフレしすぎちゃっているんだよ」

「インフレですか…?」


「考えても見みろよ、スーパーで買ってきた食材で短時間で料理好きが作る料理も、料理人がコストを掛けてしっかり選んだ食材で作る料理も、美味さの違いは、ほんの微々たるモノでしかない。確かに料理人が作る料理は美味しい。でも、その美味しさは、食べた時に頭を横にフルフル振る程度での感動しかない。そこに、それ以上の驚きはない」

「私はそれで十分だと思いますが…」

「そうか。でも、オレはそうは思わない。この日本人いや、オレのインフレし過ぎた舌を満足させるにはもう、まともな食材では太刀打ちできない!」


「だからってガソリンを飲むのは極端かと…」

「おかしいとか、狂っているとかありえないって基準を設けた時点で、料理人としての成長はそこで止まってしまう。こんな楽しく狂った世の中で真面目に料理をするのはナンセンスだ」

 部長は一旦口を閉じると、席を立ちキッチンの一角に向かう。

 そのキッチンでは様々な食材が置かれていた。

 田中がそれを黙って目で追っていたら部長は食材の中からいちごを一粒取り出し、ヘタを包丁で削ぐ。ついで冷蔵庫から調味料など、もろもろを取り出して、まな板やボールの上でそれらを調理して、最後に銀色のモノに包み始めーー。

 平べったい皿にそれを乗せると田中の元に差し出した。


「あの、何ですかこれ?」

「マスカルポーネとイチゴのアルミホイル包みだね」

「は、はあ」

 食材を全て覆い隠すくしゃくしゃの銀色のアルミホイルは異質だと感じだが、聞いた限り中身はおそらく普通なのだろう。アルミホイルの隙間から何やら粘着質のものが漏れているが、なんて事はない。田中もよく知るハチミツだと分かり安心する。

「あの、これ頂いていいんですか?」

「どうぞ、味わってくれ」

「では、頂きます」


 田中は手を合わせる。

 ーーあまり年が変わらない同性の子の料理を食べれるなんて何だが、新鮮で楽しみだなー。

 手が汚れるのでナイフとフォーク、又は箸なんかで食べたいと田中は思ったが、おそらく手も汚しながら食べる料理なのかもしれないと、勝手に解釈してアルミホイルを掴むと、それを剥いでいく。


「ちょ、ちょ、ちょ、駄目だよアルミホイル剥いじゃ」

「え? でも、アルミホイルあると食べれないじゃないですか」

「田中、さっきのオレの話聞いてなかった? 調理部は原食材と未知の食材を掛け合わせて、新たな料理を作る部活だってーー」

「そうなんですねー」

 田中が部長の話を無視しながらアルミホイルを取ろうとしたら手をがっしりと掴まれる。

「おい、人の話を聴いていなかったのか?」

「聴いてましたよ。でも、食べる前からわかります。この料理には絶対にアルミホイルは邪魔です。ただのゴミでしかないです」


「いーや、そんなことはない。アルミホイルだって立派なアクセントとしてピリッピリッと役に立ってくれるはずだ」

「そんなの、ありえないですよ! このアルミホイルは所詮チマキの笹木程度いえ、コンビニのおにぎりを包む包装程度の役割しかありません! 絶対柏餅にはなれませんよ!」


「何で、食べる前から決めつけるんだよ! 食べてみなくちゃ分からないだろ!」

「馬鹿にしてるんですか! 分かりますよ!」

  ぐぬぬぬぬと田中と部長が歪みあっていたが、田中の頭の中で反撃の一手が浮かぶ。

「あの、部長さん。誰かに食べさせる為に作った料理なら、作り手側はもう、その時点で役目を終えているんじゃないですか?」

「何だって?」


「端正込めて料理をして頂いたことには感謝します。ですが、あくまでも食べるのは部長さんではなくて、私です。私の為に作ってくれたのなら、どのように食べようが私の自由ではないですか? フィシュアンドチップのように料理なんて、本来、受け手側が好きなようにアレンジして食べればいいんですよ。それとも部長さんは、新鮮な刺身を出しといて醤油で食べようとしたら、先ずはこちらの小ネギをかけて、塩でお試しくださいと謎に強要するタイプの料理人の方だったんですか?」


「ほー、面白い。なかなか言ってくるじゃないか。いいよ。それならアルミホイルを外して食べなよ。きっと後悔するかさ」

 部長の許しを得て田中はアルミホイルを剥がす。

 中からはしっとりとしたマスカルポーネと水々しいイチゴが顔を出し、その二つの食材を引き立たせるように、トロリとした黄金のはちみつが期待感を上げる。

 田中は汚れも気にせずにそれを手掴みで持ち上げ、口に入れたーー。


 口に入れた時にイチゴの酸味やはちみつの甘さの他に、濃厚なクリーム風味が鼻を抜ける。

「ーーあの、部長さん。マスカルポーネってこんなに甘くて風味がしっかりしていましたっけ?」

「ああそれは、マスカルポーネに追加で生クリームとクリームチーズを混ぜて作ってるから、普通のマスカルポーネとは風味や味わいは違うぞ」


 なるほど、と田中は咀嚼し納得しながら、気が付いたら頬が緩み頭を左右に小刻み揺らしていた。

「どうだ? アルミホイルがないと、どこかで食べたことある想像できる範疇の味だろ? それ以上はないだろ?」

「なに、言ってるんですか! これで、十分です。これにアルミホイルなんて部外者が入って来たら食材や私が泣いてしまいます!」

「そうか? それじゃアルミホイル単体で食べてみるのはどうだ」

「いや、それ、もっと意味わからないですから」


 小腹と心が満たされた田中がお代わりしたホットコーヒーを飲みホーと一息つき、このまま調理部に入り内側からマトモに戻すのも悪くないかも、と思っていると思い出せと言わんばかり床の血溜まりが目に止まる。

「あの、調理部の皆さん遅いですね」

「まぁ一度妄想に取り憑かれると中々現実に帰ってこない厄介な連中ばかりだからな」

 同じコーヒーを飲んでいた部長もおそらくコーヒーの苦さで顔を歪ませた。


「それ、何となく分かりますよ。私もニャン太のこととなると、妄想癖が止まらなくなるので」

「ニャン太って、カギ尻尾の猫か?」

「ニャン太を知ってるんですか? 部長さん!」

田中は同志がいることが嬉しくなり声がワントーン上がる。

「いや、知っていると言うか…オレは人からニャン太について書かれている記事を見せてもらったことがあるだけで、実物を見たことはないんだよ」

「もしかして、その記事って」

「確か…今日もニャン太をさー」

「さー?」

「三等分にしてだったかなぁー」


「残酷ですね、違いますよ!」

「あれ? それじゃ三枚おろしだったかな」

「あの、料理から離れてください部長さん。ーー今日もニャン太を探してですよ。覚えといてください、全く」

「ああ、そうそう、探してだ。そうだそうだ。何だ、田中。お前あの記事の購読者なのか?」

「購読者ではなくて、あの記事を書いている本人です」

「ほー、なーるほど。それじゃあ田中って新聞部だったんだな…。まてよ。なら何故、調理部に見学なんてしに来たんだ。もしや、新聞に有る事無い事面白おかしく書くつもりじゃないだろうな!」


「違いますよ。確かにガソリンを一気飲みする部長の写真でも掲載すれば、読者からの反響がいいかもしれませんが、しませんよそんなこと。過去、勝手に部活動のことを載せてかなり痛い目見た歴史があるんで、それ以来、部活とは無縁の記事を載せています」

「だったら、調理部に来た理由はなんだ?」

「それは…新聞部が廃部になるからです。廃部になれば私は帰宅部。帰宅部員は放課後特別授業を受けないといけないじゃないですか。それは嫌なので…」

「そっか、田中はそのまま新聞部が廃部になるのを受け入れるんだな」


「ーーそれはだって、しょうがないですよ。部活を維持する為には生徒会に資金を払わなければいけないですし。働いた所で直ぐにその資金を用意できるとも思えません。どうしようもないです…」

 重くないように話したつもりなのに、田中の頭は無意識に萎れていってしまう。

「なぁ田中。お前が作ったことない聞いたこともない料理を作る際、何を参考にする?」

「参考ですか? それはーー失敗したくないのでネットやSNSで作り方を調べながら作りますかね」

「まぁ、そうだよな。じゃあ、その料理をレシピ通りに作り完成間近、味見をしたら少し味が物足りない。その時お前はどうする?」

「それは、塩とか砂糖とかで味を調整しますかね」

「それは、何故だ?」


「何故って、そのままだと絶対に美味しくないので…」

「つまり、こんなもんだろうと妥協しないわけだ」

「はい、そうなりますね。あの、部長さん、一体何の話をしてーー」

部長はコーヒーを置くと、血溜まりの近くに歩みを進めた。

「話はガラッと変わり、今度は新聞部が廃部に陥ろうとしている。でも、その解決策は未知の料理とは違いネットやSNSには載っていない。しかしだ、田中」

「は、はい。何でしょうか?」

「喜べ、オレがそのネットやSNSの変わりになってやる。後はお前が納得のいくまで味を調整しろーー」

 部長は血溜まりの前に立つと手を広げ、ニヤリと笑った。



 この学園のデスマッチ部にはまともな神経をしているなら決して近づくなと噂さている程にそこそこに有名なヤバい部活である。

 部活巡りをしていた田中も学園内で実しやかに語られるその噂を信じていた1人で怖いもの見たさに興味はあったが、決して近付かなかった。


 入った部員が練習中直ぐに死んでしまうので常に欠員が出ているとか、暇さえあれば部員同士で殺し合っているとか、デスマッチ部に興味本位で見学した生徒が耐えきれなくなり自殺したとか、本当か嘘か分からない噂が飛び交うなか、デスマッチ部に関してある日新たな話のタネが生まれる。

 どうやら、学園のアイドルである雅姫香が入部したらしい。


 一般的な立ち位置の人間にとっては芸能ニュースと同じ程度で右から左に流れるこの話題も、雅姫香のファン達は違ったようだ。


 雅様と同じ空間で一緒の時を過ごしたい。


 その数ざっと100人とも200人とも言われている。その人数の人間がデスマッチ部へ入部する為に、軍隊並みに足並み揃えて部室に突入するかと思われたのだがーー。


 でも、上米良魔技が怖い…。


 上米良魔技、学園内で最強の生物として名前を知られているデスマッチ部の部長である。

 クールショートな黒髪で切長な目と、ほっそりとした顔は一見するとモデルのような威圧感はあれど魅力もある、同性から憧れられる女に見えるが彼女の顔ではなく、体を見たものはその印象をガラリと変える。


 傷が綺麗に治るこの時代に、体のありとあらゆる場所に有刺鉄線のような痛々しい傷を残すヤバい女。

 一つ断っておきたいのだが、上米良魔技の普段着は決して陸上部のような露出度の高い服を着て過ごしているわけでなく、学園生徒らしくジャージ又は、セーラー服を着用している。


 しかもセーラー服に関しては年間を通しスカートにジャージのズボンを履く程に色気がない。ジャージは言わずもがな、セーラー服にしても、上米良の場合他人から見える肌の露出は少ない。では何故、上米良の体のキズを知る者が多くいるのかと言うと彼女のもう一つの顔であるデスマッチ実行委員が関係してくる。


 デスマッチ実行委員。


 この学園のデスマッチ部より設立され生徒会に認可された、それは、生徒間の争いを解決する為に行われる別名、殺人スポーツと言われている。

 古来より人々は争いが起きた時、話し合いで解決できぬことは力を持って解決してきた。

 土地、権力、宗教、経済、国家、理由はさまざまだが、どちらかが降伏するか力尽きるまで行われる争いで、多くの無関係な者達まで巻き込まれ血が流れ続けている歴史がある。


 時代や場所は違えど学園内でもさまざまなトラブルが起こる。それは民主的に大方話し合いで決着が付く場合がほとんどだが、中には思春期特有の不安定さからこじれにこじれ、殺って、殺られの血みどろな展開に発展することがある。その力比べが個人間で終結すれば理想的なのだが、なかなかそう上手くはいかず、無関系だったはずの周囲を巻き込みながら、小さな争いだった問題がやがてグループ、部活間、果てはクラス間同士と徐々に大きな争いに発展し、学園としての機能が不能に陥ることが何度かあった。そこで、小さい火種は小さな内にと、デスマッチという過激なスポーツが行われるようになった。


 話し合いがこじれた当事者同士が、戦意喪失もしくは対戦者の死を持って行われるその試合に、デスマッチ実行委員はレフリーとして立会人を請け負っている。

 試合時、正装服にこだわる上米良の肌の露出度合いが上がる為、彼女の体を知るものが多いのだ。


『スポーツマンシップに乗っ取り正々堂々と戦うことをここに誓います!』と宣言した選手皆が、試合が終わりニッコリ握手で終わるハッピーエンドな世界は稀で、大抵しこりや恨みが残る。そこで負けた選手からの報復や恨みを防ぐ目的で機能も果たすのがデスマッチ実行委員会の上米良だ。


 試合後、負けた選手から勝った選手に対して不手際を働いた場合、即刻その選手の命を狩り取る上米良は、別名、ブラッドリーパーと呼ばれ恐れられている。

 上米良の手により異世界へと旅立った生徒は数多くおり、その噂が広がり今現在積極的にデスマッチをする生徒は下火を迎えている現状だ。


 そんな、常に血の気配が漂う場所に、部活動巡りで避けていた場所に、田中マオは居た。

 場所は学園の離れに位置するバスケットコート程度の大きさで天井が高い建物。

 引き戸型の入り口に【冷やかし厳禁問答無用で殺します】と書かれたイカつい貼り紙を見て引き戸に手を掛けていた田中は一度、意味もなく手を擦り合わせた。

「よし、」


 田中は眼鏡のレンズを自分で触ってから、外しこれでもかと汚れを拭きーー。

「よし、」

 田中は靴の紐を解き再び靴の紐を結びーー。

「よし、」

 髪を一度ぐちゃぐちゃにし再び整えーー。

「よし、」


 回れ右をして回れ左をしてまた、回れ右をしーー。

「よし、新聞部は残念ですが私は命大切にで長年やらせて頂いておりますので」

 誰に言うともなく歩みを進めようとしたがーー。

「上手くいかなかったら、うんこ部長を異世界でずーと恨みますからね」と、田中は調理部、部長の顔を思い浮かべながら、デスマッチ部の扉に手を掛け一気に開けたーー。

お読みいただきありがとうございます

次から主人公視点に戻ります

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