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「見学に来てもらってなんだけどごめんねー。イラスト部、昨日付けで廃部にしちゃったんだ。昨今イラストはAIに置き換わり、コスパ、コスパで、見て見て人間が一生懸命描きました! って言っても、ふーんだからな何? って感じで描いたものが、お金にならなくなっちゃってさぁー、馬鹿馬鹿しくなっちゃたんだよねー、だから廃部ごめんねー」
バタンと期待に胸を膨らませていた田中の前で扉が閉まる。
仕方なく扉から離れようとした矢先、先程閉じていた扉が開き「イラスト部廃部になったけど、新たにAIイラスト アンチ部作ろうと思うんだけど、どう? 入らない?」と誘われるが肝心の活動内容を聞くと、一日中PCの前でAIイラストの批判をするのだと聞き田中は首を横に振る。
「ああ、そう。お前みたいな描きての苦労も知らないファーストフードジャンキーが大量にいるから、AIなんて紛い物が流行り出すんだよ、この野郎!」と一方的に悪口を言われ再び扉がバタンと閉まった。
田中は扉前で若干の喪失感と空腹感を感じながら、元イラスト部を後にする。
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「今度こそ調理部なら私でもいけますよね?」
疲労と空腹と諦めを抱きながら本日、何度目かの正直にと扉をノックして入室ーー。
お約束と言っては何だが、調理台が均等に並ぶ家庭科室では料理番組のような光景は広がってなく。複数名の生徒が料理などはせずに、何故かある一点にわらわらと集まっていた。
田中が「すいませーん」と声を掛けながらその集団に近づいて行く道中、木目の床にポツポツとシミのようなモノが見えた。
眉を寄せながら座り込み、その正体を確かめると、どうやら人の血痕のようだった。
モノを確認した瞬間、数時間前まで同じモノを体から吐き出していた田中の左腕が疼く。
ーー絶対に引き返した方がいいと分かっているのに、職業病なんでしょうか体が勝手に集団に進んでいってしまいます…。
馬鹿と煙は何とやら、田中は集団の背後から近寄り、皆が集う正体(理由)を暴き見る。
そこには先程、視認した血痕よりも大きな血溜まりを見つけた。
確認した瞬間息を詰めた田中だったが、どうやら床にあるのは血痕だけのようで、肝心のモノはなく、田中は何だが拍子抜けをした。
「ねぇアンタ、もう一度、確認だけどこの床にある血は本当に雅様の血なの?」
三角巾を被りエプロンを巻いた部員が床を指差す。
「ええ、間違いないですわ。雅様の、雅姫香様から出た血痕ですわ!」
手にトマトを持っていた部員は答えながらブチュリと勿体なくトマトを潰す。彼女の顔を見ると何故か呼吸がハアハアと乱れていた。
罰当たりなトマト女の発言を受け、集団からどよめきが起こる。
「雅様の血ですって! そ、そんなのあ、あそんなの!」「一旦、落ち着こう皆んな。いいかい、匂いを嗅いだり写真を撮るのはいいけど、お触りはダメだよ」「そ、そんなの当たり前ですわ!!」「そんな、雅様の神聖な血を触るだなんて、そんなの、想像しただけで、そんなのあ、ああ!!ーー」「ちょと、どこ行くのよ」「ーーご、ごめんあせばせわたくし、少しお花を摘みに行って参りますわ」「な、抜け駆けか! いやらしい、なんてハレンチな!」「て言ってもみんな何だがモゾモゾしてない?」
「「「「「「「お花を摘んで参ります!!!」」」」」」」
綺麗なハーモニーを奏、調理部員達は我先に部室から飛び出て行く。
田中は部員が早足で横を通り過ぎる度に何故だかドキドキと胸が高鳴った。
「およ? キミもあの子達と同じように、一緒にお花を弄りに行かないのかい?」
イチゴを頬張りニヤリとただ1人残っていた女が笑う。
「あの、私は部活見学でたまたま、調理部に立ち寄っただけで、状況がよく分からないのですが…」
「なんだ、雅姫香の信者じゃないんだーーそれで? 入る? 調理部に?」
「その、できれば活動内容を聴いてから判断したいのですが」
「なるほど、そりゃそうだ」女は三角巾を取り、髪を払う。中からアシンメトリーな髪がサラサラと現れて、田中の目を奪う。
「調理部、部長だよろしく」
「部長さんでしたか、私は田中マオと言います。よろしくお願いしますーーところで部活さんお名前は?」
「好きに呼ぶと言い」
「好きにですか? でも、名前はあるんですよね?」
「オレは産地や品種にこだわるなんて、ミーハーでしょうもないことだと思っている嫌いなんだ。料理と同じで人間も生かすも殺すもそいつの腕次第ってことだよ。だから、名前なんて飾りだ言いたくない」
「は、はぁ、それでお名前は?」
「おい、人の話を聴いていなかったのか?」
「でも、不便ですよね名前ないと」
「なら、部長と呼べばいい」
「私は名前を公表したのに不公平だと思いますが…」
「知らん。文句があるなら出て行け」
「分かりました。うんこさん」
「おい!」
「なんでしょうか? うんこさん?」
「あまり、調子に乗ると眼鏡かち割るぞ…」
「す、すみません部長さん」
怒りを引っ込めた部長から部活の説明を受ける。基本的に新入部員も料理を作れるらしく、今の所問題点は見当たらない。だがーー。
「田中。お前はガソリンって飲んだことあるか?」
「が、ガソリンですか?」
「レギュラーやハイオク、軽油や、まぁ灯油でもいい」
田中はまたまたまた、このパターンですかー、と心でため息を吐き、頭を抱えて倒れ込んでしまう。
「どうした? 頭痛か?」
「頭痛と言えば、頭痛ですが、絶賛今、頭痛で頭が痛いみたいなよく分からない感じです」
「頭痛いならコーヒーや緑茶飲むか? 学園内の部活とは言え一応、調理部。直ぐに出せるぞ」
「あの、部長さんは狂気キャラで行くか真面目キャラで行くか、どっちらかに固定してくれませんか? いい加減ジェットコースターのような不安定な刺激的に酔いそうです…」
口元を押さえて何とか椅子に座った田中はいつの間に用意したのか部長からホットコーヒーを渡される。
ーーああ、なんて心安らぐいい香りなんだろうか…。何で、このコーヒーのように世の中は平和に過ぎていかないのか…。
田中は両手でマグカップを掴むと「ふー」と息を吐き出した。
「さっき、お前は真面目キャラとか狂気キャラとかオレのことを知ったような口で言っていたが、オレは至って普通キャラだぞ、それ以上でも以下でもない」
「そんな、それは嘘ですよ! ガソリン飲んだことあるかどうか聞く普通キャラなんて存在しませんよ!」
「何故? そう言い切れる?」
「だって、ガソリンは飲み物じゃないですよね? それとも部長さんにとっては飲み物何ですか?」
「いや、ガソリンはあくまでも自動車や機械に入れることでその真価を発揮できると思っている。人間に入れた所で何も起こらないし、最悪死に至る」
「ですよね。なら、さっきの発言は普通じゃないじゃないですか」
「ああ、確かに普通じゃないかもな、一昔前の日本でなら」
「どう言う意味ですか?」
「例えば田中、お前は科学の授業中に教室内にあるコンセントを見てふと好奇心からヘアピンやクリップを突っ込んでみたい衝動に駆られたことがあるか?」
「怖そうなのでないですかねー」
「そうか、なら、燃え盛る焚き火の中に手を突っ込み入れたくなる衝動は?」
「いや、熱そうなんでないですかねー」
「う、そうか。なら、紐なしバンジーを想像したりは?」
「あの! 失礼ですが自殺願望でもあるんですか? 部長さんは?」
「いや、全くない」
「何なんですか、本当に…」
「何が言いたいのかと言うと、一昔前の日本だったら好奇心は猫をも殺すと言われていた危険な行為、一歩間違えたら死ぬ程の大怪我を負うかもしれない絶対に躊躇われていた行動へのハードルがうんと下がったんだよ。修復士によって」
「ーー修復士の方の話は分かりましたが、だからって日常会話でガソリンを飲んだか聞くなんて普通じゃありません」
「そうかもしれない。でも、ガソリンは普通じゃなくても壊れた体を修復するのは今の世では当たり前になっている。その行為を一昔前の日本人が見たら簡単に普通というだろうか?」
田中はコーヒーを飲みながら自身の左手を触る。そこには指一本一本にしっかりとした感覚が宿っていた。
「つまりこうですか? 部長さんにとって修復士の方に欠けた体を治して貰うのも、ガソリンを試しに飲む行為も、同じくどちらも今の世の中だと異常ではなく普通で当たり前の日常だと」
「うん? 多分そう言うことなんじゃないかなー」
「何ですか、ピンと来てないんですか。考えて損しました」
「それで、田中はガソリンは飲んだことある?」
「それ、まだ聞きますか。ガソリンなんて、ありませんよ。私の普通はまだその域にはいっていません」
「そっか残念だなー、飲んでたらこの調理部に抵抗なく入れただろうに」
「残念がるってことは、やっぱりそう言うことなんですよね」
頭のおかしなことを言うが、自分の物差しだけでなく、他人の物差しで物事を見れる部長に好感を抱いていた田中は入部するかは別として部長の話にもう少しだけ付き合って見ることにする。
その後も部長は異食症かと言うのぐらいに、食べてはいけないモノを食べた話をした。砂鉄、おはじき、ハサミ、タバコ、釘、ガラス、洗剤、タイヤ、ドライアイス、トリカブト、フグの肝臓、ドクツルタケ、薬品、etc、etc……。
驚くことにその全てを単体で食べるのではなく、ちゃんと調理して毎回食しているらしい。何故、そんな無意味とも言える行動を取るのかと田中は部長に聞く。




