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その後も中々、馬の合う運動部を見つけられることなく、田中マオの部活巡りの旅は続く。
サッカー部では試合や街中で使える熱い演技指導を見学し、ゴルフ部では急なホールインワンに備えてお金の引っ張り方の練習を見学し、卓球部では暗いイメージから明るいイメージ向上にと、部員の体にイラストを描いたり、キーホルダーでオシャレしてみたり、アコヤガイから取れるの白い玉を付けてみたりと、若干痛くも楽しそうな現場を見学したが、田中の心に響く部活動とは中々、出会えなかった。
運動部を見学するのは一旦この辺で、もういいかなーと田中が立ち寄った野球部での部長との会話の一部始終を紹介したい。
「この野球部は新入生は先ずは何をやるんでしょうか? と、いうより女子でも野球部に入部はできるのでしょうか?」
「入って先ずやってもらうのは、簡単なランニングとキャッチボールだね。体力に自信がなくても大丈夫。もちろん女子でも全然ウェルカムだよ。野球部員はみーんないい人だし、みーんな仲良し、男女関係なく、上下関係なくアットホームな部活だよ」
「は、はぁ…みーんな仲良しですか…」
「うん。ほんとに仲良いんだ。休みの日には必ずみーんなで食事行ったり、カラオケ行ったり、海行ったり、キャンプしたり、BBQしたり、スキーしたり、野球部だけどサッカーしたり、バレーしたり、その日、例えば部員の誰かが誕生日だったら、みーんなで集まってサプライズ誕生日パーティーしたり、あ、そうそう。これ見てよ」部長はスマホを田中に見せて続けた。「この前みーんなで公園でフラッシュモブした時の映像。ね、凄くない?」
「す、凄いですね…その、失礼ですが入部する人もいれば残念ながら続かなくて辞めていった人もいると思うんですが、その人達ってどういった理由で辞めたんでしょうか?」
「野球部に入って辞めた人はいないよ」
「え、でも、そんなはずないと思うんですが?」
「いや、いないよ。確かに辞めたいって、いっときの気の迷いを言って来た部員はいた。でも、その都度、みーんなで何度も何度も説得して危機を乗り越えてる。他の部活は厳しくて辞めてしまう生徒が多いかもしれないけど、その点、この仲良しこよしで争いが一切ない野球部を辞める人はいないよ。貴女の幻想だよ。幻想だから。だってそうだよね? みーんな人の悪口ひとつ言わず、日々近い距離で褒め合って過ごしているんだから。あ、そうそう、言い忘れてたけど、うちの野球部、毎日朝の日課でみーんなでみーんなのことを褒める、ホメホメ朝礼を行っているんだ。例えば今日は中山君の髪がさっぱりしていて素敵ですとか、あとーー」
「あ、あの!」
「うん? どうした? 早速入部申請出すかい?」
「け、検討します…」
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「よし、それじゃあ早速部活動巡りを初めて行きましょう」
数時間前の記憶を購入した炭酸水と一緒に一瞬にして消し去った田中マオが文化部を求めて学園内に脚を踏み入れる。
放課後、人もまばらな長い廊下をぶらぶらと歩いているとそういえばイラスト部なるものが我が学園にあったことを田中は思い出した。
ーーイラスト部。イラストは得意とは言えませんが、ニャン太の可愛さを文章ではなくイラストで表現するのもありですね。ほわほわほわ〜。
と綿菓子のように甘く依存度の高い高カロリーな妄想をしていた田中の目にそれは飛び込んで来た。
動物触れ合い部!!!
「ど、動物触れ合い部!!」
まるで田中マオをピンポイントで釣り上げる為だけ垂れたている疑似餌に、当の本人が引っかからないはずはなく、外から見てオトナ色に彩られる怪しさ満点おにぎり祭りの会場に「失礼しまーす」と元気に入室。
田中が可愛い猫や犬はどこかなぁーと耳をタタせ室内を見渡すが室内には居たのは、頭を刈り上げちょんまげにし、歴史の教科書に出てくるような形をした男2人が、怪しい光の元に枕を並べてスキンシップをする光景だった。
「ねこさんは、いぬさんは…あのあのあの…」
室内に居る猛々しく生々しい、ドウブツ達のスキンシップに田中の思考は理解を超え、正しい反応か不明だが内から体温がグングンと上がる。
「の、ノブナガ様! 敵襲です!」
扉前で固まる田中を見て部員の1人が声を上げる。ーー途端、着衣音が響き、いち早く乱れを整えた部員が田中の元へと来ると、短刀を引き抜き田中の喉元に当てた。
「おい、女、貴様、生徒会からの差金か?」
「ひ、ひぃ、ごかんべんを…」
「生徒会からの差金かと申し上げている。申し受けたなら、さっさと答えぬか! 女!!!」
「命だけは、命だけは!!」
刃先から死の冷たさを強く感じた田中は、泣きながら命乞いをした。
「まあまあ、そこまでにしとけラン丸、この娘も状況がよくわかってなーて、可哀想に、ふるふると子犬のように震えて戸惑ってもーてる」
「しかし、ノブナガ様。この女は私達の秘密をその汚らしい目でしかと目撃したしだい。仏教経典に載っているように、女とは汚れて卑しいく口が軽い存在。そんな女を生かしておいたら、ナニを言いふらすか分かりません。ですのでノブナガ様、気を確かにご決断を」
ラン丸は尽きることのない怒りで田中を見つめる。
「おみゃ〜も古い考えだぎゃー、頭のアップデートやらないかん。インターネッを見やんといかん。今や世界はグローバルで多様性の時代だぎゃ。よーやく時代がワシらに追いついて来たのに、この世界の斗南一人である、おみゃ〜が古い考えを持ち出したら、それこそまた、醜い戦さをせないかん。おみゃ〜はそんな世界を望んでるのか?」
「い、いえ、私はそんな世界で生きたくはありません。しかし、ノブナガ様がより立派で時代を通して憧れられる武将で存在し続ける為には、秘密は不要に公にしないに越したことはありません。国も断腸の思いで決断し教科書にノブナガ様の秘密は載せておりません」
「あ、あの未成年者の教科書に男色事情を載せないのは妥当な判断かと、そんなことをすれば別の別の意味で世界から日本凄いですねって言われますよ」
「ああ!! 女!! 私達の秘密事情がいかがわしいものだと言いたいのか!!」
「ご、ご自分でその発言が飛び出るってことは大いに自覚があるってことですよね! あなた方の行為自体を否定するつもりはありませんが、時と場所を選んでそういうことはしてください! あと、そういうことするなら扉をしっかり施錠してくださいよ!」
「女ぁあああ!!」ラン丸が短刀を振り上げるがーー。
その手を物理的に止めたのはノブナガだった。
目をつぶっていた田中はノブナガの勇姿を見て、形は変わっているけど、やはりこの人は話が通じそうだなと思い心の余裕が広がる。
「おみゃ〜おもしれぇ、おなごだぎゃあ、気に入った」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
助けてもらったお礼も兼ねて頭を下げた田中が、顔を上げると先程まで笑顔だったノブナガの顔がすーと嘘のように消えていた。
「ところで、おみゃ〜さん、ワシがよんだことがある有名な俳句は知っておるか?」
「俳句ですか? あの、確か泣かぬなら殺してしまえホトトギスでしたっけ? 正確に言うとノブナガさんのじゃなくて、織田信長さんの俳句ですが」
「当たりじゃ」
ーービュン!!
と刀が見えぬ速さで振られ田中の体を切り裂くーー。
田中が物事を理解した時には左腕が3分の1程無くなり、消失した箇所から真っ赤なトマトジュースが吹き出していた。
「ッッッッーー!!!!!」
ザッと血振りをしてノブナガがまた横振りをするーー。
奇跡的に恐怖で重心を下げた田中の頭を刀が横切る。
「ラン丸!! この女は打首じゃァアアアア!!」
向かって来たラン丸に田中は学園の授業で習っていた護身術での一つである金的技が反射的に飛びーー。
見事、命中。
涙と涎を垂らし痛がるラン丸から視点をノブナガにずらし叫ぶ。「し、試合でもないのに、いきなりーー、こんなことして風紀員が黙っていませんよ!!」
田中は叫びながら右手でスカートのポケットを探り、小さな赤いボタンを押した。
「風紀委員とか関係にゃーて、おみゃ〜が今直ぐに死ねば事態は全て丸く収まる。安心しろスパッと殺して異世界に送っちゃる」
肩で激しく息をするノブナガは両手で刀を握ると唐竹の予備動作に入りーー。
刀を振るーー。
体を切り裂く死のカウントダウンが0.1秒の速さで進みーー③
音に混ざるようにガラスがかち割れる音が鳴りーー②
外から黒い傘が投げ込まれーー①
そして⓪となる終着点で田中の体が真っ二つに割れることはなかったーー。
傘により軌道が変わった刃は田中の体を避けて畳に深く刺さっていた。
「間一髪間に合いましたね」
事故現場のように凄惨な教室に茶色い髪をオールバックにしてスーツ姿の男が姿を見せる。
男は投げ込んだ傘を拾い、血の気が引いた田中の右腕に開いた状態で持たせると、その上からどこからかともなく、取り出した小型のティーポットで紅茶を傘の上から注いだ。
室内が香ばしい香りに包まれだけでなく、田中の体が光に包まれーー。
先程までの左腕の大怪我が嘘のように治っていた。
「ありがとうございます。修復士さん」
「いえ、これも含めて私めの大切な仕事ですので。ですが、緊急ボタンを押された料金については淑女様本人から頂かなければなりません。そこはご理解を」
「は、はい。いくらでしょうか?」
「そうですねえー、そこの窓ガラス代も含めて込み込みで2万円程でどうでしょうか?」
「少しお待ちくださいね…2万円もあ、あるかな…」
取り出した財布を逆さにしてお金を床にぶちまけるが、悲しいかな田中の財布からは346円と焼石に水程度のお金が出るだけであった。
「淑女様、もしやお金をお持ちではないのですか?」
「い、いえ、大丈夫です多分…」
空になった財布を覗き込み、あるはずもない万札を田中は焦りながら探す。
「お金を払えないとなると、残念ながら規則に従って頂き、貴女様は異世界へと行って頂きますが?」
「おい、おみゃ〜ら。ワシを無視して何をごちゃごちゃと喋っとるんじゃ!!」
ラン丸を支えるように肩を貸すノブナガが怒りを飛ばした。
「これは、申し遅れました。わたくし風紀委員会、兼、修復士をさせて頂いております。ヤマト王星と申します。この度、淑女様が緊急ボタンを押したことで参りました。ここまで説明すれば今、どういう状況かちょんまげのあなた様にも伝わりますよね?」
「ほー、日本人の飼い犬風情の異世界人で、治すことしか脳のねぇー修復士きゃあ、確かによー見たら胡散臭い風貌しちょるのー」
「役に入り込むのはご立派ですが、あなた様だけでなく、日本人の健康やインフラが我々異世界人によって支えられているのをお忘れなく」
「おみゃ〜らが勝手に日本に来て力でもって、国交を無理矢理結んだ歴史があるのを忘れたとは言わせねーで、おお!! クソ異人が!!」
「淑女様、お喜びください。今回、お金は頂きません」
「え、でも…」
「お金は頂きませんし、異世界へ行っていただかなくて結構です。もちろん利子を付けて後払いを請求するなどケチ臭いこともいいません。全てあのちょんまげの御仁から頂きますので」
「おうおう、こりゃあたいそうなことを抜かすの〜。おみゃ〜ワシとヤルって言うんじゃないだろうなー」
「勘違いしている所、水を差すようで悪いですが、主導権は私めにあります。貴方様は選ばなければいけない。金か命か」
「何を言うとんじゃおみゃ〜は」
「もう1人のちょんまげの御仁も含めて破格の4万円で全て水に流しましょう」
「ノブナガ様! 風紀委員を敵に回すのは得策ではないかと」
「じゃかましい! 雑魚に脚を取られた武士が尻尾巻いて逃げたら切腹もんじゃあ!!」
ノブナガは刀を握る。
「役を最後まで突き通す姿は流石といいたいですが、日本人はもう少し無駄で無謀な根性論を改めるべきだと思いますね」
ヤマトは傘を握った。
「あのー私はこれで退出してもよろしいですか?」
「失礼しました、淑女様。今後も風紀委員をご贔屓によろしくお願いします」
飛んできた刀を傘で受け止め、エレガントにお辞儀をしたヤマトに軽く頭を下げた田中はおそらく廃部になるであろう動物触れ合い部? を後にした。




