私は少しも恐れるところがない。私はこの世界に、何事かをなさんがために生まれてきたのだ。‐野口英世- ν 挿絵付
「「魔法」の理論を構築して使ったら、「妖精界」を滅ぼしてしまいました……てへッ」
少女は復活した後でルミネと共に部屋へと戻ったワケだが、結局の所、ゴタゴタがあっても忘れてくれていなかったルミネに拠って問い詰められる事になり、とうとう口を割ったのである。
少女はあまり気乗りはしなかったのだが、ルミネに対して一切語っていなかった「神界」での出来事を簡潔に語る事にしたのだった。
まぁ、少女から一切語られなくてもルミネとしては、「神界」に少女が行った事を知っていたし、フィオの存在やより強大になった少女のオドなどから、「神界」で何かがあった事は察していたと言うのは余談だ。
少女の語りが終わるとルミネは、「驚き」とも「呆れ」ともつかない表情で少女の事を見ていた。
「今……「魔法」って言いましたわよね?」
「う……うん」
ルミネの瞳は怒りとも羨望とも言えない色を宿しており、少女はただただビクビクとしている様子だった。
「本当なんですの?」
「う……うん」
ルミネは途中から顎に手を付け、視線を下に落とし考え事をするように少女に問い掛けていた。
少女としてはルミネに対して今まで黙っていた申し訳無さやら、自分の力で世界を1つ消失させてしまった事などから覇気が無い様子だと言えるだろう。
しかしそれ以上に現在の少女を襲っている大問題がある事を忘れてはいけない。
「まぁ、でも、それなら納得がいきますわ。「妖精界」を滅ぼす程の余波が「魔界」に影響を及ぼしたのでしたら、世界間の関係性が変わって来ていても可怪しくありませんものね」
「うん……」
ルミネは先程から続く少女の覇気の無い生返事が気になっていた。だから考え事を一旦止めて少女の方を見ると、少女は舟を漕いでいたのだった。
「はぁ、全く……。アルレさまの事だからいずれはその域に達してしまうと思っておりましたけど、わたくしの考えよりだいぶ早かったですわ……それにしても「魔法」を使える程の術者とは思えない姿ですわね」
ルミネは呆れながらも「くすッ」と微笑うと少女を抱きかかえ、使われる事を今か今かと待ち望んでいるような、既に敷かれていた布団の上に横たわらせ、少女の身体を包み込むように布団を掛けていった。
「すーすー」と、穏やかで可愛らしい寝息を立てている少女の寝顔を見ながらルミネは、再び「くすッ」と微笑うと、自分も布団の中に潜り込み夢の世界へと旅立って行くのだった。
旅館の中居が朝食を運んで来た時、二人はまだ熟睡していた。だが、フィオはお腹が空いた結果、目覚めており運ばれて来た朝食をせっせと頬張っていく。
中居はフィオが人語を話す事に最初驚いてはいたが、その愛らしい姿の虜になってしまったらしく、フィオが朝食を食べ終わるまでその姿を眺めていた。
少女達が目覚めたのは、昼になる頃だった。昼食を持って来た中居の声によって起こされたのである。
「昼食をお持ち致しました」
「あれ?一人分、多くない?」
「そちらの愛くるしい方へのサービスで御座います」
「へっ?」
少女はその言の葉の真意を知らない事から「きょとん」としていたが、「うん……まぁ、いっか」と思い直すと、ルミネと二人で本日初となる食事に舌鼓を打っていく事にした。
昼食の後で少女は外に出て、昨夜の出来事をマムに通話で伝える事にした。
外は虫の大合唱やら川のせせらぎの音やらで、少女にとって都合の悪いノイズはカットされている様子であって、そんな会話の中で少女はもう一泊する事を決めた。
少女に押し切られたマムは、渋々と許可を出す意外の選択肢を選べなかった感じである。
がららッ
ぴしゃッ
「ルミネ、もう一泊するけどいいわよねッ!」
「えぇ、モチロン良いですわ。でも……替えの下着がありませんわよ?」
「うっ……そ、それもそうね……。ま、まぁ時間があったら買いに行きましょッ」
「所で、もう一泊する意味は何ですの?昨夜の件は片が付いたのではなくて?」
「ふっふっふっ、甘いわねルミネ……調査がまだ残ってるわッ」
「調査?」
少女は先ず、旅館の女将を捕まえるとルミネが回収していた「装置」を見せた。だが……女将の反応は、サッパリだった。
そして、少女は次々に旅館の人間に対して聞き込みをして行くが、結局の所、旅館の関係者は誰一人として、「装置」の事を知らない様子だったと言える。
「結局、誰も「装置」の事を知らなかったわね」
「そのようですわね。それじゃあ、これで調査は終わりですの?」
「そうね……あと1つやる事があるけど、それが終わったら後は……のんびりしましょッ!」
今の季節は夏。山間部とは言え、暑さに変わりはなく「自分に対して殺意を持っているんじゃないか?」と錯覚に陥る程の厳しい陽射しが照り付ける中……二人は外にいた。
要するに二人は汗だくになっていた。拠って汗に塗れた身体は温泉を欲していたのだった。
「あぁん、あぁーッ!生き返るわねーッ」
「えぇ、そうですわね。気持ち良いですわ。これなら、毎日でも温泉に浸かりたくなって参りますわ。公安の宿舎に温泉って引けないか相談してみるのもいいかもしれませんわね。それに「魔界」にも温泉ってありますかしら?」
少女もルミネも気持ち良さそうな声を上げており、空を掴もうとしているような素振りで伸びをしていた。まぁルミネがボヤいているのは無理難題と言うものなので、少女は深くツッコまないようにしていたが、「魔界」に温泉が沸くのかは興味があったと言える。
フィオは昨日と同じようにお湯に浸かっては上がり、身体を「ぶるぶるッ」と震えさせお湯を撒き散らし、再び湯に浸かり……といった行動を繰り返して遊んでいる。一応、その遊びは二人にお湯が掛からない場所でやっているので、フィオなりに配慮はしているらしい。
「でも、結局のところ……犯人はおりませんでしたわね?」
「まぁ、あの装置を犯人が悪意を持って置いたなら、聞いた所で名乗りはしないわ。だから、果報は寝て待てって事よ」
「それもそうですわね。でも、本当に寝てしまったら気付けませんわよ?」
少女は浴槽に仰向けに寝転がり満天の煌めく星に視界を占拠されている。片やルミネは浴槽にうつ伏せるように露天風呂のへりに腕を掛け、フィオの遊んでいる様子を見ていた。
「あッ!!」
突如として少女の声が響いていく。
二人とフィオは湯船から上がり、夜風に惜しげも無く肢体を晒し階段を登って脱衣所まで来たのだが、脱衣所まで来たところで少女は気付いてしまったのだった。
「どうしたんですの?急に大声なんて出して?」
「下着、買い忘れてた……。どうしよう……?昨日のを履くか、汗まみれになった、さっきまで履いてたのを履くかしかないよぉ。でも、昨日のはここに持って来て無いから、部屋までノーパンで行くのなんて……そんなの誰かに見られたら、アタシ……死んじゃうッ!」
「それくらいで死なれても困りますけど……まぁ確かにわたくしの下着もありませんのよね。すっかり失念しておりましたわ」
「ふぅ……。仕方ありませんわね。今日、身に着けていたのを出して頂けます?」
「じ、ジロジロあんまり見ないでよね?いくらルミネでも恥ずかしいモノは恥ずかしいんだからッ」
少女は顔を赤くしながら、一度視線を下に落とすと上目遣いでルミネに自身の下着を手渡す事にした。
「それじゃ、これを持って下の露天風呂に戻るとするのですわ」
「下?えっ?どういう事?まさか、温泉で洗う気?」
「フィオはここで待ってるね。二人とも行ってらっしゃ〜い」
少女としてはよく分からない事だった為に多少取り乱した様子だが、既に自分の下着がルミネの手の中にある以上、ルミネの後を付いて行く選択肢しか選べないのは至極当然の事だった。
「どうする気なの?アタシ達の下着を……」
「こうするのですわッ!浄純真水」
しゅるるんッ
「ほえぇぇ。こんな魔術もあったんだ……」
ルミネが使ったのは人間界ではお目に掛かる事がない魔術である。要するに科学技術や魔導工学の発展に因って、「わざわざ魔術でやらなくてもいい分野の魔術」とでも表現するのが最適な魔術と言えるだろう。
ただ、「魔界」に於いてはそれらの技術革新が無い為に一般的と言えば一般的な魔術なのである。それらは「生活魔術」と呼ばれるモノで魔族達が魔術の体現化によってワザワザ編み出しているとも言える代物なのだ。
よって、ルミネが使ったその生活魔術によって、二人の下着は宙に漂いながら洗われていた。でもま、人前でそんな事をした日には、少女は「恥ずか死」する思いなのは間違いが無いだろう。
「さて、仕上げにこうですわッ!」
「風柔微翼」
水の生活魔術に拠って洗われてビチョビチョになっている二人の下着達は、今度は風の生活魔術をその布一面に浴びて、その内に宿している水分が飛ばされて行く。
そして、ふわりふわりと舞いながら、少女の掌の上に自分の洗いたての下着が降り立ったのだった。
「凄いッ!!こんな事も出来るのね!!」
「何事も基本と応用の積み重ねですわ。人間界は科学技術があって、洗濯は機械任せで行えますけど、「魔界」にはそんなモノはありませんもの。だから生活する上で必要な技術を習得出来るようにならないといけないのですわ」
「あれ?でも、ルミネってお嬢様なんだから、家事は執事とかが担当してるんじゃないの?」
少女は降って湧いた素朴な疑問を投げるが、ルミネは急に恥ずかしそうな表情を作って顔を赤らめて、「そそそ、そんな小さな事を気にしてはいけませんわ」と小さく紡いでいた。
「ちょっと、隠し事?教えなさいよッ!」
「イヤですわッ、絶対にイヤですわーッ!」
ルミネは少女と同じく、手に自分の下着を握りしめ、怪しい挙動で近寄ってくる少女から逃げ出し、悲鳴を上げながら一目散に階段に向かって走って行くのだった。
「待てーーッ!ルミネ、教えなさいよーーーッ!!隠し事なんて許さないわよーーーーッ!!!!」
少女は走って逃げて行くルミネを追い掛けながら叫んでいた。
そして今日も再び、閑静な夜に二人の姦しい声は響いて行くのである。
「あーあ、フィオも付いて行けば良かったかなぁ?楽しそうだな、あの二人。フィオもママと遊びたいなぁ……」
フィオは脱衣所の中で、外から響いて来る何やら楽しそうな声を聞き付けボヤいていた。
二人は部屋へと戻り、部屋に戻るとそこには「ご馳走」が並んでいた。昨日はあまり食べられなかったルミネだったが、今日はこの調子ならちゃんと食べられると思い楽しみにしていたのは事実だった。
「もくもぐもぐ、温泉に美味しいご飯!本当に最高ねッ!」
「アルレさま、喋りながら食べるのは行儀が悪いですわよ」
ぴりッ
「「ッ?!」」
「ルミネ、感じた?」
「えぇ。全く……また最後まで食べさせてくれませんの?」
二人が感じたモノ……それは昼間に汗だくになりながら仕込んでいたモノだ。
拠って仕込んだモノが発動したのであれば、のんびり優雅に食事を楽しんでいられないのもまた……逃れられない事実としか言えないだろう。
「行くわよッ、ルミネッ!」
「えぇ、分かってますわ。せめてあのフライをもう一口頂きたかったですわ……」
少女は急に立ち上がると取るものも取らずに部屋を飛び出して行った。そしてルミネもその後に続いて部屋を出て行く。部屋の中には恨めしそうな言の葉が一瞬だけ響いていたがスグに静まり返り、部屋の中にポツンと取り残されたのはフィオだった。
フィオは付いて行くかどうしようか悩んだ結果、「ご飯を残すのは良く無いよねッ!」と呟いた後で、少女とルミネの二人が食べなかった残り物を貪っていた。
「くそっ、何だこれ?一体、どうなってやがる!」
そこでは一人の男が暴れていた。手足に鎖が繋がれている状態で、完全に拘束状態と言える男がそこにいたのだ。
「それは、トラップって言うのよ……そんなのも知らないの?ところでアナタが犯人ってコトよね?」
「くそったれ!俺が何をしたってんだ!?」
男は拘束を解こうと暴れているが、少女とルミネ謹製の魔力で編まれた鎖が、たかが人間一人が暴れたくらいで引き千切られる事はあるハズが無い。
「アナタが変な装置を使って、魔獣化劣位魔族種を召喚してたんでしょ?ねぇ、女将の旦那さん」
「くっそ……」
「何で、そんな事をしたの?」
「俺は悪くない。俺は騙されてたんだ。ソレを置けば……旅館の周囲にソレを置いておけば、いずれこの旅館は婿養子に入った俺のモノになる……と。だから、置いただけだ。見付からないように置いておいただけなんだ!」
男は拘束状態が解けない事から諦めた様子で力無く、暴れる事を止めた結果、訴え掛けるような目で少女を見ていた。そして少女もまた、男を見据えて言の葉を紡いでいく。
「ちなみに聞くけど、何個置いたの?」
「35個だ」
「ッ?!」
少女はその一瞬で後悔した。デバイスを含む装備の全てを部屋に置いて来てしまった事に……である。そして、少女は更に間違いを犯していた。因ってそれらの不幸が重なった結果、見据えていた男を視界から切ってしまっていた。
更に魔の悪い事に、この場にルミネの姿は無い。
パリンッ
「しまったッ!」
少女が男から視線を逸した一瞬の隙に男は、自身に掛けられた拘束を解いていた。
そして次の瞬間、男は少女へと襲い掛かっていく。
「シャアッ!」
しゅッ
ぷしゅ
「ちっ!乙女の柔肌になんてコトしてくれんのよッ!」
男の手の指は刃物のように変化しており、少女の事を斬り裂くべく爪撃を放っていた。
少女は放たれた爪撃を紙一重で躱したが、微かに触れたその爪撃に因って少女の頬は裂け、そこからは血が滴っていく。
ルミネがこの場に居合わせたなら少女のフォローが出来たハズだが、この場にいない事が少女の誤算だったとも言い換えられる。そしてルミネの身に何かが起きた事を察知していた少女はそのせいもあって、反応が鈍っていたのだった……。
——二人が夕食中に感じた感覚はルミネが張ったトラップが始動した合図だった。そしてルミネはトラップに何かが掛かった際に少女も分かるようにパスを繋ぎ、感覚を共有していたのである。
-・-・-・-・-・-・-
部屋を飛び出して行った少女の後を追い掛けたルミネは、追い掛けている途中で後ろから口元を押さえられ、強制的に気絶させられていた。
その為、ルミネと結ばれていた少女の感覚は突然シャットダウンする事になり、少女はそれに気付いてしまった事によって視線を切ってしまったのだった。
「シシャッ!」
「シシシャッ!」
「全く、ヒト種だと思ってたのが誤算だったわ……もう既に乗っ取られてたなんてね……」
男から放たれて来る爪撃は勢いと速さを増し、それによって威力と鋭さを上げて少女を強襲している。
対する少女は体術でその爪撃をギリギリの所で致命傷を避けているが、身を守ってくれる装備もなくバフは全く無い状態だ。拠って完全には躱し切れておらず、その余波に因って、至る所から血が吹き出し、更には切り裂かれた浴衣を赤く染めていた。
「万事休す……ね。まぁ仕方ない……か」
「諦めたか?それなら、ひとおもいに爪の餌食にしてくれるッ」
「くっ」
少女はルミネが心配で思考が乱れており、武器を持って来ていないこの恨めしい状況に於いて敵をとっとと打倒し、すぐさまルミネの元へと駆け付ける為にはどうすれば良いかを、必死に模索している様子だった。
「トドメだッ!」
「シャシャッ!」
しゅッ
「殺ったぁッ」
男はより一層速度を増し爪撃を放っていた。対して少女は魔術に拠る強化も、装備のバフも何一つ無い状態だ。ヒト種の少女にとって身体的能力差は何かしらのバフがなければ埋まる事は無い。
故に、男の爪撃は少女を確実に穿っていた。
「ッな?!」
男の爪撃は確かに少女を貫いた……ハズだった。だが爪撃が触れた瞬間に少女は陽炎のように揺らめくと余韻を残して消えていったのである。
どごぉッ
「ごはぁッ」
どごごッ
「ぐほぉッぐふッ……な、何が一体?」
どごごごぉッ
少女が男の目の前から消えた次の瞬間、衝撃は男の左側面からやって来た。
鈍い音と共に衝撃を受けた男は、嗚咽を漏らしながらフラフラと後退すると自身に衝撃を与えた者の姿を確認しようと見回していく。
しかしソレは陽炎の如くに再び揺らめくと、再び男の視界から消え、男の左脚に右脇腹、右腕から背中、最後は後頭部へと、次々に打撃を与えて行った。
「トドメよッ!」
ごあッ
「そこ迄にしてもらおうかッ!」
「ッ?!」
男の顔面に少女の拳が突き刺さる直前に、その動きは闖入者の言葉によって強制的に制止させられてしまったのである。




