ムイニハナタレルイミナ ν 挿絵付
「当たった……の?」
「……」
少女が放った「魔法」は確かにフレイヤに命中していた。そして、その「魔法」は何事も無かったかのように消えていったのである。
爆発に拠る衝撃波も爆裂に拠る熱風も、炸裂の爆破音も破裂による大音響も発破による影響なども、それら全て何も無かった。何も起こらずに修復途上のフレイヤの断末魔の叫びすらも含めて何も鳴らず、フレイヤに当たった直後にそこには何も無かったと言わんばかりに、そのエネルギーは消えていった。
それは拍子抜けした感じでしかなく、大火力の大砲ですら鳴り響かせる轟音すらない「魔法」に、本当にそれが「魔法」だったのかすら疑わしく思えさせていたのである。
だが、本当に何も起きなかったワケでは無い。何故ならば、修復途上のフレイヤの身体はそれ以上修復する事無く、「どちゃッ」と音を立て崩れ去ったのだから。
そして、今まで一滴も流さなかった、血に塗れた肉片がそこにあった。
「成功……だったのかな?あぁ、疲れた。もう、半神半魔を維持するのも限界なのよね。だから、ちょっと座って休ませてほ――」
「お、おい、そんな所で座ってないで、とっとと行くぞッ!」
「えっ!?ちょ、どういうコト?」
「ママ、頭撫でて。撫でて~」
なにやら焦っているスサノオと、戯れたい様子のウサギモドキが少女の傍におり、少女は現状がよく見えていない様子で混乱気味だった。
少女はスサノオが何故焦っているのか分からなかった事から、オドを大量に消費し疲れ切っている身体に鞭打つよりは、自分の肩の上にいるウサギモドキの頭を撫でる事を選んだ様子であり、頭を撫でられたウサギモドキは凄く喜んでいた。
「おいおい、早くしろとっとと行くぞ!そんなのに構ってる余裕は無ぇんだ」
「そんなのじゃないッ!ぼくはママの子供だ。オマエこそ、疲れているママを苛めるなッ」
「おめぇ、子供出来たのか?へぇ、あんなコト言ってた割にはヤる事はちゃんとヤってたんだな?で、そりゃ、おめぇと誰の子供だ?見た感じおめぇと相手はヒト種じゃねぇだろうから……ってか妊娠したまま闘ってたのか?!」
ごすッ
「違うわよッ!この子はスサノオ、アンタの子供でしょッ」
「へっ?オレサマはおめぇとまぐわった事なんて……」
ごすッ
「ちょ、言い方ッ!ちょっとはデリカシーってモンを持ちなさいよッ」
「おめぇ、オレサマに2度も攻撃を加えるなんざ、腕を上げたじゃねぇか。だが、それよりも急げッ」
スサノオは明らかに焦っている様子だが、それを妨害したのはウサギモドキであり、少女に言われてもそのウサギモドキが自分の子供だと分かっていないスサノオは、とにかく焦っている様子だけを見せて少女を急かしていた。
しかし少女は何故焦っているのか、やはり分からない。
「何を焦っているの?フレイヤは倒したんだから、そんなに焦らなくても……。それにアタシはもう、ヘロヘロなのよ。疲れちゃった、ちょっと休ませて」
「おいおい、正気か?この世界はもうじき崩壊すんぜ?早く逃げねぇと、オレサマ達も巻き込まれっちまう。だから、急げッ!」
「まったまたぁ、そんな冗談ばかり言って!どうせ次の敵と闘いたいだけなんでしょ?」
少女はいつになく真剣な表情のスサノオの言の葉に対して、笑って誤魔化そうと考えたのだが、スサノオはそんな少女に対して真剣な目付きで見据え、「お前、死にたいのか?」とだけ返していた。
「まさか、本当……なの?」
「ちゃんと未来を予見した結果だ。正直ここにいたら、ヤバい」
「ちょ、それならそうととっとと言いなさいよッ!ほら、さっさとこの世界から出るわよッ」
少女は肩の上にウサギモドキを乗せたまま、唖然とするスサノオを尻目に一目散にダッシュして逃げて行った。
「あんのヤロウ、元気あんじゃねぇか」
少女から放たれた「魔法」は身体の修復中で動けずにいたフレイヤに直撃し、先ず、フレイヤに宿っていたグルヴェイグの「完全不死」の概念能力を掻き消していった。
「完全不死」を掻き消されたグルヴェイグは、バラバラになった身体を修復する事が出来ずにそこで果てる事になる。
次に、グルヴェイグに犯されていたフレイヤはグルヴェイグの消滅と共に、自分を取り戻す事が出来ていたのだが、修復されずに終わっていた自分の身体に戻る事が出来るハズもなく、フレイヤも果てる事になった。
そこまでが「魔法」が齎した第一段階の出来事である。
そもそも、「魔法」とは一体何であるのか?その事に正確に答えられる者はいない。そして有史以来、「魔法」を成立させた者は片手に収まってしまう。だが、言い表せない「魔法」を無理矢理にでも言い表すのであれば、それは極論でしか無いのだが「魔」の「法」と示す事が出来るだろう。
その「魔」が示すモノは「「魔力」であり「マナ」や「オド」と言った世界を構成する5つの力の1つ。要は、4つの力全てが「実理」なのに対して、最後の1つの力……「虚理」の「原則に則った力」を使う事である」と解釈出来る。
では、「法」が示すモノは一体何と考えられるだろう。
「法律」か、はたまた「方法」か……否、「法則」である。「魔力」に拠る「法則」として成り立つのが「魔法」であるとされている。
「魔力」の「術式」は「魔術」である。そしてこれは「術式」である為、個人差があり、属性等に拠って使用の可否が求められる事になるが、一度「術式」を構築してしまえば条件に当て嵌まる者は皆一様に使う事が出来る。何故ならば「式」と「解」がイコールで結ばれているからだ。拠って「発明」とされている。
では、「法則」はどうだろうか。「魔力」の「方法論」に「則り」生み出されたモノが「魔法」であり、その為に必要なのは「術式」ではなく「論理」であるとされている。
そこが「魔術」と一線を画しているのだ。
では、「方法論」はどうだろうか。発明された「術式」は個人差はあれど「誰」が「いつ」「如何なる時」でも同じ「解」を示す。しかしながら「論理」は「誰」が「いつ」「如何なる時」でも同じ「解」を示すとは限らない。
何故なら、個人差の根源である「解釈」が変わるからである。
「魔法」とは「解釈」次第で変わる「魔力が齎す術式の法則である」とされているので、その「方法論」を「解釈」する為に、膨大な「魔力」を伴う「行為」とされている。
だからこそ「魔法」は術式ではなく、現象ではなく、根源に至る行為とも言い替えられる。
拠って、誰にでも使う事が許されているワケではなく、決して容易く扱える代物でも無いのである。そして付け加えるならば、「魔法」とは途方も無いエネルギーを内包する「力」の塊であり、そのエネルギーを少女はたった一人の神族に目掛けて放ったのだ。
この事が大問題なのである。
故に第二段階の出来事が起きる事になる。
即ち第二段階とは、「アルフヘイム」を有する「妖精界」の崩壊であった。「神界」「魔界」「人間界」といった世界と同じように、一部の支配階級の神族や精霊族、あとはそれらに使役される各種の妖精種と呼ばれる魔獣が棲息している世界を「妖精界」と呼ぶが、フレイの所有する「アルフヘイム」はそこにある。
少女が放った「魔法」は「消滅の因果と逆転の因果」という矛盾を抱えており、それは即ち万物に対して等しく「死」を与えるモノへと昇華されていた。そして強力無比なその力に何者であったとしても抗う事は出来ないのである。
「魔法」が内包していたエネルギーは、グルヴェイグ及びフレイヤの概念に「死」を齎し、消し去っただけでは余り過ぎていた。だから次にフレイヤの宮殿である、「フォールクヴァング」の持つ概念をも消し去り飲み込んでいった。
終には、「フォールクヴァング」が聳えていた「アルフヘイム」の概念や、「アルフヘイム」が存在している「妖精界」にも牙を向く事になったのである。
こうして「妖精界」にじわじわと「死」そのものが浸透していく事になる。
「万物の死」とは、物質や概念だけに因われる事などある訳もなく、本当に森羅万象全てに等しく「無」へ還す行為へと変換されていったのだった。
斯くして、「妖精界」の生命に対して等しく「死」が与えられる事が決定された。いや、生命だけに限らず全てのマテリアルとアストラルアストラルにも等しくであり、それら全てを構成する元素も、世界を満たしていたマナも、現象としてのエネルギーでさえも全てが無に還っていく事になる。
「妖精界」としてはそれこそが、人間界で虚無の禍殃と呼ばれる厄災と同じものである事に変わりはない。
突如として襲い掛かってきた未曾有の「死」に対して、その世界に住まう全てのモノ達は他の世界に移り住むか、それとも「死」を受け入れるかの選択を急遽迫られる事になり、そのカウントダウンは刻一刻と知らず知らずの内に蝕んでいった。
だからこそ、「妖精界」に住まう者達は迫り来る「死」に対して、そんな事が起きているとは露にも知らず終焉を迎えた者達が多かったのも事実である。
拠って終焉の間際に怨嗟の声が上がった。それは突如として「妖精界」を襲った「厄災」に対してだ。
この厄災は世界に対して「死」のみを求める死神のようなモノであり、防ぐ手立ては何1つとして存在していない。
だからこそ世界そのものを襲った「死」に対して、そこに住まう者達の怨嗟が響いて渦巻いていった。
「何故、こうなったのか?」
「何故、こんな事になったのか?」
「何故、死ななくてはならないのか?」
「何故?」
「何故?」
「何故?」
疑問が……恐怖が……怨嗟が……そして祈りが世界中に広がり、「妖精界」は消失していった。それこそ、そこにあの「ソレ」がいたら豊富な栄養に舌鼓を打っていた事だろう。それほどの負の感情が最終的に「妖精界」を支配していたのだった。
そして、大多数の者達は、誰が犯人かを知らず消失する事になるのだが、この時に当事者はこの世界からは居なくなっていたのもまた事実だ。
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少女達は全力で逃げていた。まだ、「世界」に変化は起き始めていないが、変化が起き始めたら完全なる消失まではあっという間だと告げられた。
いつそれが起きるか分からない不安は焦りを掻き立て、それから逃げる為に必死になっていた。
途中で少女達の元にサリエルが合流していた。サリエルは宮殿に捕らえられていた者達の避難が完了した旨の報告を口実に、少女達の元へ加勢しに来たのだが、「妖精界」が消失危機にあると教えられた事で急遽「ヘスペリデス」へと戻る選択をしたのだった。
「ユグドラシル」がある「ヘスペリデス」は「妖精界」と形式上の道は繋がっているが、「妖精界」とはそもそも存在している次元が異なっている。その事から影響が無いか、もしくは少ないと考えられた。
拠って、この世界に入って来たポータルへと急ぐと、少女達は「ヘスペリデス」へと再び向かっていったのである。
少女達が急ぎ「ヘスペリデス」へと帰ると、そこの入り口にはヘラが立っていた。ヘラは心配そうな表情で無事に戻る事を待っていた様子だった。そしてついでに一足早く「ヘスペリデス」に逃げたヘルモーズもいた。
「やっと帰って来たのだわ」
「ヘラ叔母様、アタシ、大変な事をしちゃったかも……」
「えぇ、確かに「妖精界」は滅ぶのだわ。そして、それは直上次元にある「魔界」と並列次元にある「精霊界」や更にその下にある「世界」にも影響を及ぼす事になるのだわ。あれだけの「魔法」であれば「神界」に影響がある可能性も考慮しておかなければならないのだわ」
「えっ?!そこまで影響がいってしまうの?」
少女はしょぼんとした顔でヘラに話していったのだが、内容を聞くと口を開いてポカンと呆けた挙句に、唖然とした表情を作り言葉を失った様子だった。
「えぇ、「世界」の関係性をどこまで変えてしまうかは正直な所、未知数だけれど……良くも悪くも変わってしまうのは間違いがないのだわ」
「ただ、貴女を失う事と比較すれば、それはアテクシにとっては他愛も無い事に違いないのだわ。だから良かった、本当に良かった……無事に帰って来てくれて……」
ぎゅっ
「ヘラ叔母様……」
ヘラは涙を浮かべて少女の事を抱き締めていた。少女は自分がしてしまった事への罪悪感から、心がすり潰されそうな程に辛かったがヘラの温もりがそれを、ほんのり和らげてくれていた。
「ただいま、そして、ありがとうございます」
「ところで、ソレは本当に一体何なんだ?さっきはオレサマの子供とか言ってた気がすんだが?」
「この子はさっきも言ったけど、アナタの子よ?本当に覚えてないの?」
スサノオは少女の肩に眠そうに乗っかっているウサギモドキを指差して紡ぎ、少女はそれに対して普通に返しただけなのだが、その徐ろに放った言葉はヘラを始め、その場に居合わせたサリエルに「ピシッ」と衝撃を与えていた。そしてヘルモーズは「やっぱり」と何かを達観した様子だった。
だが3人が3人共に、2人の会話を全て聞いていたワケではなく、掻い摘んで聞いた為に齟齬が生じる事になる。
「あああ、貴女!こここ、子供を作ったのだわ?」
「あ、あの時ですか?スサノオ殿を正気に戻すべく、くっ、口付けをしたからなのですかッ!?」
ヘラとサリエルは明らかに動揺して少女の肩を掴み、少女の身体を前後左右に振っている。その2人の息はピッタリとあっており、少女の身体は左右で捻れる事無くキレイ揺さぶられていた。
「ヘラ叔母様、サリエル、酔っちゃう、酔っちゃうぅぅぅ。それに、き、キスしても子供は出来ないかrrrrrrr」
「子供……子供……子供?あぁ、あの時のかッ!」
スサノオのその言葉は少女を揺さぶっていた2人の目の色を変えさせた。こうしてヘラは目をギラつかせると今度はスサノオの肩を掴み、睨みを利かせた上でドスの利いた声で紡いでいく。
サリエルはやはり目を吊り上げ、口をへの字にして詰め寄っていた。
「ごるあぁ、スサノオッ!大事な姪っ子をキズモノにした責任は、ちゃんと取ってくれるんだろうなぁ?あ゛あ゛ん?」
「見損なったぞ、スサノオ殿……。貴殿は、貴殿は不肖が初めて尊敬に値する男だと思っていたのに……」
「へっ?おいおい、こりゃどういうこった?それにアンタ言葉遣い変わってるし、そして揺らすのをやめてくrrrrrrrr」
ヘラの背景には「ごごごごごごご」と何かが蠢いている様子であり、サリエルの背景には「ずずずーーーん」と暗い陰が掛かっている様子だった。
そしてヘルモーズは、何故か「タライとお湯と清潔な布を用意しなくては」と口ずさみながらおろおろとしていた。
そこには良く分からない修羅場が発生しており、様々な感情が渦巻いているその情景は、知らない者が傍から見たら……
子供を認知せずしらばっくれているダメ男に、望まない妊娠をした当事者とそれに怒る保護者、そんなダメ男に二股掛けられていた女性……ヘルモーズの立ち位置はよく分からないがそんな構図だろう。
まぁ、これは余談が過ぎるが。
「えっ?えっ?えっ?ちょっとこれ、どう言う事?」
「一体どうしたの?ヘラ叔母様?」
「だって、アナタはこの男に孕まされたのだわ?ちゃんとお互いの合意があったとしても、ヒト種と神族で子供を作るなんて……半神半人の子供は可哀想なのだわ。ううぅ。ヘスティアがヘスティアなら、ヘスティアの子供も同様なのだわ。ううぅ、しくしくしく」
「ちょ、ちょっと///ヘラ叔母様ッ!な、何かを勘違いしてると言うか、アタシはこの男と、その、ごにょごにょ……し、シてなんかいないわ。だって、アタシはまだ処女だもんッ!」
「あッ///」
ぼしゅう
少女は「恥ずか死」した。それは見事な自爆であって轟沈した少女に、誰も何も掛けられる言葉がなかった。
そんな少女の頭からは湯気が何本も立ち昇っている様子で、地面に突っ伏していた。
「禊の結果……?はぁ、それならば良かったのだわ。貴女もあの唐変木のような悪い男に騙されて手籠めにされて子種を付けられてしまったのかと思ってしまったのだわ」
「オレサマはッ」
「お黙りなのだわッ」
ヘラはサラッとスサノオを貶し、スサノオは「ムッ」とした表情を顕にして抗議しようとしたが、ヘラに因って一蹴されてしまった。
「これから話す事をちゃんとよく聞くのだわ」
「その子は、貴女を母親だと思っているのならば、名付けをしてあげるといいのだわ。そうすれば、貴女とパスが繋がって成長が早くなるし、オドの循環も出来るようになるのだわ。そうすれば、ちゃんと立派に成長するのだわ」
「そうなのですか、ヘラ叔母様?それじゃあ……う~んと、「フィオ」ってのはどうかな?」
「ママ?それ、名前?ぼくは「フィオ」?」
「えぇ、アナタの名前は「フィオ」よ!」
フィオと名付けられたウサギモドキは嬉しそうにはしゃぎ回り、少女の周りを飛び回っていた。
フィオは「根の国」から帰って来た後、「葦原中国」で2人が行った「禊」の際に産まれた卵から孵った神獣である。少女はスサノオから貰った神獣の卵をデバイスの中に保管しており、卵はデバイスの中で少女のオドを浴び続けた結果、孵化したのだった。
だが、結局のところ孵化したフィオが、何の「神獣」なのかは「誰も分からない」と言うのが結論だ。角と羽を持つ「ウサギ」と言う神獣は誰も知らなかったのである。
そもそも「神獣」は生態系の中では幻想種であり魔獣と同種とされるコトから、神族とヒト種の禊で産まれたフィオは正式には神獣ではない。
だが、よく分からない生物である事に代わりはないので、神獣という呼び方で呼んでいるに過ぎないが、これもまた余談である。
結局の所、少女が編んだ「魔法」とその「結果」については有耶無耶にされた。それは齎した「結果」に因って少女の精神が圧し潰されないようにする為の配慮である。
神の行いは全てが「是」であるのに対して、人の行いは全てが「是」とは限らない。今後、今回の事で何か問題が生じたならば、それは引き金を引いた少女へと帰結する事になるだろう。
だから、ヘラは少女の精神を守るべく有耶無耶にしたのである。人は弱く、罪の意識からは逃げられない事を知っていたからだ。
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どおぉぉぉぉん
ずがあぁぁぁん
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ」
きぃんききぃん
激しい砲撃に拠る爆発音が響き渡り、武器が激しくぶつかり合う音が木霊していた。
そう、ここは戦場である。
セックとスカジの両名は「アースガルズ」を滅ぼした霜巨人族の軍勢と合流し、その指揮に加わっていた。そして、その軍勢は「アースガルズ」の残党及び、ニョルズが連れてきた「ヴァナヘイム」の軍勢との終わらぬ抗争を続けていた。
セックは戦利品である多脚馬種に跨り、崖の上から軍勢同士の戦争を見下ろし、一方のスカジはセックの横にしゃがみ込み、崖の下の谷間で繰り広げられている光景を目を輝かせてまじまじと見詰めていた。
「オーディンが不在とは言え、ここまでニョルズが頑張っているとはな?どうだ?元“夫”は頑張っているぞ?何か声を掛けてやるか?」
「あんな男を元でも“夫”だなんて言わないで、穢らわしいのね。あんな、脚だけが綺麗な男なんて思い出したくもないのね。ぷいッ」
「まぁ、いいさ。アタイ達が引き起こした「神々の黄昏」は直に終わる。そうなれば、この地を足掛かりにしてこの「神界」そのものに「終末」を巻き起こし、この世界を暗黒郷に変えてやるさ」
不気味な程の嘲笑で顔を歪めたセックは、憎々しげな様相で眼下で戦闘をしている「アースガルズ」と「ヴァナヘイム」の軍勢に視線を向けていった。
「さてスカジ、アンタはどうするんだ?ここで高みの見物をしているのか?それならそれで構わないが、それならそうでアンタの元“夫”とはアタイが遊ばせて貰うよッ!はいどぉッ、とっとと走りなッ」
ピシぃ
「もうッ!あんな男の事なんて口にも出さないでって……ふふッ、さすが多脚馬種なの。もうあんなところまでセックを連れていってるのね。でも、スカジも遊びたいから遊びに行かないと……置いてけぼりはイヤなの」
セックは手綱を打ち多脚馬種を走らせ崖を下っていく。その目的地は眼下に広がる戦場であり、その目的はその中にいるニョルズの首のようだった。
そしてスカジもまた戦場に向けて崖を降りていく。その手にはそれぞれ禍々しい棘が生えている短槍があり、重力に逆らう事なく垂直落下で崖下に到達したスカジは狩る獲物を探していく。
こうしてビキニアーマーとベビードールを着た異質な格好の2人は、「アースガルズ」と「ヴァナヘイム」の軍勢の横っ腹に突き刺さる形で強襲を仕掛け、軍勢を蹂躙していったのである。
突如として強襲された連合軍は浮き足立っていた。2人が軍勢の中腹に刺さった事で情報の伝達は分断され、崖下の谷間に於いて長く伸び切った連合軍は混乱を余儀なくされたのである。
「アースガルズ」の東側は天然の「要害」であり、重傷のオーディンを連れて逃げる際にはその「要害」に拠って事無きを得ていた。だが、いざ攻めるターンになった時にはその「要害」によって阻まれ、悪戦苦闘していたのである。
谷間という地形に拠って横に広がれないので縦に間延びしなければならず、騎兵は速度も突撃力も活かせない為に使う事は出来ない。これでは「アースガルズ」を取り戻す事もままならず、このまま環境が悪い状況下に居続ければいつオーディンが力尽きるかも分からない。
それだけは避けねばならない連合軍は一進一退を繰り返しながら「アースガルズ」へと向かっていたのである。拠って、地の利が完全に連合軍にはない上に中腹への強襲は混乱を来たし、中腹より後ろ側は潰走寸前まで陥っていった。このままでは先頭の部隊が挟撃されるか、本陣が襲撃される事は目に見えていたのである。
ニョルズは軍勢の中域で戦況を見ていたが、2人の突然の乱入に因って一気に戦況が、悪化の一途を辿っている事に焦りを覚えていた。
連合軍の前方にはテュール率いるドワーフ族の歩兵が配置され、敵勢力と今なお激しい戦闘を繰り広げている。
中域はヴァーリ率いる精霊族及びエルフ族に拠る射撃兵が配置されており、前方へ魔術に拠る砲撃と矢を射掛け、ドワーフ族の支援を行っている。
そんな構成の敵軍に対して崖の上からの奇襲で2人は、中域の部隊に乗り込んだのである。
それに因り連合軍は混乱の一途を辿ったのであった。
ニョルズはこのまま好き勝手させる訳にはいかず、斯くなる上は自らが動かざるを得ない事を悟り、奇襲をして来た者達と対するべく三叉の鉾を持つと、自らもまた多脚馬種に跨り戦場を駆けていった。
「なッ!?敵襲はスカジ……なのか?」
「くッ。よもや、オマエが敵だったとはな……。スカジッ、せめてもの情け!俺がオマエを討つッ!」
スカジは兵を斬り刻む事だけに悦に浸っており、自分に敵意と殺意を向けている者に気付いていなかった。
拠って元“妻”の凶行を止めるべくニョルズは手綱を引き馬首をスカジに向けると突撃していったのである。
「でやあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁッ!」
「スカジ、覚悟おぉぉぉぉぉッ」
「なッ?!ニョルズ」
どんッ
雄叫びを上げてニョルズが鉾を構え、スカジを討たんと鉾を突き出そうとした時、ニョルズは左側面から衝撃を受ける事になった。スカジはニョルズが迫って来ていた事に気付いておらず、ニョルズの雄叫びで気付いたのだが、それ以前にニョルズもまた、自分が狙われていた事に気付いていなかったのがアダとなったのである。
「ぐはぁッ。な、なんだ、一体何が?」
どさッ
ニョルズは突如として襲ってきた衝撃に、馬から弾き落とされニョルズを振り落とした多脚馬種はどこかへと走り去っていった。ニョルズの左側面からの衝撃、それはもちろんセックによる体当たりである。
セックはニョルズを獲物として探していた。そしてスカジに向け強襲を掛けようとしているニョルズを発見した事で、気付いていないニョルズの左側面に自分の馬を体当たりをさせたのだった。
「セック、助けられたの。スカジはこんなヤツにヤられたくは無いから本当にありがとうなのね」
ざっざっ
「くっ、スカジ……」
「ニョルズ、アンタとはここでお別れなのッ!スカジの槍で後悔しながら死ぬのね」
しゃしゃしゃッ
「?!」
突如として自分に向かって飛来する矢に気付き、スカジはニョルズを仕留める事を諦め矢を弾き距離をとっていった。
「兵達よニョルズ殿を守れッ!」
「待つのよッソイツの首を置いていくのよ」
「させん。そなたら元“夫婦”にどんな確執があったか知らんが、ニョルズ殿を殺らせはせん」
ぎりッ
スカジを牽制したのはヴァーリであり、ニョルズに近付こうとするスカジに対して射掛けてその行動を阻害していた。
こうしてニョルズは兵達に囲まれ戦場から離脱しようとしており、それをスカジは黙って見送るつもりもないので兵達を薙ぎ払い、ニョルズを討たんと近付くこうとするが、再びヴァーリに因って阻まれる事になる。
「クソッ!あと一歩だったのねッ!」
「今回は深追いせずに諦めるよスカジ。なぁに、また機会はあるさ。それに獲物は焦らして甚振って楽しんだ方が、得られた時の喜びも興奮もひとしおさね」
「でもッ」
「そろそろ分断した先頭のヤツらがこっちに戻ってくる頃合いだからね。流石にテュールの相手と男臭いドワーフ族の相手がしたいなら止めないよ。殺ってくのかい?」
「それを全てスカジ1人に殺らせようとするなら、セックのコトを嫌いになってしまうのね」
「それじゃあ一気に駆けるよ、乗りなッ!」
セックはスカジに手を伸ばし、スカジはその手を取るとセックの後ろに飛び乗った。こうして2人は戦場を駆け、前方から向かってくるテュール率いるドワーフ族を蹴散らし跳ね飛ばすと自軍に悠々と帰還するのだった。
「何たる失態。何たる屈辱。セックとスカジめ、次こそは必ず討ち取ってくれるッ!」
「ニョルズ殿、あまり騒がれますとお身体に障ります。今はご安静に心を鎮められよ」
ニョルズは身体に怪我を負いながら声を張り上げ、悔しそうにただ叫ぶ事しか出来なかった。
「どうやら、アタイらの勝ちのようだな」
「セックは流石なのね」
「ま、この調子で勝ちを続けていけば、必ずオーディンを討ち取れるさ。そん時はスカジにニョルズをあげればいいか?」
「スカジはオーディンも欲しいけど、トールも貰っちゃったしセックにそれは譲ってあげるのね」
セックはスカジと共に「アースガルズ」の王城「ヴァーラスキャールヴ」へと帰還し、霜巨人族の軍勢は鬨の声を挙げ勝利を祝っていた。
その後セックとスカジは玉座の「フリズスキャールヴ」で様々な報告を受けていたが、スカジはニョルズを討ち漏らした事がやはり気に触っていた様子で、報告に来た者達をどやしていたが、セックはスカジの勝手に任せておく事にしていた。
「?!ッ痛。な、何だとッ?」
バタっ
「セック、急に倒れ込むなんてどうしたのね?」
「グルヴェイグが死んだ……。共有化していた意識が一方的に消され完全に途絶えた」
「まさかなのね。あのグルヴェイグがやられるハズないのね」
「どんな方法を使ったかは知らないが、グルヴェイグの反応はもう失くなっている。封印されフレイヤに戻ったのか、それともフレイヤごと死んだのかは分からんがまぁ、いずれにせよそれを成し遂げたのは、あの中にいたネズミ達だろうな」
「あの完全不死が消し去られたとは、どうしても考えられないのね」
「それはアタイも同意見だが、アタイもグルヴェイグを四六時中監視していたワケじゃないから、その時の事が分からないのは痛いな」
セックは共有化が強制的に解かれた反動で、まだ身体が思うように動かなかった。だから無理に立ち上がる事はせず、床に座り込んだまま遠い目をして何かを見詰めていた。
その瞳からは煌めく何かが一筋だけ頬を伝い、床を濡らしていたのだった。




