セカイノインユ ν
少女の思考回路は自身の持つ、「切り札」とも言える「型」を使う事を決めた。それによって少女はその「型」の体勢へと身体を整えていく。
「あー、やめとけやめとけ。それを使っても、オレサマにゃ一撃すら与えられんぜ」
「なッ?!んです……って」
スサノオが投げた言の葉は、少女の行動をあからさまに阻害していった。
そして少女の表情に驚愕が浮かんでいく。
「はぁ、なんだ。そう言う事なのね?やっと理解出来たわ、貴方の権能を……それとも概念能力かしら?」
「まぁどっちでも似たようなモノね。ところでそれは「未来予知」とでも言うのかしら?だからこそ、アタシの攻撃が当たらなかったのよね?」
「流石にヒントが大き過ぎたか?実際は「予知」してるワケじゃあねぇが、似たようなモンとだけ言っておくぜ。だからその点は及第点にしてやるさ。だがまぁ、せっかくだ。やりたかったら、おめぇの取っておき……破ってやるから見せてみろや」
少女はカマを掛けていた。いやまぁ、闘う以上そんなモノがホイホイあっては困るし、敵がそんなのを持っていたら目も当てられないが、それ以外に説明が付かなかったからカマを掛けて探ったのだ。
だが、それは及第点と言われたコトから、厄介な能力を持っているという事だけは間違いがないだろう。
そしてスサノオは指先を「くいくいッ」と曲げて少女を挑発していた。流石に少女はイラつく事はイラついていたが、冷静になって「破られる事が分かってて「取っておき」を使う程、間抜けじゃないわ」とだけ呟くと、「型」をあっさりとキャンセルしスサノオに近付いていった。
「で、満足出来た?アタシと闘いたかった結果わ?」
「あぁ、そっちもまぁ及第点だ」
「そう。それなら良かったわ」
パシッ
「チっ……ダメかぁ」
少女は悪手とは思いながらも、スサノオにノーモーションで平手を出したが、その掌はスサノオの右手に掴まれていた。
「へっ、残念だったな。そんなんじゃオレサマは出し抜けねぇぞ。だがまぁ久し振りに楽しめたし、そういう気が強ぇところ、オレサマは結構好きだぜ。がっはっはっ」
「な、何よ急に///」
豪快に哂うスサノオに対して、少女は少しだけその頬を染めていた。よくよく考えてみれば、異性から「好き」なんて単語を言われた経験がなかったからかもしれない。
「で、神界に帰る方法は、教えてくれるんでしょうね?」
「あぁ、そうだったな。オレサマとしては、ここで遊んでから帰るって選択もアリなんだが……」
少女は高鳴る鼓動と染めた頬を気付かれないように抑えながら紡いだが、スサノオが取った次の行動で更に今度は耳まで真っ赤になったのだった。
それはスサノオが少女の手を取ると自身の方へと引き寄せたからだ。
「ちょ、アンタ、一体何をッ!遊ぶって、ちょヤメてよ……アタシ達まだそんな関係じゃないし早いわッ///」
くるっ
「えッ?えぇッ?!」
少女はスサノオの胸元に吸い寄せられるように引き寄せられるとそのまま反転をさせられた。
そして、スサノオは再び少女を抱きかかえ、そのまま跳躍したのである。
当然の事だが状況がまったく掴めていない少女は、驚きの声をその火照った口から漏らしているだけだった。
更に、跳躍されたコトで急激に広がる視界の端に何かを見た気がしていた。
「へへッ、こんなところにまでやって来るとはな「ヘル」!よっぽどコイツにご執心のようだな?だがな、ここじゃオメェさんの権能も概念能力も役に立たないぜ」
「ぐぬぬ、まだ邪魔をするでありんすか?」
「それがオレサマへの命令なんでな。くれてやるワケにはいかねぇのさ」
少女がいた場所の後ろの空間にはワームホールが開いていた。いち早くそれに気付いたスサノオは、少女を守る為に抱きかかえて跳躍したのであって、それに気付いておらず勘違いした少女は急に恥ずかしくなっていたと言うのは言わずもがな……であろう。
しかし、まさに間一髪と言うのは言い得て妙だった。そこには顔を醜く歪め、老婆のような姿をした女性がワームホールから身体を半分ほど出して手を伸ばしていたからだ。
顔の半分が……いや、身体の半分が赤黒く、焼け爛れている「ヘル」が口惜しそうにいたのだ。
あのままあの場にいれば、少女はワームホールの中へと引き摺り込まれていた事は間違いがないだろう。
「ヘル?」
「念の為だ、見るんじゃねぇ!それと、耳も塞いでおけ」
「う、うん」
「ところで他人様の領地に殴り込みとは、どう言う了見だ、ヘル!」
スサノオは敵意を剥き出しにして「ヘル」と対峙している。そんなスサノオの言葉に少女は、「助けてもらっておいてなんだけど、アンタがそれを言うの?」と盛大にツッコミを入れたかったのは秘密だ。
しかしながら、「ヘル」は完全にワームホールから出て来てはいない。今となっては、その位置からでは少女の事を捕まえるのは難しいとしか思えないが、完全にワームホールから出て来れない理由があるのかもしれない。
「そこな娘は父の仇でありんすぇ?そシて、その手に父の魂すら握っておるんどす。それを取り返シて、父の悲願を達成するのが、娘とシての役目でありんシょう?」
「へぇ、神殺したぁやるな、おめぇ」
「そシて……それ以前に……そいつは餌でありんす。だから喰わせてもらうとシんシょうなぁ!」
「ヘル」はワームホールから身体を中途半端に出した状態で自分の持つ概念を展開し、それは「呪詛」という形を持ってスサノオを侵食しようとしていた。更に赤く光る瞳はその「呪詛」の意味合いを強め、結果として死役の強制執行とも言い換えられる程に、強力無比な契約を強制的に結ぶ事を可能としていた。
死者にしか効かない死役を、生者に対しても成立させる事が出来るので、偏にそれは反則級な概念能力と言えるだろう。
「その呪詛はここじゃ誰にも効かねぇ。そもそも、オレサマには効かねぇ。とっとと自分の郷へ帰りな、この醜女!」
「醜女……じゃと?!」
「これでも代わりに喰っとけ……よっと」
スサノオは言の葉を粗暴に紡ぐと自身の近くにあった大岩を、脚で勢いよくワームホールに向かって蹴り飛ばしたのだった。
どおぉぉぉぉん
「ぐぎゃッ」
「ったく、執拗いと嫌われんぜ?まぁ、その岩があれば他にワームホールを開けるのにも暫く時間がかかんだろ。時間稼ぎにはちょうどいいか」
「だが、それにしても妙だな。何でここに入って来れたんだ?ここには「ヘル」にとっての「縁」はねぇハズなんだが?」
「あの、そろそろ離して貰っても……?」
「ん?あぁ、ほいよ。んん?なんだそれ?」
スサノオは少女を地面に下ろすと、ある物に気付いた。そして、それを見る為に腰を下げ凝視していた。
「な、ちょ、なにを///もうッ!なんで、アタシの胸を凝視してるのよッ!」
ばっちーーーーんッ
「あれ?当たった」
スサノオは腰を下げて見ていた視線の高さは、ちょうど少女の胸の辺りだった。だから少女は恥ずかしさのあまりに平手打ちを繰り出したのだが、その平手打ちはものの見事に命中し、スサノオは吹っ飛ばされていったのだった。
少女としては初めて自分の「攻撃」が届いた事に感激していたが、何故当たったのかまでは理解出来ていなかった。
「っイてててて、ったく、急に何をしやがる!」
「あ、アンタがアタシの胸を凝視してるからでしょッ!」
「おめぇの貧相な胸なんざ興味ねぇよ!」
「な、なんですってぇぇぇぇ!」
すかっ
「えっ?なんで?」
少女のコンプレックスをつついたスサノオの口撃に、少なからずショックを受けていたが、それ以上に怒りゲージが跳ね上がった少女は目を釣り上げ、追撃の一手に出た。
だが、それはスサノオには届かなかったのだった。
「それにしても、何だぁ?そりゃ?」
「そんなに貧相、貧相って、貧相で何が悪いのよッ!アタシだって、アタシだって、好きで貧相になったワケじゃない!!」
「1回落ち着け!オレサマが言ってるのはそっちじゃねぇ!その腕だ。腕に着けてる腕輪だッ!」
少女は怒りでわなわなと震えている。瞳は潤んでおり、悔しさが表情から溢れていた。しかし、当のスサノオは自分の紡いだ言の葉が曲解されて受け取られた事を知ると、慌てて弁明したのだった。
「えっ?腕輪?あぁ、このブレスレットのコトね。まぁ本来なら、手首に着けるのが当然なのよね。でも手首じゃ邪魔だったから、腕に着けてみたんだけど……やっぱり手首じゃなきゃ変……かな?」
「だ・か・ら、そぉじゃねぇ!着けてる位置なんざ、気になるかッ!それは一体、誰から貰ったんだ?」
スサノオは顔を引き攣らせながら少女に言の葉を投げていた。先程からの光景は、付き合いたての新米カップルの修羅場や痴話喧嘩に見えなくもない。
恋人以外からもらったプレゼントが発覚して彼氏が怒っている……ような感じがしないとも言えない。
だが、ここが人間界の街中であればそう見えるだろうが、ここは「冥界」にある「根の国」だ。環境の違い1つで見える光景は変わるものである。
「これはオーディンから貰った物よ?「いつか「アースガルズ」へ来る時に使えばいい」って、そう言われたの。これがあれば、侵略行為には当たらないでしょ?」
「ふぅん。まぁ言い分は分かる。でもってそれ、貸してくんねぇか?」
「えっ?別にいいけど……はい、どうぞ」
「なる程な。大体分かったわ。ほらよッ」
「ねぇ、一体、何が分かったの?」
大義名分としてのブレスレットという存在を手に取り、確かめたスサノオはスグに理解した。
だからこそ次に発した言葉は、少女の考えの斜め上を行く質問だった。
「そいつは本当に、「オーディン」だったのか?」
俗に言う、「あの世」と呼ばれる世界がある。生きとし生ける者が住まう世界を、「此岸」と言うのに対して、死んだ者達が集う場所を「彼岸」と呼ぶ。
「ヘルヘイム」や「根の国」がある「冥界」は「彼岸」である。拠って飽くまでも通常の理に於いて、生者は彼岸へと立ち入る事が出来ない。
仮死状態や特殊な状況下に置かれれば可能な場合もあるようだが、そんな例外はどこかに放り投げておこう。
だからこそ、生者である少女が生者として「彼岸」に迷い込んだ理由が、スサノオにはどうしても分からなかった。
まぁ、当の本人も分かってはいないのだが、それは置いておくとしよう。
「彼岸」には決まり事がある。
・生者は「彼岸」の食べ物を口にしてはいけない
・「彼岸」にある国単位で争ってはいけない
・生者の魂は、生前の「縁」に拠って魂の行き先が決まる
・「彼岸」に迎え入れられた死者の魂の扱いは、その国の統治者に一存される
それらが「決まり事」であることから、「ヘル」の屋敷でスサノオは少女が食事を「食べたか?」と聞いたのだ。しかし「縁」がないハズの少女が「ヘルヘイム」に行った理由は不明だった。
そこで目に付けたのが少女が身に着けている「ブレスレット」だったのだ。それを「何者かが仕込んだ「策」だったのではないか?」と考えるのが1番納得のいく解答だったからだ。
「いや、あれはオーディンだったハズよ……多分」
「その腕輪だが、そこから特に異質な力を感じるぜ。オレサマはオーディンに会った事はねぇが、その異質な力は本当に主神足る者の力なのか?」
「流石にそこまで言われるとアタシも自信なくなっちゃう……わ」
「それにさっき、おめぇが「ヘル」の名前を聞いた時に何かを考えていたようだが、それはなんか別のモンなのか?」
「そうね、確かに全て繋がるわね。じゃあそうしたら、アタシが出会った「オーディン」はこのブレスレットをアタシに渡して、「ヘルヘイム」に強制的に来させたって事になるわよね?確かに「ヘル」は「ロキ」の娘だから……。あっ!アタシが持っている魔石が……目当……てってコトなの?それじゃあ、オーディンもグルってコト?」
「ま、それかオーディンに化けた他のヤツってコトだろうな」
確かに「ヘル」はさっきそれを言っていた。「父の魔石を取り返す」と。そして、続けざまに言っていたのは「父の悲願」だったか。
少女は徐々に核心に近付きつつあった。その一方で情報が足りないのは明白だった。
だが「ロキ」は死しても尚、何かを企んでいそうな予感があって、少女はこのまま人間界に戻る事を盛大に躊躇っていた。
「で、おめぇはこれからどうするんだ?」
「「神界」に1回戻りたい……わね。全ての決着を付けないと気持ち悪くて人間界に戻りたくないもの。それにそんなんじゃあ、夜もおちおち寝ていられないわ。乙女に睡眠は必要なのよ!」
「がっはっはっ。それじゃあ、付いてきな。オレサマが神界へ連れ戻してやんぜ」
スサノオは盛大に哂った後で歩き出していく。
少女はスサノオを追い掛けるように、小走りで後を付いていった。その表情には断固たる決意が固まっている様子だった。




