ケツイトテアワセ ν
「こんな所にいたのか?探しちまったぜ」
「なッ!?くそッ!」
不躾にもほどがあると思うが、窓を破壊して侵入して来た者は、乱暴に言葉を紡ぎながら少女の元へと近付いていった。しかし男は少女が今まさに、齧り付こうとしている骨付き肉を見るやいなや血相を変え、少女の手からそれを強引に奪い取ると放り投げたのだった。
「あ、アタシのお肉……」
「おいッ!一口でも、喰ったか?」
男は少女の肩を掴んでガクガクと前後に揺らしながら、これまた乱雑に紡いでいく。
少女は男の言っている意味が分からなかったが、既に自我を失っている少女は聞かれた事に対して何の疑問も抱かず、ただ従順に「まだ、何も」と呟いていた。
拠って、この男が誰なのかも分かっていない。
「そうか、なら良かった。行くぞ、ほら立てッ!」
「あっ……」
男は少女の手を引いて強引に椅子から立たせると、入って来た窓から出て行こうとしていた。少女は為すがままにされていたが、何も手を付けられなかった目の前のご馳走に対しては未練が少しだけ残っている様子だった。
「そうはさせないでありんすぇッ!ガングラティ、ガングレト止めておくんなまシ」
「「はっ」」
「ちぃッ、やっぱそうなるよな?だけど、こっちとしても命令されて来てるモンでなッ!多少、手荒な真似をしてでも、お前らにコイツをやるワケにゃ行かねぇんだよッ!」
「悪ぃが、コイツでちぃとばっかし遊んでてくれや」
しゃッ
「八雲立つ 八重垣作る 葡萄の木」
男は頭からかんざしを1つ取ると向かって来ている召使いの前に向かって投げ、床に落ちたかんざしは瞬く間に部屋の中にわさわさとツルを張っていった。そしてそのまま部屋の中に枝を伸ばし根を盛り上がっていく。
こうして、部屋全体を覆い尽くす植物の「壁」が造り上げられたのだった。
「よしッ、行くぞ!」
「え……あ……ご飯……ご飯」
「そんなモン、こっから出たらたらふく喰わせてやっから、とっとと来い!」
こうして男は少女の手を更に引いて自分の方へと抱き寄せると、自分が壊した窓から外へと飛び出して悠々と逃亡していったのだった。
男は少女の手を掴み、ひたすら走っていた。そして手を掴まれている少女は為されるがままに……、言われるままに付き従っている。
要するに手を引く男が走っているから、少女もまた走っていただけだ。
「えぇい、何をシているでありんすッ!!早く追い掛けるでありんすッ!」
「「は、ははッ」」
女主人の表情は醜く歪み、声にあった煌めきは跡形も失くなっていた。
先程までとはまるで別人の様相と、怒声をもって召使い達を追い立てており、召使い達の表情はとても青褪めているのだった。
男は少女を連れて暫く走った頃、追っ手が来ていない事を確認すると少女に声を掛けた。だが少女から返されて来る言の葉は、「えぇ」とか「うん」とか、「はい」とかでまるで要領を得ておらず、男は頭を「ぽりぽり」掻きながら「仕方無ぇなぁ」と呟いていた。
拠って男は少女の頭を思いっ切り叩いたのだった。
「痛ッたいわねッ!何すんのよッ!」
「おぅ!やっと正気に戻ったようだな。重畳重畳!!」
「あれ?ここは?それに、アンタ!何でこんなところに?」
「はぁ……。困ったヤツだな。まぁ話しは後だ。今はこっから逃げんのが先だ。行くぞッ!」
がしっ
「えっ?!ちょ、ちょっと、そんなに強く引っ張られると痛いってばッ!」
「捕まったら終わりなんだ、死ぬ気で走れ!」
「えっ?えぇ、ちょ、一体どうなってんのよ」
少女からのクレームを無視して男は、より一層のこと少女の手を強く握ると引っ張り荒野を掛けていく。
「な、何よ?ちょっと……強引じゃない」
少女は少しばかり顔を赤らめながら口を尖らせ、小さく小さく呟く事が今出来る精一杯で唯一の抵抗だった。
「さてと、ここまで来れば……って、やっぱり、そうは問屋が卸しちゃくれねぇってか?」
「げッ?何よあれ?まるで生ける屍の群れじゃない!アイツら一体何なの?」
「良く分かってるじゃねぇか。アイツらはこの世界の住人さ。アイツらが仮に地上に出られたら、そりゃあもう「生ける屍」と呼ばれるモンだから、大当たりだ」
「だがこの国……この「ヘルヘイム」じゃ、アイツらはこの国の女主人「ヘル」の召使いだろうがな」
「ヘル?」
「そう「ヘル」だ。北欧の死者の国を司る女主人ってヤツだ」
「確か、「ヘル」って……」
ヘルの召使い達は地面から湧き出していた。言葉にならない言葉を発し、次から次へと湧き出してくるソイツらは、人間界で言うところの屍躯種と呼ばれる魔獣と同じモノだそうだ。
地面からわんさかと湧き出て来ている召使い達は、湧き出る場所が逃げる2人に追い付いた様子で、2人の足元の地面も「ぼこぼこッ」と音を立て始めていた。
「しゃーねぇ、あんまり使いたくはねぇんだが、やるしかねぇか!」
しゃッ
男は先程投げたかんざしとは違う1つの結櫛を頭から抜くと、地面に向かって投げて言の葉を紡いでいく。
「八雲立つ その八重垣に 筍」
ザザザザザザザザザザッ
結櫛は男の言葉に呼応し、姿を変えると地面から立て続けに無数の槍衾となって現れ、一気に空へと向かって奔っていった。
「ほら、もっと早く走れ!じゃねぇと、オレサマ達も串刺しになっちまうぞ!」
「ちょ、そんなコト言ったって……。この道、走り辛いのよ!」
「だあぁぁ、もう、しゃあねぇなッ。よっこらせっと」
「えっ!?ちょ///ちょちょっ………って、アタシは荷物かぁッ!!」
男はグダグダ言う少女を抱きかかえると、そのまま肩に担いで全力で走っていった。少女は一瞬だけ顔を赤らめたが、流石に肩に担がれればそんな感情は一瞬で失くなっていくのだった。
地面から次々と生えてくる槍衾に召使い達は次々と穿かれていく。
更には新たに這い出て来た者達もまた、その餌食となっていった。
槍衾に穿かれ身体が千切れるモノ、そのまま刺し貫かれてジタバタしながらも追い掛けようと必死なモノ、屍躯種と同じモノなら痛覚はないのかもしれない。だからこそ叫び声すら上がらないが、怨嗟にも似た唸り声は周囲に木霊し、カオスでシュールな絵面は地獄絵図のような光景を醸し出している。
それは大の大人であってもトラウマになりそうな光景……とも言い換えられるかもしれない。
だが、当事者2人はそんな光景に目もくれずに、すたこらさっさと戦線離脱していった。
男はひたすらに、ただただひたすらに走った。そして肩に担がれた少女は、車酔いにも似た症状に悩まされていた。
少女は我慢の限界を迎えそうになった頃、男に声を掛けて地面に下ろしてもらったのだが、その直後に背後に違和感を感じ取ったのだった。
その違和感の正体は、紛れも無く「ヘル」が放っていたモノだ。
「そんな……」
「さぁ、屋敷に戻るとシんシょうかぇ?」
「おい、しっかりしろ。気を強く保て!連れ戻されたら、喰われっちめぇぞッ!」
「ダメ、脚に力が入らない。あの目もあの声も一体なんなの?」
少女はヘルの姿を見て、声を聞いた途端に力を失いへたり込んで地面に腰を落としてしまっていた。
男はそんな少女に声を掛けるが、脚に力が入らず立ち上がる事は困難な様子だった。
「まったく、とんでもねぇ「命令」を貰っちまったモンだぜ。ったくよぅ、割に合わねぇったらありゃしねぇ!」
「ま、だがな、鬼ごっこはもう飽きたからこれでオサラバだ」
男は投げ遣りな態度で雑に言葉を紡ぐと、本当にぶっきらぼうな態度で懐から1つの「果実」を取り出し、それを「ヘル」に向かって投げた。
男が投げたそれは金色に光る「桃」だった。
「そらよッ!腹いっぱい喰らいな!」
「八千矛の 神の命の 沫雪の 朝日の是をば 撃ちてし止まむ」
投げられた金色の「桃」は、男の言葉を受けてより一層輝きを増し、まるで太陽の灼け付く光を想起させるような強烈な閃光となって、「ヘル」を飲み込んでいった。
こうして男は少女を今度は担がずに抱きかかえて、全力で疾走り去っていく。
今度はさっきとは違うお姫様抱っこだったが、光で目が開けられなかった少女の顔は赤らむ事なく、その身を任せていたと言うのは余談だ。
「流石に、ここまで来れば、追い掛けては来れないだろ」
「あ、あの、そろそろ降ろしてくれないかしら?」
「おっ?そうか?ちゃんと立てるのか?」
「え、えぇ多分……」
「あの、その、ありがとう……ございました。スサノオさ……ま」
ここは「ヘルヘイム」の領地を抜けた後で、スサノオが自身の概念を用いて転移してやって来た「地」であり、「根の国」と呼ばれている場所の一角だ。
そこで漸く少女は地に足を付ける事が出来たのだった。
「あぁ、まったくだ。だが、礼ならオレサマをコキ使ってくれた暴虐姉に言ってやんな」
「アマテラスさんに?」
「前に会った時に、言われたんだよ。おめぇの事を陰ながら見守ってくれってな」
「前?あっ、あの時!」
「んでもって今回、急に呼び出されたと思えば、おめぇが「冥界」に飛ばされたから連れて帰れときたモンだ。オレサマの許可無く彼岸に向けて強制的に送られっちまう始末だしよ。まったくやってらんねぇぜ」
スサノオは臍を曲げた様子で膨れっ面になっていた。
そんなスサノオを見て「なんだ可愛いトコあるじゃん」と心の中で呟いていた。まぁ、流石に言葉には出せなかったが……。
「それで、ここからはどうやって「神界」に帰るの?それとも、人間界かしら?」
「へっ。帰り方か……だがしかし、その前にオレサマはおめぇと闘りてぇのよ」
「えっちょッ?!ここで?今から?」
「「神界」に戻ったら、オレサマは全力を出せねぇし、そんな事をしたら暴虐姉に半殺しにされっちまう。ここでなら好き勝手暴れられるからな。どうだ?闘らねぇか?まぁ、どうしても闘りたくねぇってんならそん時はそん時だ!「神界」に戻る方法は教えてやんねぇ。がっはっはっ」
スサノオの支離滅裂なオレサマ理論に基づき、少女の返事は「イエス」しか無いのは当然だったが、それは呆れ顔と共に……である。
「はぁ、酷いパワハラだわ。一瞬でもときめいたアタシがバカだったわね」
「じゃ、いつでもいいぜ、本気で掛かって来なッ!」
くいッくいッ
「あーあーもう、分かりました分かりましたよ。やればいーんでしょッやればッ!」
「死なない程度に張っ倒してあげるわ!負けても吠え面かかないでよねッ」
スサノオの挑発は少女のやる気スイッチを押した。こうして少女は力を一気に解放し、半神半魔の形態へと自分の肢体を変化させていった。
「ほーう、こりゃあ凄ぇ。おめぇ、ヒト種にしとくのは勿体無ぇな」
「そりゃどーも。じゃあ、行くわ……よッ!」
スサノオは少女の姿に絶賛していたが、その表情は余裕綽々で少女の事を尚更イラつかせていた。だから少女は無防備にオラつくスサノオに対して速攻を仕掛けたのだ。
少女は武器を持たず、ただただ、傍若無人なパワハラ男に対して本気で殴り掛かっていった。
ぱしッ
「なッ!?」
「へぇ、こりゃまたいいパンチだな」
どぉんッ
速攻でキメる予定だった少女は、拳が軽い音を立てて止められた事に驚きを隠せなかったが、受け止めたスサノオは余裕綽々を地で行く感じだった。しかし少女の拳の衝撃は、スサノオの後ろに衝撃音を響かせており威力が無かったワケではない事を物語っていた。
「受け止めたのに、威力だけを逃したっていうの?」
「くっ、それにしてもなんて握力なの?振りほどけない」
「おう?もう終わりか?」
「んなワケないで……しょッ!」
ぱしッ
「ほぅ?これもいいキックじゃねぇか!」
どぉんッ
殴り掛かった少女の拳はスサノオの左手にすっぽりと掌に収まっていた。そしてその掌から引き抜く事も出来ない事を悟った少女は、そのまま身体を捻らせてスサノオの左の後頭部に蹴りを入れる……が、少女の右足首はスサノオの後頭部に当たる手前でスサノオの右手に掴まれ、蹴りは見事に掻き消されてしまうのだった。
更にはさっきと同じように、衝撃音がスサノオの右側面に響いていく。
「ちょッ!嫁入り前の乙女になんてはしたないカッコさせてんのよッ」
「ん?そりゃ、おめぇが勝手にやったんだろ?オレサマは受けただけだぜ?」
少女の右手右足はスサノオに掴まれているが、その掌から逃げ出す事は出来ないでいた。因って変な体勢のまま少女は身動きが取れないでいたのである。
少女は半神半魔の状態だから、まだそこまで恥ずかしくはないが、これが通常の状態ならインナーを着ていても恥ずかしさのあまりに耳まで真っ赤にして叫んでいたかもしれない。
「ところで何だ?こんなモンなのか?」
「くっそぅ、これなら……どうだぁッ!」
それは少女の三撃目。右手右足を封じられ、変な体勢から放った左の拳だった。
少女は身体を強引に捻って回転力を加え、スサノオの顎へと強烈なアッパーを繰り出したのだ。
まぁ、掴まれている以上、変に捻じれば身体はダメージを負うがそんなのは知ったこっちゃなかった。しかしその渾身のアッパーは、頭を後ろにスライドさせたスサノオの行動に因って、虚しくも見事に弧を描いて空振りに終わるのだった。
「嘘……でしょ」
「あ……」
少女の身体は突如として重力と握力による拘束から、重力に変わる遠心力という暴力を一身に受け、視界が一瞬にして廻っていった。
スサノオは空振りした少女の右手の拘束を解くと、右手で掴んでいる少女の足首を豪快にフルスイングで放り投げたのだ。従って少女は放り投げられ、放物線を描いて宙を舞ったのである。
少女は地面に叩きつけられる寸前で「くるッ」と回り、まるで猫のように「すちゃッ」と無事に着地したが、額には青筋が何本も浮かび上がっていた。ここまで完全にコケにされたのは初めてのコトで、流石に一発殴らないと気が済まないところまで熱くなっていたのだった。
拠って再びスサノオに対して速攻を仕掛けていく。
「アタシを本気で怒らせたわね。見てなさいよ……豪炎の型ぁ!!うりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ」
「へっ、コイツは面白ぇ!こうやってやんのかな?おらおらおらおらぁッ!」
スサノオは少女の「型」の理屈を一目見て理解した。だからこそ、それに対抗するように拳打を放ち、闘いは少女とスサノオの拳の「撃ち合い」になっていった。
だが、「がはッ」と言う声を漏らしながら吹き飛ばされたのは、少女の方である。
「こ、これが、闘神の力。アタシの攻撃は当たらないクセに、アイツの攻撃は当たるなんて、なんてチートなの?」
少女のイライラは逆に一発もらった事で鎮静化していった。そしてその頭の中では冷静に一発入れる為の戦術を組み立てている真っ最中だった。




