シリョノオモムクママ ν
「極大五色!!」
虹色の矢は煌々と燃え盛る炎の中にいる黒い竜に向かって、その余韻を残しながら疾走る。そして、矢は蛇悪竜種の首の付け根に突き立ったのだった。
蛇悪竜種は最後の悪足掻きとでも言いたそうに吐息を吐き散らしながら……、更には身体から無数の幼体を放出しながら……、極大魔術に因って、その存在を掻き消されていく。
「さてと、後はあの幼体共ねッ!」
「ってか、だいぶ炎陣突破されちゃってるなぁ。個体差かしら?でも、そんなコトは言ってられないわね。ぶるる。あぁ、ダメ!見た目がアタシは受け入れられない」
少女は炎を越えて進んで来る「蛇」を見て、身体を震わせながらも次々に魔術を放っていった。別に少女は蛇が苦手というワケではない。だが、三頭ではないにせよ、見た目がグロテスクな蛇悪竜種の縮小コピーみたいなモノなので生理的に受け入れられない様子だった。
そしてそれが、極大魔術の影響で消滅する寸前まで、巨体から放出され続けていたので幼体の数は、既にざっとでも数え切れる量ではない。
炎陣である程度の数は減らせているが、それも蛇悪竜種の吐息の影響で抜け道が出来ているのかもしれなかった。だから膨大にウゾウゾと蠢いている姿は尚更の事、生理的に受け付けられるモノではなかったのだ。
「皆の者、かかれぇッ!」
「へぁ?!来てくれたの?」
「アンタを敵に回すよりはコイツらの方がよっぽどラクそうだ。まぁ、アンタと違って歯応えはかなり無さそうだけどね。扇風扇刃」
「助成させてもらう!刺突流舞」
「みんな……よぉし、こうなったらアタシも頑張んなきゃねッ」
エ・ラーダに率いられた軍勢は結局のところ、蛇悪竜種と闘う事にはならなかったのだが、魔獣の殲滅には一役買ってくれていた。何しろ「量」が膨大なのだ。単純な数だけで言えば……、数千いや、数万は放出されていたかもしれない。
流石の少女でも、1人では骨が折れる程の「量」だ。だからと言って、山ごと吹き飛ばすワケにもいかないのだから大規模な魔術は使えないし、使えても炎陣のような範囲系魔術が関の山だった。
拠って、軍勢の助太刀には大いに助けられていた。
それでもなお、総ての魔獣が殲滅された頃には日が沈みかけており、空は夜の帳が降りる直前のマジックアワーを迎えていたのだった。
これは殲滅完了後の事。全員で無事に「パルティア」に戻った少女は、エ・ラーダから声を掛けられ小さな「ピラミッド」に呼ばれていた。
少女は「ピラミッド」の中へと続く階段を一段一段踏みしめて登っていく。小さな「ピラミッド」を照らす陽の光は既に無い。周囲の壁には松明が付けられ煌々と暗闇に抵抗している。高い壁にも松明は取り付けられているので、誰かが宙を待って取り付けているのかもしれない。
そんなコトを考えながら少女は階段を登って行ったのだった。
「えっ?!ちょっと、どう言う事?アフラ、何でここにいるワケ?」
「その件については、此の我から話そう」
少女が入った小さなピラミッドの中には、「パルティア」の元の持ち主であるアフラ・マズダがその宿敵であるハズのエ・ラーダと共にいた。
流石にこの状況は想定しておらず、少女は混乱する事になったのだ。
「だがその前に……。此度は大変、世話になった。街に一切の被害を出す事なくあの蛇悪竜種を倒してしまうとは正直驚いている」
「アフラ……。にしては、ポーカーフェイスのままなのね?」
「さて、此度の件では此の我も思う所があったのでな、アフラ・マズダ殿にお越し頂いた上で、そなたも交えて話しをしようと考えたのだ」
「話し?アタシに何かをさせようって魂胆なのかしら?」
「まぁ、此の我の話しを最後まで聞いてから返答してくれればよい」
「じゃあ、黙ってその話しを聞くだけは聞いてあげるわ」
「では、話そう。我々は神域を持たない「組織」だった故に、神域を手に入れる事に固執し過ぎていた。その為に、今回の侵略を巻き起こしてしまった。そして、事前にその土地の情報などを得ていなかったごとが今回の騒動を引き起こしたとも言える。もしもあのまま蛇悪竜種が解き放たれていたらと考えるとゾッとする思いだ」
エ・ラーダの顔は、苦虫を噛み潰したような何とも言えない表情を醸し出していた。そして少女は言った通りに黙ってエ・ラーダの話しを聞いている。
アフラの表情は……まぁ、言わなくても分かるだろう。
「此度の事で我等は反省をし、この事を今後は教訓にしていきたいと考えている」
「だがッ!我等が安住の地を求めているのは確かな事実であり、新たに産まれ落ちる神々が彷徨うのを此の我が見てはいられないのも事実だ」
少女は何となくだが、エ・ラーダが言おうとしている事が読めた……が、やはり黙って聞く事にした。
アフラは……まぁ、もうこの件は余談にしかならないから必要はないだろう。
「アフラ・マズダ殿のご好意に甘んじ、この地を我等の安住の地とさせて頂く事にはなった。が、その一方でこの地に於いて「パルティア」の神族とも共に歩もうと考えている。更に言えば、他の地より流れ流離っている神族の受け入れ先であろうと考えてもいる」
エ・ラーダの瞳に宿る意志は嘘偽り無く、アフラからは何も感じる事が出来ない少女だった。そして少女は話しが完結したと考えた事によって今度は自分のターンがやって来たと直感していた。
故にその口を開いていく。
「それで双方が納得しているなら、いいんじゃない?」
「で、早い話しがアタシに立ち会い人を頼みたいって事でいいのかしら?」
「頼まれてくれるか?」
「アタシがその事を伝えられる相手って、「オリュンポス」と「高天原」くらいしか無いけど、いいの?」
「それで構わない」
「じゃあ、それで良いなら請け負うわ」
「「宜しく頼む」」
2人はタイミングを計ったようにハモっていた。元々は敵対者だったが、それ以前に2人の思考の向き方は同じなのかもしれない。要は似た者同士なのだ。
人間界は「言葉の壁」で戦争を起こしたが、「神界」はそれこそ単純な「定住地」で戦争を起こした。言葉の壁よりはよっぽど原始的な動機かもしれないが、生きていく為に安住の地は必要な事に繋がるので、結果的に手を取り合ってもらえたなら一安心した少女であった。
少女はその日、「パルティア」に充てがわれた部屋に泊まり、翌朝の日が昇る頃に先ず「高天原」へと向かう事にした。余りに早朝過ぎて迷惑な可能性も考慮したが、頼まれごとは早めに終わらせたかったので向かう事にしたのだ。
駄目なら駄目でなんとかなるだろうと安易な考えの元に……。
少女が準備を整えてピラミッドの部屋から外に出ると、そこには「パルティア」の面々が待っていた。早朝にも拘わらず……だ。少女はその光景に少しだけ驚いたが、少しの会話をした後で「それじゃあ、行ってくるわね」と紡ぐと、サークルを発現させて「パルティア」からその姿を消していった。
「流石に主神のいる部屋に直接転移するのは失礼よね……。そこまで仲の良い関係でも無いし」
「でもちょっと、やっぱり早かったかしら?出直した方がいいかなぁ……」
『此方へ』
「えっ?!」
少女はアマテラスのいる「社」の側に転移したが、やはり社の目の前で怖じ気付いてしまっていた。しかしそんな少女の脳裏に一節の詩が流れて来たのだ。
それは確かに脳裏に響いていたが、気のせいかもしれない。少女の願望が聞かせた詩だったのかもしれないが、それをきっかけにして社に向かって歩を進めていく。
「社」の前には門番はいなかった。前回来た時は意識していなかったので記憶にない。
拠って少女は恐る恐る社の中に入っていく事にしたのである。
タケミカヅチに最初に連れて来られた扉の前に少女は立ち、「すいません。アマテラスさん、いらっしゃいますか?」と扉に向かって言の葉を紡いでいく。
すると『どうぞ、お入り下さい』あの時と同じように声が響き、大きな扉が重い音を立ててゆっくりと開いていく。
こうして少女は中へと入る事を許されたのだった。
前回と同様で此処は変わらず、きらびやかな空間だった。そして扉から入ると少女はやはり勝手に、そうするのがまるで「自然」とでも言うかのような所作で階段下で膝を付いていった。
『頭をお上げになって。そして、此方へ』
アマテラスから放たれている可憐な声は少女を導いていく。少女は導かれるままに階段を登り、これまた自然に天蓋の前で膝を付いた。やはり前回の行動をリピートしているようにしか思えない。
『天蓋の中へどうぞ』
少女の元に可憐な声が届き、その声に従って天蓋をくぐって中へと入っていった。そして、そこには前と変わらない姿で、同じ装いの白いワンピースを纏っているアマテラスがいたのである。
「本日はどのような用向きで此方にいらしたの?」
「先ずは、無事に母様に会えたご報告と、今回、取り計らって頂いたお礼をお伝えしたくて」
「それはわざわざ、痛み入ります。そして、無事に会えて良かったですね」
アマテラスの詩は少女の心に響き、その清浄な旋律は心地良く心が洗われるようだった。もしかしたら、それは文章ではなく、ただ単音の音であっても効果があるかもしれないほど清らかなモノと言えるだろう。
「そしてあと、もう1つお話しがあります。母様に会えた後、「オリュンポス」で色々とあって、その後、ワケあってアタシは「パルティア」へ行きました」
「「パルティア」ですか。あそこは統治者が変わったと聞き及んでおりますけど」
アマテラスの表情は変わらない。その表情から微笑みを消す事無く、少女の話しを聞いていた。他国の出来事だからだろうか……。それとも、冷静沈着に微笑を湛える事を常としているのかは分からない。
少女はその後で「パルティア」で起きた一部始終をアマテラスに伝え、今後「パルティア」が採用する指針も併せて伝えたのだった。
「「パルティア」は元々、中立の立場を採用している国でした。そして、今後は新たに産まれ落ちた神族の「寄る辺」となる道をも選ばれたのですね」
アマテラスは突如として少女に対して向けていた微笑みを、その表情から消した。
少女は少しだけ迫力が増した表情に驚いたが、強い意志と共に少女を見詰めるアマテラスのその瞳に魅入っていた。
「この「高天原」は「パルティア」の行動を容認します」
アマテラスとの話しの後で少女は次の目的地に向かうべく、アマテラスの社を辞した。
「ん?誰だおめぇ?」
「おめぇ、神族じゃねぇな?ヒト種か?ヒト種が此処まで入って来れるとは、大したモンだ。どうだ?オレサマといっちょ、闘らねぇか?」
不躾な男は社から出て来たばっかで鉢合わせした少女に対して、言の葉を紡いでいた。
この男、黒髪のオールバックで全ての髪の毛を頭のてっぺんで巨大な団子にして纏めている。更には何本ものかんざしや櫛で、その団子を止めている妙な髪型もさる事ながら、クロノスを彷彿とさせる筋骨隆々の身体付きであり、何故か上裸だ。
そして背も高く、その黒い瞳には宿る意志の強さが輝きを放っているようだ。
極めつけに、その身体からは異常な「圧」が放たれており、オリュンポスの神族と互角に渡り合えた少女ですら、物怖じする程だった。
何故上裸なのかは分からないが、そんな出で立ちも乙女としては目のやり場に困るし、申し込まれた内容も困る事に変わりはないのだが、ゼウスのように下心丸出しで来られるよりは悪い気はしなかった。
どちらかと言うと、魔界にいたベルンに近い感じかもしれない。時間に余裕があって、興味と好奇心が優ればその私闘にOKを出したかもしれなかったが、警戒を解いているワケでは決してない。
だからこそ不躾な言い方にはそれ相応の対応をする事にしていた。
「高天原の神族の一柱ですか?今日はアマテラス様にご用事があって来ただけです。ところ構わず私闘をするような粗野な事は出来ませんので、お引き取り願えますか?」
「おぅおぅ、つれないねぇ。オレサマの名前はスサノオ・イザナギってんだ!もし、闘りたくなったら出向いてくれ。オレサマはいつでも構わねぇからな!まっ、そん時にどこにいるかはオレサマも分からねぇがな。がっはっはっ」
大きな哂い声を上げながらスサノオはアマテラスの社の中に入って行った。
少女は名乗ったスサノオに対して何も言わず、ただその背中を見送っていた。
「あれが、闘神……スサノオ。あれが素の状態なのかしら?それであれだけのプレッシャーを放っているなんて、末恐ろしい男ね」
ぱんぱんッ
「さてと、気を取り直してお遣いの続きをしなくっちゃ!」
少女は顔を叩いて呟くとサークルを発現させ、「高天原」を後にするのだった。
「ひゅんッ」と言う音を立て、少女はオリュンポスのゼウスの神殿の前に来た。
ゼウスに会うのは、あまり気が乗らなかったが、エ・ラーダとアフラの2人に言ってしまった手前、気乗りしない気持ちを奮い立たせて、中へと足を歩み入れて行く。
ゼウスのいるハズの、神殿の最奥へと歩みを進めていくと、そこには見慣れない顔があった。
「おや?見知らぬ顔だな?オリュンポスの神族の眷属か?」
「アタシがオリュンポスの眷属に見えるの?それよりもアナタこそ何者なの?アタシはここの主に会いに来たんだけど、今日はお留守なのかしら?」
「ふはははは、中々に剛胆な娘だ。吾を見ても物怖じせず、吾の言葉を退けるとはな。面白い!実に面白い」
男は哂い声を発し、少女を見据え言の葉を投げ付けてきた。その男から放たれる「言の葉」は荒れ狂う暴風のような「圧」を持っていて、少女を吹き飛ばさんとばかりに迫っていたのだ。
「そこで何をしている?客が来たと知らせが来たので戻って来てみれば、何故、そなた等がここにいる?」
「ぶっ、あはははははは」
「………」
今にも衝突しそうな2人を止めたのはゼウスだった。しかし少女はその声に反応し振り向いて、その姿を見ると大爆笑の渦の中に身を置いたのだ。
「ひ、久しいな。ず、随分と見ない内に奇抜な格好になったのだな?くっくくく」
「きょ、興が冷めたな、娘さん。先程の続きは、またの機会にしよう。くっくくくく」
「人の姿を見て笑うとは、随分と失礼な「客」達だな」
ゼウスは呆れ顔で言の葉を紡いでいた。まぁ、ゼウス本人にも自覚があるのだろう。そしてそれは、自分が手掛けた事を理解しているから少女は大爆笑しているのだが、もう1人の男がそれを知らないのは当然の事だ。
だが、相手が「オリュンポス」の主神であるコトを知っているからこそ、必死に抑えているのは容易に想像出来る。そうでなければ少女同様に大爆笑していたかもしれない。
ちなみに少女はゼウスが数日前にこの場所で見せた「圧」を感じるコトはなかった。
最初に神殿の中にいた男は、その名を「オーディン」と名乗った。そして、少女は自分の事を「ゼウスの姪」だと名乗った。
「姪」と言う表現にオーディンは「「娘」の間違いで無いのか?」とゼウスの方を向き言の葉を投げていたが、ゼウスはオドオドし辺りをキョロキョロと見回しているだけで解答は無かった。
「残念ながら、本当にゼウスの娘ではないわよ?」
「ゼウスは自身の娘だろうが親戚だろうが、女性であればその手に誑し込もうとするから、気を付けるが良いぞ?」
「そうね。もうないとは思うけどそこは充分に気をつけるわ。ご忠告ありがと、オーディンさま」
「ゔ、ゔんッ、いい加減に下らない話しで盛り上がるのは止めてもらえるか?」
ゼウスはどうやら揶揄われている事を善く思っていない様子だった。それと同時に、ここにはいないヘラの視線を気にしているのかもしれない。
更に付け加えるならば、自分の事を倒し髪型をこんな風に変えた少女から、オーディンに対して余計な事を言って欲しくなかったのかもしれない。
故に早く本題に入ろうとしている様子だった。
「オーディン」は北欧神話の主神にして、「アースガルズ」の統治者でもある。
その姿は長い顎髭を生やしており、その顔に宿る隻眼の瞳は碧眼だった。黒いローブを羽織り、つばの広い帽子を目深に被っている。
どこぞの怪しい魔術士にも見えるその姿だが、先程放っていた「圧」は紛れもない主神クラスのモノだったコトから、強ち嘘ではないのだろうし、魔術士と言っては失礼にあたるかもしれない。
「で、オーディンよ、此度は何事かな?」
「うむ、吾が「アースガルズ」の問題児が此方で世話になったかと思ってな」
オーディンは言の葉を紡いだが、ゼウスには凡そ見当が付いていない様子で首を傾げている。まだ当の本人や事情を知っているヘラから報告が上がっていないのかもしれない。いや、それ以上に関わりを持たないようにしているのだろうか?
まぁ、全ては憶測の範囲でしかない。
「だがまぁ、その様子ではそれはお主ではなく、そちらの娘さんの方が分かっていそうだ。だからその件は後でお話しを聞かせて貰うとして、先にそちらの娘さんの要件を聞く事にしようか?」
オーディンは言の葉を優しく紡ぎ、少女の方を見たのだった。なんで「オリュンポス」に来たのか少し忘れ掛けていた少女は、こうして本題に入る事が出来たのである。




