テンビンノカンシ ν
「テルース」に伝わる神話の一つに「天秤の監視者」という話しがある。
それは、「惑星融合」前のテルースにあった大国の創造神話の一端であり、その国に伝わる伝説やお伽噺、権力者の正統性といった各種様々な話しなどを編纂し産まれた神話体系だった。
その「神話」に拠れば……、とある所に一柱の神がおり、その神は外界を見て人間達を常に監視しているのだ……と。また、空に揺蕩う星の運行にも関わり、数多煌めく星々が「テルース」に衝突しないようにしているのだと。
その神は天秤を持ち、時に監視している人間達を間引き、時に運行の妨げになる星々を間引いているのだ……と。
「テルース」に於ける創造神話の創造神でこそ無いが、創造神に拠り生み出され、創造神から天秤を託された神であって、創造神に匹敵する権能と概念を有しているとされている。
それが、主神、エ・ラーダである。
「貴方が、「エ・ラーダ」かしら?」
「如何にも。此の我が「エル・シーナ」の主神、エ・ラーダ。エ・ラーダ=アレクスロードである」
エ・ラーダはピラミッドの階段をゆっくりと降りてきている。表情には自信が満ち溢れ、「カツカツ」と響く足音はそれを強調している様子だった。
その神族は金色だった。何もかもが金色。これでもかと言う程に金ピカだ。成金趣味なのだろうか……それともただの派手好きの、どちらかかもしれない。
長い髪の毛と、顔に宿る瞳は黄金色に輝いている。身に纏っている鎧や頭に被っている冠、帯剣している長剣は金色に煌めいている。
そして、左手に持っている「天秤」も然りだ。
その全てが金ピカで、その全てが天井から射し込む陽の光を反射していた。だから少女としては眩しくて仕方がない。
別に財を成すコトが悪いとは言わないが、財ですら実用性を好み見せびらかすコトを善しとは考えていないので、その成金趣味全開の姿には相容れない何かを感じていた。
更には土色の街とは絶対に相反する外観であり、余りにも似つかわしくないのは気に入らなかった。
だが、そんな事を思っていても挑発するならいざ知らず、現状では口に出す必要性を感じない為に、「話しがあるんだけど?」とだけ紡いでいく。
「侵略者が話しとは……な。どこぞの誰かに頼まれたから、この神域を返して欲しいとでも言うのか?」
「残念ながら、アタシは「パルティア」を取り戻してくれと頼まれて来たワケじゃないのよ」
少女は戯けるようなポーズを取っており「やれやれ」とでも言いたそうな表情で、エ・ラーダを今度は挑発していた。
それの意味するところは幾つもあるのだろう。
「ほう?それでは一体、何を目的とした「話し」がしたいと言うのか?」
「ここには「蛇悪竜種」と呼ばれるモノが眠っていて、貴方達がここを占拠したから、その「蛇悪竜種」が起きる可能性が高いらしいのよ」
「蛇悪竜種?ほう?そんなモノがいると?」
「それの討伐にアタシは来たの。ちなみに「蛇悪竜種」が目覚めるまでの期限は、あと「遅くとも2日以内」だそうよ?そっちでどうにか出来るのかしら?」
先程までの戯ける仕草はもう失くなっていた。少女は真剣な表情で、瞳に意志を込め言の葉を紡いでおり、その真剣さが窺える様子だった。
「アタシはその「蛇悪竜種」が討伐出来ればいいけど、貴方達がアタシに闘いを挑むなら、アタシは降り掛かる火の粉を払わないといけなくなっちゃうでしょ?だから、邪魔をしないでもらえるかしら?って言う「話し」がしたかったんだけど?分かってもらえたかしら?」
「うむ。此の我の「天秤」が動かぬと言う事は、嘘は言っておらぬようだな。良かろう。それならば、その「蛇悪竜種」とやらを討伐するまでの間、此の我の名で滞在を許可する。それで良いか、ヒト種の娘よ?」
「えぇ、それで構わないわ」
少女はその言葉を以って半神半魔の形態と戦闘態勢を解き、元の姿に戻っていった。
少女が「エル・シーナ」の元に滞在している間、少女は特に「エル・シーナ」の神族に絡まれる事も無く、ちょっと良い感じの待遇だったと言える。
大きい「ピラミッド」内の一部屋を充てがわれ、食事が出来ると小さい「ピラミッド」の中に呼ばれ、エ・ラーダと共に食べた。エ・ラーダの周囲には護衛として少女と闘った3人の姿もあったが、禍根は無い様子だった。
ちなみに食事の際にはエ・ラーダから少女に対して幾つも話題が振られていった。
少女はその話しに対して普通に受け応え、エ・ラーダはその解答から少女の人となりを、それ相応の評価と共に感じ取っていたのだった。
そんなこんなで「蛇悪竜種」の反応が現れたのは、少女が「エル・シーナ」の元に身を寄せてから2日後の昼間の事だ。それは唐突に地鳴りと共に現れたのである。
現れた先は、大きな「ピラミッド」の裏手後方にある山の頂。そこに1匹の魔獣が現れたのだ。
それは半身蛇種のように後脚の部分が尾と一体化して、蛇のように長い。しかし、半身蛇種とはまるで違う生物だ。サイズ感からして先ず違い過ぎている。
その身体は異常過ぎると言える程までに巨大で、反射する光すら喰らい尽くしているのか、ツヤがなくて黒かった。
更には、その巨体に対してアンバランスに膨れ上がった巨大な三頭を持っており、ツヤのない身体とは反して6つの瞳だけが赤の色彩を放っている。
完全に全ての重心が頭にあるだろうと感じられる姿でありながら、頭を擡げても顔面着地しないのは何故なのだろうか……。
少女は頭の中に「何も入ってないんじゃないか」と勝手に想像した上で、バカな妄想に浸るのをやめた。
後ろ脚の無い「竜」は前脚2本で山肌を掴み、翼を広げ、土色の街を睨み3つの頭から同時に雄叫びを上げている。
その身体から発せられている力の波動は禍々しく、身の毛がよだつくらい悍ましいモノだった。
地鳴りと共に嫌な予感に見舞われた少女は食べていた昼食を放り出し、「ピラミッド」の内部から飛び出して山の頂にいる「蛇悪竜種」を目撃したのだ。その直後、「蛇悪竜種」の直上にアフラの光輪が現れて、光輝を振り撒いていた。
その光輝であっても、光を喰らい尽くす身体は反射すら許さない様子だった。
「あれが「アフラの知らせ」って事ね?」
かちゃ
「ブーツオン」
「あれが「蛇悪竜種」なのか?」
エ・ラーダは少女を追い掛けて来ていた。突然血相を変えて昼食を放り出したから怒っている……というワケではなく、少女と同じモノを感じ取っていたからだろう。そして出て来た直後に既に臨戦態勢を整え終わらせ、空を舞っている少女に目掛け声を投げていった。
あと少し遅ければその声は少女の背中が聞いていた事だろう。
「そのようね。アタシはアイツの討伐に向かうけど、この街に被害が出る可能性もあるから、それは、そっちで何とかしてもらえるかしら?」
「アイツがここまで来ればそれこそ街がなくなるだろう。だから街は気にせず存分に暴れるがいい」
少女はその言の葉に何も重ねることなく、ただ微笑むと「蛇悪竜種」を目掛けて空を駆けていった。
エ・ラーダは空を駆けていく少女の姿をその目で追い掛けていたが、その顔には悔しそうな表情を浮かべていた。
少女は「蛇悪竜種」に迫る途中で「半神半魔」の形態にその身を変えていった。そして三頭を擡げて雄叫びを上げている、「蛇悪竜種」の前に躍り出たのである。
「蛇悪竜種」は突如として自身の前に立ちはだかった異形の少女を「敵」と認識したらしく、三頭で睨み低く唸り声を上げていた。
「さぁ、とっとと倒されちゃってもらえるかしら?アタシにはやらなきゃいけないコトが、たっくさんあるの。アンタに構ってあげられる時間すら惜しいのよッ!」
「主神よ!アレは一体何なのですか?」 / 「何卒我らをお救い下さい」 / 「我らに安息をお与え下さい」
地鳴りと共に突如として現れた「蛇悪竜種」に因って、ピラミッド前は騒然となっていた。戦闘向きではない「エル・シーナ」の神族や、新参の神族達が騒いでおり、エ・ラーダを始めとして護衛の者達がその対応に追われている様子だった。
「アレはこの街に封印されている「蛇悪竜種」と呼ばれる魔獣であり、拙者の宿敵が生み出した、ありとあらゆる「悪の根源」である」
「「「貴様はッ!」」」
「この地の統治を汝らが行うのであれば、あの「蛇悪竜種」も背負うと言う事。例え今回、あの娘が倒したとしても、世界から「悪」が滅びぬ限り、必ずや再びこの地に現れる。汝らにあの「蛇悪竜種」を背負う覚悟はあるか?」
アフラは光輪をその身に纏い、背より翼を生やしてピラミッドの直上から「エル・シーナ」に向かって紡いでいた。その言の葉を受けた「エル・シーナ」の面々は何も言えずにいる様子だった。
それは偏に侵略した自分達への悔恨からなのか、それとも自分達が侵略者に成り下がったコトに対する罪の意識だったのかは定かではない。
「元々この地にいた神族だな?」
「如何にも」
「此の我達にも、あの「蛇悪竜種」とやらを抑える事は出来るのか?」
「蛇悪竜種は「悪」を糧として産まれるモノ。故に汝らだけではそれは叶わぬだろう」
「しかし拙者等が共にあればそれは叶うやもしれぬ」
「そうか……。それならば先ずは、あの「蛇悪竜種」をどうにかする所から始めなければならぬな」
エ・ラーダは覚悟を決めた表情になり、「エル・シーナ」の面々に向きを変えた。
そして重たい口を開くと決意を紡いでいった。
「これより、此の我はあの「蛇悪竜種」討伐に向かう。強き者よ、此の我に従え!」
「「「「「おぅッ!」」」」」
だンだンッ
エ・ラーダの決意は「エル・シーナ」の面々に響いていった様子だ。
拠って鼓舞され士気の上がった一同は雄叫びを上げ、地面を踏み鳴らし奮起していく。
「ティシュトリヤ、アナーヒター、アープ、スラオシャ、皆を導き皆を護りなさい」
「「「「はっ」」」」
アフラは自分の影となり付き従っている、残された「パルティア」の四柱に指示を出した。こうして、「エル・シーナ」との遺恨は一時的に水に流され、2つの勢力は共闘する事を決めたのである。
きィんキキぃん、ガキぃん
「全っっったく、硬いッたら!なんで出来てるのよ、この鱗!」
少女は相手が巨大過ぎるので空中戦を挑んでいた。流石に地上戦闘では致命打を与えられないと踏んだからだ。迫り来る蛇悪竜種の攻撃を躱し幾重にも剣撃を放つが、大剣ディオルゲートの斬れ味を以ってしても、その鱗に阻まれ弾かれてしまい傷1つ付ける事は叶わなかった。
蛇悪竜種は三頭から少女に向けて吐息を放ち、少女はそれを躱しながら剣撃を入れていた。だが、お互いの攻撃はお互いに決定打にはなっていないと言えるだろう。
少なくとも吐息は決定打になるだろうが、貰わなければなんてことはない。
まぁ、貰った所で少女の身体はダメージを直ぐに回復してしまうので致命傷にはならないが、痛いものは痛いし、痛みを悦びに変えられる程にそんなドMでもない。
「仕方無い……か。このまま闘り合っててもラチが明かないものね」
「我が愛剣よ、力を纏え!」
少女の愛剣は「魔」と「神」の力を取り込んでいく。そして、眩いばかりに輝く白金色の剣へと、その姿を変えていった。
「でえぇぇぇぇぇやあぁぁああぁぁぁ!」
がぎッ
「おんどりゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ざしゅッ
ギャオォォォォォォォ / ピギャアァァァァァアアァァ / ギョガァァァァァァ
「斬れたッ!って、なに……アレ?」
少女は気合いと根性と雄叫びで見舞った渾身の一撃で、やっとこさ蛇悪竜種にダメージを負わせる事に成功していた。斬り裂かれた、蛇悪竜種は雄叫びとも唸り声ともつかない音を発しながら、のたうち回っているのだが、その光景は少女を驚愕させたのだった。
斬り裂かれた蛇悪竜種の身体からは無数の蛇の形をした魔獣、蛇悪幼竜種が湧き出て来たからだ。
どうやら、無数に身体の中に幼体を飼っている為に重心が頭に無かったのかもしれないが、これは余談である。
「えぁ!?本気でッ?!傷から魔獣が湧くとかどんな身体の構造してるワケ?!えぇい、しゃーないわねッ」
「流石にアレが街に行っても困るから、てっとり早く消えてもらうに限るわね!業炎円陣」
少女が放った炎陣は悶え暴れている蛇悪竜種を中心に生成された。そしてそれは湧き出てくる蛇悪幼竜種を瞬時に灰に変えていく。
「「蛇悪竜種」だけでも厄介なのに、あんな「蛇悪幼竜種」まで相手に出来ますかっての!ってか、どんだけ身体の中に抱えているのよ…。アレが全ての成体になったら大変なコトになるわね……。ゾッとしちゃう。ぶるるっ」
「1匹でも逃がすと大変なコトになりそうだから……業炎円陣×7!!」
少女は7度に渡り炎陣に拠る結界を張った。それは体内から溢れる蛇悪幼竜種を現れた途端に消し炭へと変え、未だにのたうち回っている蛇悪竜種の体力値をジワジワと削っていた。
一度斬られただけでは致命打になっているとは思えなかったが、あれだけ硬い守りを持っていた理由は打たれ弱さにあったのかもしれない。
一方で幸いな事に、炎陣は煌々と炎を湛え、轟々と音を立てて燃やし尽くしているが、山肌に木々が1本も生えていない事は救いだった。
流石に大規模な森林火災を巻き起こせば、必ず麓の街に被害が出るのは目に見えて明らかな事だ。
蛇悪竜種は、斬られた痛みと炎に焼かれる苦しみにのたうち回りながら、ところ構わず吐息を吐き出していた。さっきまでは気にしていなかったが、どうやらその属性は複数の上位属性を有している様子だ。
だから、吐息同士がぶつかり合う事で引き起こされた斥力は、周囲を巻き込んで爆発を起こすばかりか、炎陣に触れても爆発を起こしていく始末だった。
「もう、手が付けられないって感じだけど……、まぁこうなったモンはしゃーないわよね?アタシのせいじゃないわよ絶対ッ!」
「でも、これ以上状況が悪くならないうちにとっとと終わらせましょッ!」
こんな事になるとは思ってもいなかった少女は、だいぶ面倒臭くなってきているのだろう。
だから、とっておきを使って早期決着させる事に決めた。
「我が手に集え、赤き炎よ。我が手に集え、蒼き水よ。我が手に集え、翠緑の大樹よ。我が手に集え、鮮黄の大地よ。我が手に集え、金色なる果実よ。我が内なる全ての力よ、1つに混じりて我が敵を討たん」
「我が手に集いし大いなる力よ、空虚なる微睡みに揺蕩う力よ。全てを穿ち貫く一矢となれ!」
少女の紡いだ詠唱はマナを編み上げていく。やはり数日前にゼウスに放った時と同じで、マナは従順にして急速に集まってくれた。
こうして、極大まで高められた五大属性の力は1つに纏まり、少女の指先で一条の虹色の矢を形成していった。
「極大五色!!!!」
少女は心の中でトリガーを弾き、矢は静かに流れていく。蛇悪竜種に向かって。
「あ、あれは一体……、何なのだ?」 / 「あの凄まじい魔力は何だ?」
「騒ぐな!今はあの者は此の我らが味方だ。今こそ、好機ぞ!此の我と共に続けぇ!」
少女の放つ極大魔術を見た「エル・シーナ」の面々は、その強大な魔力に戦々恐々と動揺が奔り、戦戦慄慄と士気はみるみるうちに下がっていった。しかし「エル・シーナ」の軍勢は主神である、エ・ラーダの言葉で鼓舞されると下がった士気以上に膨れ上がっていく。
これは天秤の概念を持つエ・ラーダの権能だったのかもしれない。
こうして戦慄を好機に昇華させたエ・ラーダは、仲間達と共に山を一気呵成に駆け登っていったのだ。




