ノウリニオコルシゲキ ν
それは、突然の出来事だった。まぁ基本的にありとあらゆる「事」は、漠然と見ていればいつでも「突然」起きたように見えるだろう。
だが、水面下では徐々に浸透しており「事」に達した段階で劇的に、さも突然起こったかのように映るのだ。故に、偶然では無く必然であったと言い換えられる。
または、偶然を装った必然なのかもしれない。
「パルティア」で起きた「事」もそれと同義だった。
「パルティア」はアフラ・マズダが治める地であり、比較的平和な土地だったと言える。周辺国に対して国交を開いてはいないが、自分達から侵略する事を善しとせず、比較的柔和な神族が治めている国であった事から、周辺国に対しては「中立国」としての立場を取っていた。
周辺にある国々は比較的、戦闘に特化した神族を有している。
だからこそ、過去には幾度となく侵略の憂き目を見てきたものの、周辺国との対話を重ね続け、積み重ねた対話の果てに成立させた「中立国」としての立場だった。
だが、その「中立国」は一夜にして滅んだのである。
「エル・シーナ」と呼ばれる勢力の神族が襲来したのだ。
元々、「エル・シーナ」に所属している神族は地球由来の存在ではなく、「テルース」由来の神族だ。「テルース」にも幾つかの神話があり、それに端を発した神族は存在している。
それらの存在は「意思のない創造主」に因って内包され、「神界」に産み落とされていったのだ。
だが「惑星融合」の影響は、「神界」のパワーバランスを変えてしまった。それは惑星融合の母体である「地球」圏の神族を優勢とし、「テルース」圏の神族は劣勢としたからである。
そして、現在の人間界と「神界」の関係は「密接」である。だから、人間界で産まれた新たな「神族」は「意思のない創造主」に内包された結果、随時「神界」に産み落とされていった。
「地球」圏の神族が住まう神域に産み落とされた場合、その産み落とされた神を「是」とするか、「非」とするかの二択が為される事になる。
「是」とされれば、その神域に残され、「非」とされれば神域から追い出されるか、その魂を打ち砕かれるかのどちらかだ。
拠って、新たに産まれ落ちた新参の神族は自分達の居場所を求め、「地球」圏の神々の神域になっていない地域で集まっていった。
そこに新たな「勢力」を造りあげたのだ。
「エル・シーナ」はそこに目を付け、新参の神族はその中に取り込まれていった。
そうやって配下の神族の数が増えた事により、「エル・シーナ」は自分達の国を……、自分達だけの神域をその手に収めようと画策したのだった。
こうして白羽の矢を立てられ、その矛先を向けられたのが「パルティア」だ。
「拙者のパルティアはエル・シーナの強襲に遭い滅んだのである。パルティアにいた「柱」の内、残った「柱」は拙者を含めて5つのみである」
「で、アタシに何をさせたいの?その「パルティア」を取り戻して欲しいなんて、言ったりするのかしら?」
「例え、仮にパルティアを取り戻したとしても、五柱では到底何も出来ぬ。今の趨勢を見れば、滅び行く運命やったのかもしれん。故に「パルティアを取り戻して欲しい」と言う願いは持っておらん」
「へぇ、国を治める為政者としては随分とサバサバしてるのね」
「それじゃあ、アタシに一体何をさせたいって言うのかしら?」
「パルティアには「蛇悪竜種」が眠っている。拙者らがパルティアを追われた事はその「蛇悪竜種」の目覚めに繋がる。眠りから目覚めれば「パルティア」だけでなく、周辺国や人間界にも影響が出るだろう」
「ふぅん。で、アタシにその「蛇悪竜種」を討伐させたいって事かしら?」
こくりっ
アフラは少女の言の葉を受け、首を縦に振っていた。少女はアフラの言った蛇悪竜種は、昔読んだ文献にあった名前くらいしか知らず、どの程度の討伐難易度かは分からなかった。
しかし、周辺国や人間界に影響を齎すLvなら、「さざめく災禍級」の魔獣だろうと考えるに至った。要するに討伐難易度であればSSランク相当であり、古龍種で例えるなら上位種相当になるだろう。
偏に厄介な相手としか言えない。
「汝の力を数日前に感じ、「魔」と「神」の力を内包する汝の力を持ってすれば、「蛇悪竜種」を倒せるものと確信した。故に生き残った柱を密偵とし、汝の事を探させていたのである。どうか、頼まれてはくれぬか?」
「悩ましいわね……。これからするのは、そもそもの話しだけど、いいかしら?」
「聞こう」
「今、その「蛇悪竜種」がいる「パルティア」はその「エル・シーナ」に占拠されているんでしょ?アタシがそこに乗り込めば、必ずその「エル・シーナ」と戦闘になるわよね?侵略者が話しを聞いてくれるなんて思ってないもの」
「でもそれだったら、その「蛇悪竜種」が目覚めて、「エル・シーナ」と共倒れてくれる方が良くないかしら?」
「それは、出来ない」
実際の所、国を追われたアフラに「蛇悪竜種」を背負う必要性は無いようにも思える。だがそれでは、アフラの概念に反する事になる。
神族は「神足る所以」があるからこそ、概念を持つ神族として存在出来ている。
故に神族が「神足る所以」を放棄すればそれはもう、神族として存在出来なくなるのは自明の理なのだ。
アフラ・マズダの概念は、「善い」に尽きる。だからこそ、どうしようもない程の「善神」であり、対を成す「悪神」との対決まで存在を消される事は許されない。
更に付け加えれば、アフラは「法」の番人としての側面も持っているが、「善い事」と「法の番人」では戦闘力は殆ど無いと言えるだろう。
それ故に闘える者を探していた。
要するに「善神」であるアフラは「善神」としてと務めがあって、それに反する事は存在証明を失う事になる。故に「蛇悪竜種」を放置する事は「善神」の行いではない。
そしてそれが自身の国を奪った輩の為であろうが、その務めを果たさねばならなかった。
然しながら「「悪神」との決着」という最大の務めを果たす前にアフラ自身がやられる訳にも行かず、矛盾と葛藤の堂々巡りの真っ只中にいると言う事になる。
話しを聞いた少女は悩んでいた。この生真面目過ぎる「神族」を「無碍には出来ない」と。
何故なら、その「不器用さ」を自分と重ね合わせていたからだ。
「貴方の生き方って、面倒なのね?」
「「斯くあるべし」として望まれた以上、そうならねばならない」
「……して、汝は拙者の願いを聞き届けてもらえるのだろうか?」
アフラは表情を変えず、口調の一切も変えずに淡々と言の葉を紡いでいく。その口から紡がれる言の葉にも表情は無いが、ポーカーフェイスを貫く事とそれも含めて、望まれた「斯くあるべし」なのかもしれない。
拠って少女はアフラの心中を、その表情や口調から察する事は出来なかった。
だが、その決して嫌いではない考え方に絆され、「分かったわ」と返していた。
その時、アフラの表情が少しだけ明るくなった気がしたが、それは気のせいかもしれない。
「で、その「蛇悪竜種」はいつ頃目覚めるのかしら?」
「遅くとも三日以内」
「ここからだと、パルティアまではどれくらい時間が掛かるのかしら?」
「拙者が汝を連れ帰れば一瞬である」
「そう、それならば、パルティアへ向かうのは明日でもいいかしら?今日は一度、心配だからアテナの元に戻りたいの」
「ならば、これを持って行くがよい」
少女はアフラに提案し、その提案にアフラは1つの小瓶を渡した。少女はその小瓶を受け取ると、何やら不思議なモノを見るような目で見詰めていた。
「先程の者が汝の言う「アテナ」に対して、何かをしたのであれば、今も「幻術」の影響下にいる可能性が高い。この小瓶の中に幻術を中和する薬が入っている。幻術により目覚めないのであれば、効き目があるだろう。振り掛けるといい」
「ありがと。試してみる!それじゃ明日の朝、ここで落ち合いましょッ!」
「…………」
少女が空を駆けていく姿をアフラは黙って見送っていた。その心中は何を考え、何を思っていたかは分からない。
だが、空は雲1つなく蒼く澄んでおり、それはアフラの心象風景を大きなキャンバスに描いたようだった……のかもしれない。
少女はアテナの神殿に戻ると、息を切らしながら急いで部屋に駆け込んでいった。そこには安らかな寝息を立てているアテナの姿がある。
少女はアテナの容態が変わっていない事に安堵していたが、アフラから受け取った小瓶を開けると躊躇う事なく、盛大にアテナに振り掛けたのだった。
キラキラと輝きを放つ「薬」がアテナの顔に、髪に、その肢体に、惜しみなく浴びせられていく。
「アテナ、起きてッ!」
「お願い、目を覚まして……お願い…だから」
少女は寝ているアテナの肩を掴み揺さぶり、声を張り上げて叫んでいた。少女の悲痛な叫びは部屋に木霊していき、余韻を残す事なく直ぐに静寂を取り戻していく。
「ウチは、一体?ここは、どこだ?」
「アテナッ!!目覚めたのね!良かった……本当に良かった……うっうっ。本当に良かったよぉぉぉ。うわあぁぁぁぁぁぁん」
少女は未だよく状況が分かっていないアテナに抱き付くと、泪を溢し声を掠れさせながら泣きじゃくっていた。
アテナは自分の胸に顔を埋めて、自分の胸元に水溜まりを作ってくれている少女の体温を感じながら、その頭を優しく撫でていた。
「心配をかけたようだな、すまない。そして、ありがとう」




