タメシノハジマリ ν
「オリュンポス」はギリシャ神話の神々や、ギリシャ神話と同一視されるローマ神話に出て来る神々が住まう地であり、その舞台に少女は降り立っていた。
尚、ギリシャ神話は「オリュンポス12神」と言う、12柱の有名な神々が出て来る事でも知られている神話大系の事だ。
「ここが、「オリュンポス」なの?」
「でもなんとなくだけど、神々の住まう場所っていうイメージじゃないわね」
「でもさっきの「高天原」もそうだったけど、神秘的な雰囲気があるコトには変わりないわね」
そこに建ち並ぶのは神話の世界と言うよりは寧ろ、中世ヨーロッパの風景とも言える建造物群だった。だがその景色は幾度にも及ぶ戦争の末に、人間界ではもう見る事が出来ない建造物群でもある。
少女はその中世ヨーロッパの風景のど真ん中に配置されていたポータルから出て来たのだった。よって、そこは往来のド真ん中だ。
そんな所にポータルを設置しているのであれば、友好的な国以外はありえないのは確かな事だし、人知れず潜入するのも無理だろう。
見慣れぬ姿と外見の少女に対して、好奇な目が向けられていく。人目を引く少女の事を見ているのは、どうやら神族だけではなさそうだった。
だからこの「神界」は、「神族以外の種族も住まう場所」という事が明らかになった。
ほぼ単一種族の「魔界」とは大きな違いだ。
少女はキョロキョロと辺りを見渡していくが、見た感じこの「オリュンポス」には天使族や亜神族の姿も見受けられる。もしかしたらヒト種に近い神人族もいるかもしれない。
それらの種族は「神界」の他の国にはもっと異なる種族がいる可能性を示唆していた。
これがさっきタケミカヅチが話していた「同一次元内に於ける関係性の変化」の結果なのかもしれない。
そんな往来を行き交う「オリュンポス」の民から好奇な目向けられているが、少女は気にせず往来を歩いていく事にした。
そして目指す場所は…、と言ってもどこに行けば良いか全く分からなかった。だから取り敢えず一番大きく見える神殿みたいな建物に行ってみて情報を得る事にしたのだ。
「そこに事情を知っている人が誰かしらいるだろう」という安直な考えの元での行動だった。
更には「いなければいないで何とかなるさ」といった、少女の楽観的な考えも働いている様子だった。
「貴女、そこで何をしているのだ?」
「えっ?あっ!?あ、アタシ?」
「そうだ。ウチは貴女に聞いている」
キレイな女性がそこにいた。腰まで届くブロンドの長い髪。顔には高い鼻と蒼い瞳。
その瞳からは自信が溢れ強い意志が感じ取れる。
背はルミネと同じくらいだろうか?だから少女よりは一回りくらい大きい事になる。そしてスラっと伸びる肢体は白く、引き締まっていた。
多少露出度が高く、身に着けているハーフメイルからは豊満な胸元が覗いている。
腰当ての隙間から覗かせている絶対領域に下心が抑えられる男性はいないかもしれない。
それくらい一見すると美人でスレンダーなのだが、精悍な顔付きのせいもあって色気は無さそうに見えた。所謂、「ガードがお固い系」ってヤツだろう、いや、「身持ちがお固い系」だったかもしれない。
でもま、それならば「装備に露出はいらないんじゃないか?」と、少女の心はザワついていた。
太ももあたりまでを守る腰当ても、ハーフメイルも頭に被っている兜も黒みがかったシルバーの金属光沢を発しているが、多分、普通の金属ではないだろう。もしかしたら魔銀鋼かそれ以上の鉱物かもしれない。
引き締まった腰には細剣のような刺突剣が差してあり、腰の後ろには小剣がチラ見している。更にその手には三叉の槍を携えていた。
どんだけ武器を持っているのか気になるところだったが、女の武器を武器としていないのはやはりそこからも明確だった。
更に付け加えると、軽く交した程度の会話から聞こえた声は高く澄んでおり、凛とした芯の強さを備えた響きを持っていた。
可憐なアマテラスとは真逆のタイプだと言えるかもしれない。
少女は一際大きな神殿に向かう途中で、そんな目を引く女性に呼び止められたのだった。
「ひ、人を探しているんですが、ど、どこに行ったらいいか分からなくて、取り敢えず、あの大きな神殿を目指しています」
「ふぅん。なるほどな」
少女の声は多少、上擦っていた。それ故に「怪しく見られたかも知れないなぁ」と、少女は心の中でボヤいていた。
相手が神族だから緊張しているのかもしれない。だからこそ緊張のあまり、いつものように話せないのが煩わしくもどかしかった。
「人探しと言ったな?貴女は、誰かの眷属なのか?しかし亜神族や神人族には見えないし、ヒト種のような気もする」
「しかしヒト種であれば、ここは「神界」だぞ?おいそれと来れる場所ではあるまい?」
「そしてあの神殿は神族と、その眷属しか立ち入れない聖域だ。貴女は一体どこから来た?誰を探していると言うのだ?」
「え、えっと、アタシは「高天原」から来て、名前の知らない人を探して…ます」
少女は焦りの余り、嘘ではないが「高天原」とついつい言ってしまった。
因ってその発言にキレイな女性の顔は曇っていった。
「「高天原」だと?それは日の本の事か?彼処とは敵対こそしていないが、大義名分が無くてはそれは侵略に当たる。それを承知で貴女はここに来たのか?」
「それに名前を知らないのにそれは人探しと言えるのか?この「オリュンポス」にどれだけ人がいると思っているのだ?顔を見れば分かるとしても、1人1人見るのは不可能だろう」
「え、えっとぉ、顔も知らなかったりして…。あはははは」
余計なコトを口から滑らした少女の落ち度だが、この展開はどこかで見た気もしていた。そして、その時は自分が人探しを手伝ったが、この状況は人探しを手伝ってくれる状況とは言えない。
むしろこのままでは捕らえられる流れでしかないだろう。
拠ってキレイな女性の言い分はご尤もであり、少女はタケミカヅチが言ってた事を改めて理解させられたのだった。だが、あの時、タケミカヅチが言ってたコトをちゃんと覚えていた少女は、窮地を切り抜けるべく最後の手段に出たのだ。
「て、手紙を貰ったんです。そして、「高天原」で、この手紙の送り主は「オリュンポス」にいると言われ、「高天原」からこちらに来たんです」
「これです、この手紙です!」
「ッ!?」
「ちょっとこちらへ来てくれ!」
「えっ?ちょっと、急にどうしたんですか?そんなに強く引っ張られると痛いですっ!」
「ここではマズい。いいから来るんだっ!」
「ここではマズい?」
少女はキレイな女性にタケミカヅチの式神から貰った手紙を見せた。すると女性は手紙の封筒を見た途端に顔色を変えたのだ。
そしてそのまま少女の手を強引に引くと、どこかへと連れて行くのだった。
「貴女が叔母上の言っていた者なのだな?ウチの名前はアテナだ。アテナ・パラス・オリヴィアだ。簡単に言ってしまえば、貴女の「いとこ」にあたる」
「いと…こ?うそ…」
少女はその言葉に困惑していた。
まぁ、見ず知らずの女神から「お前は自分の「いとこ」だ」と言われれば、困惑しない方が可怪しいと言うものだろう。そもそも、少女は両親の兄弟は疎か、その両親の両親すら知らないのだから仕方がないと言えば仕方がない。
しかし、それ以上に発育の違いに関しては不平不満だらけだったが、そこは敢えて余談にした。
少女はまだまだ成長期だと思っているので、仕方がないから生温かい目で見てあげるコトにしようじゃないか。
「貴女の母上はウチの父の不興を買った。だから現在は幽閉されているのだ。それを見兼ねた叔母上が父の目を盗み、貴女に手紙を出したというのは聞いていた」
「都市の護りを主たる目的をするウチが、一番会う確率が高かったからウチに声を掛けたのだろうが、まぁ、実際、その通りになったワケだな」
「う…そ。それ、ホントなの?」
「女神アテナの名にかけて嘘は言わない」
少女は明らかに同様していた。だが、何に対して動揺していたかは、察するしかない。
一方で当のアテナは、少女の母親の現状に対して少女が動揺していると感じたのだろう。
ちなみにアテナは神殿の手前の脇道に少女を引き込んでいた。そして更にその脇道から逸れ、周囲の森の茂みに体勢を低くして隠れた。
少女もまたアテナと同じく、そこに隠れて話しをしていたが、何故そんなコトをするのかまでは皆目見当もついていない。
少女は隠れなければならない事を理解していないが、アテナに付き従っている以上、身を隠す事にしたとも言い換えられる。
「あ、あの、アタシはどうすれば?」
「アテナさんは、アタシに協力してくれるんですか?」
「ウチは叔母上には逆らえない。そして、父の事は嫌いなのだ。だから、叔母上から言われた以上、協力しよう」
少女はワケも分からずにやって来た「オリュンポス」で、アテナに出会えた事から先行きに希望の光が見えた気がした。
そしてアテナは無邪気な笑顔を少女に見せていた。
「今は、神殿に行ってはいけない。神殿に行けば必ず父に見付かるだろう。父に見付かれば、貴女は先ず、その貞操が危ない」
「えっ?」
「そして、それは必ずや叔母上の顰蹙を買う。そうなれば、今度は貴女の生命が危なくなる」
「えっ?!」
「ちょっと、何を言ってるかワカラナイ」
「アタシの貞操?アタシの!?なんで、見付かると貞操が危険なの?」
「アレは病気なのだ。あんな父で申し訳ないが、女性を見ると手を付けたくなる病気だとでも思ってくれて構わない」
少女は両手で自分の身体を抱き締めながら、「ぶるるッ」と小さく身震いをさせていた。
流石にこんなところで襲われて、大切な「初めて」を奪われたくなどなかったからだ。
「ちなみに、その顰蹙を買ったらダメと言ってた「叔母上」は、手紙の叔母と同じ方なのかしら?」
「その通りだ。同じ叔母上だ。故に、神殿に入るのは止めた方がいい。無理にでも行くと言うのであれば、大義名分を持っている以上、ウチは止めはしないが…」
「だから、どうしたい?貞操と生命を捨てる気があるなら案内するが?」
「行きません」
即答だった。寸分の余地もなく、躊躇うことも迷う事もない即答だ。
アテナは無邪気な笑顔と言うよりは、何かを試すような微笑を浮かべて少女に問いを投げていたが、その返答は誘導されたと言っても過言ではないだろう。
だから即答だった。
少女はアテナとの会話に慣れてきていた。だから最初の頃の緊張感は薄れていたと思う。
しかし、アテナと話すうちに再び、神族に対する恐怖を抱かずにはいられなかった。
まぁ、恐怖と言っても恨みつらみのホラー的な怖さと言うよりは、よく分からないうちに突然狙われるスプラッタ的な恐怖と言えるかもしれない。
でもそれは、「貞操と生命の危機」なんて言われれば当然のコトだろう。
「じゃあ、ここで暫く潜んでいてくれ。食事はウチが使いの者に申し付けておくから、安心してくれ」
「あと必要な物はそのベルを鳴らせば使いの者が来るから、必要な物を申し付ければ持って来てもらえるハズだ」
「分かったわ、ありがとう」
「だが、くれぐれも自分から扉を開けてはならない。使いの者は自分から扉を開けて入って来る。だから、誰かが来ても自分から開けてはいけない。もし、この言い付けを守らなければ、それは即ち…、」
ぶるるっ
「貞操の危機…なのね?」
「あぁ、ちゃんと分かっているならそれでいい!」
アテナは笑顔を見せると少女のいる部屋から出ていった。そしてその笑顔は、思わず「ドキっ」としてしまう程に美しかった。
「それでは、ウチは叔母上に話しを付け、ここに来て頂けるように話しをしてくる」
少女が匿われるコトになったここは、アテナが住まうアテナの神殿の一室だ。
森の中での話しの後、アテナは少女を自身の神殿に連れて来たのだった。そして、その神殿の一室に結界を張り、少女をその部屋に入れたのである。
神殿は「神族か眷属しか入れない」とさっき言われた気がしていたが「「いとこ」は身内だからいいのだろうか?」などと少女は考えていた。
特に明確な決まりは無いのかもしれない。
少女の今いる部屋は、石造りで高い所に小さな窓が1つだけある。そして部屋はそこまで広くない。
修道院の部屋みたいな感じと言えば伝わるだろうか?
まぁ、実物を見た事はないので、絶対にそれが的確な表現だと言えないのは余談だ。
そんな質素な部屋の中には、これまた質素な造りの机と椅子とベッドがあるだけだ。
部屋の片隅に開放的なトイレのようなモノが見えなくもないが、そこは気にしないコトにした。
アテナの使いは勝手に入って来ると言っていたから、事故が起きたらどうするかを考えないといけないかもしれない。
それは乙女のデリケートな大問題だ。
ちなみに部屋の中に電灯の類は無い。拠って原始的かもしれないが、机の上に燭台が置かれており、そこにロウソクが3本刺さっているだけだった。
その炎は先程から、ゆらゆらと揺れている。
「さてと、ここに来てから今までの会話の中までで、分かった事を纏めてみるとしますかッ!時間はたっぷりありそうだしね」
「とは言っても何か書くものとペンが欲しいなぁ。あっ!そうだ!ベルを鳴らすんだっけ?」
りんりんッ
がちゃっ
少女がベルを鳴らすと使いの者が扉から入って来た。
使いの者は顔の前に布を垂らしており、その顔は見る事が叶わなかった。そして、何も話さない。
あからさまに人ではないナニカだが、そんなコトを気にする少女ではなかった。
「紙とペンを用意してもらえるかしら?」
こくんっ
がちゃ
見た目からして普通な感じが全くしない使いの者に対して、少女は訝しむ様子も無く欲しい物を言葉にして紡いでいった。
ここは神殿内なので、アテナの眷属か使い魔的なナニカだと感じていた。だからこそ見た目は怪しくても悪しきモノではないハズだ。
使いの者は言の葉を受け取り黙って頷くと、部屋を出てから直ぐに紙とペンを持って部屋に入って来た。
少女は「ありがとう」と一言だけ笑顔を作って紡ぐと、持って来てもらった物を受け取った。
使いの者はやはり何も言わずに立ち去っていった。
一人だけになった部屋で少女は、ブツブツと何やら呟きながら受け取った紙にペンを奔らせていく。
「ここが「オリュンポス」なら、この地はギリシャ神話かローマ神話に準えているハズよね?そうなると、ここの最高神は「ゼウス」か「ユピテル」のどちらかになるわね」
「「アテナ」が実際の名前とは多少違うから必ずそうだとは言えないけど、概ね合ってると思う」
少女は呟きながら紙にペンを走らせ、次々と名前を書いていた。何故ならば少女は予備知識として、自分の母親の真名を探るコトにしたからだ。
「女性の貞操と、叔母の顰蹙って辺りの言葉から、「ユピテル」と言うよりは「ゼウス」が妥当な線かしら?そうしたら、ローマ神話と言うよりはギリシャ神話の方が色濃いように感じるわね」
きゅっきゅっ
「手紙をくれたアタシの叔母が「ゼウス」と関連があるのであれば、「ヘラ」って事になるかしら?そうなると、残りの女神は「デメテル」と「ヘスティア」のどちらかって事になるわね」
ペンは雄弁にインクを奔らせていく。そしてどうやら2歩くらい手前までは辿り着いた様子だった。
「「デメテル」と「ヘスティア」には別名ってあったかしら?えっと思い出せないから、後でいいや」
「そして、アタシの母様はどっちだ?」
「うぅん、分かんない。何か今までのコトで………なんでもいいから、ヒントヒントヒント…」
「そうだッ!爺が話してくれた内容に何かヒントがあるかも!」
少女は屋敷で爺が話してくれたコトを思い出していく。そこに何かしらのヒントがあると思ったからだった。
「えっと、確か、さる御方のご息女で、父様と同じく別の身体を使っていて、アタシが産まれた事で兄弟が激怒して、連れ戻された…だっけ?それだと、「さる御方」は「ゼウス」達兄弟の親だから、「クロノス」よね?」
かきかき
「別の身体は恐らくルミネと同じ魔力製素体の可能性が高いわよね…。で、アタシを産んで兄弟が激怒?子供が産まれて激怒するってどんだけ心が狭いのかしら?って待てよ、子供じゃなくて望まれていない結婚だったって事?」
少女はちんぷんかんぷんになりつつあったが、構わず思考回路を回転させていく。
立ち止まればそこでゲームセットになりそうな予感しかしなかったからだ。
「望まれていない結婚に因って、子供が産まれた。ん?ちょっと、何か引っかかったような…。そう言えば、ギリシャ神話の中には「処女神」って「概念」があったわね」
かきかき
「もし、「処女神」が子供を産んだとしたら、もしも、その誓いを破ったのだとしたら、「兄弟神」は怒らないかしら?でもそうしたら、望まれていない結婚じゃなくて、そもそも出産がNGだったってコトになるわね。いや、出産以前に子作りからしてNGだったのね」
少女が書いている相関図はほぼ完成していた。こうして一連の思考回路の回転は、結論の一歩手前まで辿り着いていた。
「もしそうだとしたら、「処女神」で「クロノス」の子供って言う事になるわよね?確か、「デメテル」には「ペルセポネ」って言う娘がいたハズだから、「処女神」ではあり得ないわ」
少女が作っていた相関図は完成した。ペンを置く前に少女は「ヘスティア」と書かれた文字に丸を付けていた。
「そうなると、消去法で残った最後の1人は「ヘスティア」になるわね。そうしたら、アタシの母様は「ヘスティア」なのかしら?」
「アタシの母様が、「ヘスティア」かぁ。母様が女神で父様が魔王。うん、全く以って可笑しいわね。なにこれ?アタシの存在自体がチートじゃない!」
「あははは。よくよく考えると笑っちゃうわね。でもなんとなくだけど、これまでのコト、合点がいったわ。なんでヒト種のアタシの中に大量のオドがあるのかも、そう考えると納得だもの」
少女は書き上げた紙を見上げ、そのままベッドに仰向けに寝転がり自問自答していた。そして少女の自問自答が終着点に着いた頃、少女は微睡みに引き摺られていった。
こんこん
部屋の中にあったロウソクの灯りは既に消え、部屋は暗くなっていた。
寝ていた少女はノックの音に因って起こされ、「はーい」と寝呆けながらも返事をしたのだ。
しかし少女のその返事に部屋の外からは反応が全く返って来なかった。
少女は少しだけ気味悪く思ったが、暗いながらも微かに見える扉の取っ手に手を掛けた瞬間、アテナの声が過っていった。
「自分から扉を開けてはいけない」
少女はその言葉を既のところで思い出し、手を掛けた取っ手から手を離し、そろりそろりとその場から離れていった。暗くて様子は窺えないが、おそらく顔は青褪めていたコトだろう。
こうして危機を脱した少女は、自分の身体を抱き締めるとベッドの中で布団に包まり、枕で耳を塞いで震えていたのだった。
「ふわあぁぁぁぁぁぁぁああ。結局、あれからちゃんと寝れなかったから流石に眠いわね」
「でも、あの時、扉を開けなくて本当に良かったわ。ほっ。アタシはちゃんと貞操を守る女だもの!見ず知らずの人に襲われてなるモンですかッ!ふんすっ」
少女は朝になるまでベッドの中で布団に包まり耳を塞いでいた。
途中で少しばかり微睡みに堕ちてはいたが、気付いた時には窓から光が射し込んでいたのだった。そして、今に至る。
少女は余りの眠気にベッドに再び入ろうかとも思ったがベルを手に取り鳴らしていった。
部屋の中に黙って入って来た使いの者に少女は、「コーヒーってあるかしら?」と紡ぐ。
すると、使いの者は直ぐに熱いコーヒーをカップに淹れて持って来たのだった。
更にはそれに続いてパンとミルクを持った使いの者もやって来て、机の上に置いていった。
「熱っつ。でも、眠気覚ましには丁度良いわね」
「パンも歯ごたえが良好で味気ないけど、まぁ贅沢は言ってられないわね」
「ところで、言った途端に持って来てくれた、このコーヒーって、どうやって淹れているのかしら?」
少女はまだ寝呆けている頭に、自問自答して頭の回転を促していたが、流石に寝不足で思うように頭は回らない様子だ。
「食べ終わったらやっぱり、少し眠ろうかしら?」
少女は眠っていた。そして、夢を見ていた。どんな夢だったかは、覚えていない。
朧気な記憶の中を揺蕩うような、儚げな夢を見ていた気がしなくもない。ただ、少しばかりの眠りの中で少女は幻想を見させられ、それは少女の目覚めと共に散っていったというだけの話し。
「あ、起きたようだな」
「あれ?アテナ…さん?」
声を掛けて来たのはアテナだった。
少女は目覚めると部屋の椅子に腰掛けているアテナと目が合い、目が合ったアテナは言の葉を紡いだのだ。
「その様子だと、昨夜はよく寝れなかったみたいだな?」
「えぇ、誰かに起こされたのよ」
「自分からは扉を開けなかったか?」
こくんっ
「それならば良かった」
「あ、それ!あれ?アタシ机に置いといたっけ?」
「あぁ、これはさっき寝顔を見にいった時に拾ったのだ。それよりも、貴女の母親が誰なのか結論に至ったようだな?」
「えっ?寝顔?アタシの寝顔見たの?!」
「あぁ、なかなか起きないのでなイタズラでもしようかと思ったのだがな、あまりにも可愛らしい寝顔だったから眺めていただけだ」
「っ!? ///」
「でもまぁ、これだがな、その方で間違いは無いのだが、その方では間違いだな」
アテナはまるで禅問答のような言の葉を紡いでいた。
少女はその言の葉を真摯に受け取ると「名前が違ったのかな?」と心の中で呟いていた。
「さて、叔母上と話しをして来たが、今、その話をしてもいいか?」
「えぇ、お願いするわ」
「叔母上は明日、ここに来てくれる事になった。どうやらそれが最短らしくてな、貴女には申し訳ないと話していた」
「明日なんだ。うん、分かったわ、ありがとう」
「だから、それまではくれぐれも自分から扉を開けてくれるなよ?」
「叔母上から顰蹙を買われたら大惨事になり兼ねんからな」
アテナが紡ぐ言の葉に対して、少女は激しく同意して頷いていた。そんな少女を見て、アテナは無邪気な笑顔で咲った。
やはりその笑顔は花も恥じらう程の笑みで少女も少しだけ頬を赤らめた程だった。
「ところでアテナさん、昨夜ノックしたのって、やっぱり?」
「あぁ、恐らくあのヘンタ…いや、ウチの父の可能性しかないだろうな」
「あはは、やっぱりそうなんだ?えっと、それって何とかならないかしら?変な時間に起こされるから、もの凄く眠いのよ。明日、叔母が来た時に寝てても悪いし、寝呆けてても失礼でしょ?」
「うぅむ。まぁ、それも一理あるな。よしっ!何とかしてみよう。だが、相手があのヘンタ…いや、相手だから、何ともならないかもしれんぞ?」
「ウチの使いの者達くらいじゃ、相手にならんのは明白だしな」
少女は対処をしてもらえる事が「無いよりはマシかも」と考え、「お願いします」と返していた。
その日の夜、少女は早めに寝る事にした。だから燭台の火を消すと早めにベッドへと潜り込んでいった。
少女は緊張の余りに寝れないかとも思っていたが、予想に反して直ぐに眠りに堕ちていく事が出来た。
そして真夜中、1つの影が少女の部屋の前まで来て、またもや懲りずにノックをしていた。だが、今回は何度ノックをしても中からの反応は一切無く、影は泣く泣く少女の部屋の前から去って行ったのだった。




