Invisible Vanquisher ν
「これってまさかッ!ウソでしょっ?!まだ終わってないって言うの?」
「あの変な膜が残ってるってコトは、まだどっかで生きてるってコト?まっ、それならこの膜も、てってー的に破壊しちゃえばどっかに隠れてても出て来るしかなくなるわよね?」
少女は眼下に広がっている「膜」を見付け最初は驚いていたが、心持ちを割り切ると剣を構えて「膜」に突き立て、半神半魔の力で消滅させていく事にしたのである。
「ソレ」の本体は周到に隠されている。「惑星の御子」から身を守る為に必要不可欠なコトだ。
如何に自分が強大な力を持とうとも「慢心は必ず身を滅ぼす」と言うコトを「悪行の人類史」から得ていたし、自分もその昔、味わったから尚更のコト弁えていた。拠って「ソレ」はこの次元に、自分自身を存在させない事を選んだ。
「ソレ」は過去に於いて「惑星の御子」と闘った時に理解していたからだった。「惑星の御子」は高位の次元に、決して出入り出来る存在ではないと。
拠って「ソレ」は人間達が立ち入るコトが出来ない、高位の次元に身を隠していた。
だが、分身体が破壊された現状で「ソレ」が取れる方針は変わるハメになる。
安全策を重視して行動するのであれば、「目」から回収されてくるエネルギーだけを蓄えて、このまま次の機会を待つコトを選ぶ事が出来る。
そしてそのまま「目」が破壊されるのであれば、ほとぼりが冷めるまで自身は休眠する事を選ぶべきと言えるだろう。
またはエネルギーを回収するコトすら止めて、「ソレ」が「膜」そのものを消していれば「全て終わった」と、少女は勘違いし剣を納めていたかもしれない。
そうすれば無駄なエネルギー損失がなくなり、次の機会までの時間は更に短くなっただろう。
そうしていれば休眠期間を経た後で「ソレ」が目覚めた時に、より安全にこの惑星を捕食出来たかもしれない。
然しながら「ソレ」の本体は、自分の身体が少女から刺し貫かれた事。更にはその傷の癒える気配が微塵も無かった事。
それらの要因によって非常に焦っていた。
本体を傷付けられた事に拠る屈辱感と、傷が癒えない事への焦燥感から、「ソレ」は判断を誤る事になったのである。
結論として「ソレ」は高位の次元から、少女のいる3次元に転移する事を選択したのだった。
それは守る為に隠れていたのに、それを諦めたという事と同義だ。
少女は「膜」を次々に消滅させていった。それに伴って地上を襲っていた光は、次第に撃たれなくなった。
こうして少女が「膜」の破壊を始めてから暫く時が経った頃には、全ての「膜」が破壊し尽くされる事になる。
地球は一周約40000kmであり1500km/hで自転している。よってその場に立ち尽くして「膜」を取り除いていけば24時間後にはその一帯の「膜」は取り除ける計算になるが、それでは圧倒的に半神半魔の時間が足りない。
だからこそ周回軌道を逆に取り、バフで敏捷性を最大まで上げ、光速付近の速度まで到達したコトで容易にローラー作戦は成功したと言える。
「じゃあ、終わったし帰るとしますかッ!でも……地球ってこんなに青かったんだ?実物をこの目で見るのじゃ、全っ然趣きが違うわね。まぁ、自力でここまで来られるんだから、これからはたまに見に来るのもアリかしら?」
「ってか、調子乗って周回軌道駆けてたけど、神奈川国ってどこかしら?ちゃんと帰れるかなぁ?」
ぴぴぴぴぴっ
「アラーム?何かが……来る?ここからでも感じる途轍もない殺気、そして、威圧感……。ああぁ、やっぱりまだ、生きてたみたいね。はぁ……。また、あのきっしょいツラを拝まなきゃならないのかぁ……」
「ぬふふふ。探したぞ。こんな所にいたとはな」
「アタシは探さないで欲しかったわ。ってか、今回はちゃんと喋れるのね?……まぁそれじゃあさっきのは、分身体ってトコかしら?まぁ、それもそうよね。陰でコソコソしてる陰湿なゲス野郎だから仕方ないわよね?」
「ぐふふふ。軽い挑発だな?そんなモノにワイが乗るとでも?」
「へぇ、意外と理性的なのね?そんなツラなのに。本能のままに貪るだけのケダモノかと思ってたわ」
「にふふふふ。それについては否定はせぬ。先程の美味を再び味わう為に出て来てやったのだからなッ!」
ぶるるっ
「さっきも言ったけど、アンタなんかに、アタシの初めてをあげる気はさらッさらないのよッ!だからそんなゲスな目でこっち見んなッ!!アタシはアンタに視姦すらされたくないのよッ!」
「ぐふふふ。またいい声で哭いてもらえると食欲がいっそう増進するんだがなぁ?」
「ホントにゲスくてきしょいバケモノねッ!でもま、さっきまであんなに小さかったのに、随分と成長してくれちゃって……アタシとしては攻撃が当てやすいサイズで、実におありがたいわッ!」
今、少女の目の前にいる「ソレ」は、先程まで「膜」の上でただニタニタと嗤っているだけたった「ソレ」とは違う。見た目は「膜」の上にいた「ソレ」と変わりが無いのだが、大きさは桁外れで、存在感やら威圧感やら殺気やらが先程までとは比較にならない。
この空間では対比出来る比較対象か地球しかない事から、それと比較すればかなり小さいのは当たり前になるが、少女と比較すれば少女の10倍、いや、それ以上の巨体だと言える。
先程の「ソレ」の背中にあった、二足翼竜種の翼だけが正確な大きさだったのかもしれない。
「さて、それじゃ、そろそろ美味しく食べさせてもらうッ!ハラが減ってハラが減って仕方がないのだ。だから、喰わせろーーーッ!!」
「何回言っても分かってくれないなぁ、はぁ……」
キッ
「だからお断りって言ってんでしょッ!!しつこい野郎はモテないって相場が決まってんのよッ!!」
「ぐらぁぁぁぁぁぁぁッ!」 / 「でやぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ぶぉん
「えッ?!消えた?どこッ!?一体何が?」
ぴぴぴぴぴっ
「後ろッ?くっ!間に合えッ!」 / 「頂きまぁす!」
しゃしゃしゃッ
「なんとか緊急回避出来たけど、どんなカラクリよ?ってか、緊急回避成功してなかったら……ああぁ、ヤだヤだ。身体がゾワゾワするぅぅ」
少女は確実に仕留めた気でいた。仮に仕留められ無くてもダメージは与えられるハズだと思っていた。
だが、当たらなかった。
何故ならば「ソレ」は剣閃が触れる前に忽然と消えたのだ。決して「避けた」のではない。
視界からもバイザーからも文字通り「消えた」のだった。
「ソレ」が再び現れたのは、先程まで反応しなかったバイザーがアラームを鳴らした直後で現れた場所は少女の背後。
咄嗟に緊急回避を行ったが緊急回避に失敗していたら「ソレ」の触手に捕まっていただろう。
こうして、それと同じ攻防は幾度となく繰り返されていった。
「はぁ、はぁ、はぁ。やり辛いわね、まったく。でもあれは一体なに?バイザーでは発見出来ない状態で存在しているって事なの?そうしたら、不可視化の魔術?でも、あの巨体が瞬時に消え失せる魔術なんて……でも、触手が来る直前にバイザーはちゃんと反応してくれてる。どんなカラクリなのかしら?」
「ホンっトに解せないわッ!」
不可視化の魔術は、認識阻害の魔術と同様に起点から順を追って視えなくなると聞いていた。
そうであるならば、巨体の全てが文字通り一瞬で消える事は不可能としか言えない。
更に「ソレ」は一度消えると、バイザーが発見するまで消えたままだ。
それは不可視化や認識阻害の特徴だから間違ってはいない。
それならばバイザーが感知出来ない程に魔力が薄まっているのだろう。しかし、バイザーが発見した時には全身が一瞬の内に現れる。
そしてそれは消える時も同じだった。現れる時も消える時も全てが一瞬。全て刹那の時に起きているのである。
よって解せない。
その一方で、不可視化になっているなら、いちいち現れる必要はないと言える。
不可視化や認識阻害は相手から認知されないだけであり、相手に対しての攻撃は認知されていなくても可能なのだ。ただ、触れてしまえば相手から認知されるコトになるが、そもそも触手に捕まれば逃げるコトはほぼ皆無だろう。だったら消えたまま捕まえても何も問題はない。
故に少女は違和感を覚えていた。
「絶対に何かあるわね。不可視化の魔術なんかじゃなく、絶対に何かのトリックがッ!でも、攻撃のタイミングが不規則過ぎて、カウンターも合わせられない!アタシが防戦一方になるなんて、これほどまでとは思ってもいなかったわ!くっ」
その後もバイザーに拠って幾度となく助けられ、少女は常にギリギリのタイミングで緊急回避に成功していく。だが「いつ襲ってくるか分からない」というこの状況下で少女は、極度の緊張感に見舞われていた。
更にはカウンターも試してはいるが掠りもしない。拠って緊張感だけでなくイライラも募っていた。
要するに冷静でいられなくなっていたとも言い換えられるだろう。
ぴぴぴぴぴっ
「まったくしつこいわねッ!そう何度も何度も同じ手ばっかって、手ぇッ!?」
ばちんっ
「きあぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁ」
「ぬふふふふ。やっと捕まえた。ワイの餌ぁ。ふはははは。いい悲鳴だ食欲が唆るぅ。でも一飲みはもったいない。ゆっくりと味わって味わって、味わい尽くして咀嚼して堪能しなきゃもったいないな。じゅるりっ」
何度目かのアラームの後、「ソレ」からの攻撃は先程までの触手に拠るモノから変わっていた。少女は今までの単調な攻撃に慣れてしまっていた事が災いして、対応が一瞬遅れてしまったのだ。それは両手で蚊を潰すような動きだった。
緊急回避が遅れた少女は、「ソレ」の掌が合わさった時に太腿から下を挟まれていた。
「惑星の御子」の力を解放しているからか、少女は怪我をしても傷を負っても即時回復していく。それはこの闘いが始まるまで分からなかったコトで、太平洋上の島が犠牲になったあたりでは解明されていなかった。
だが実際のところ、今までの攻撃によって受けた傷は立ちどころに回復していたから「惑星の御子」の力によるモノだと考えるようになっていた。しかし、傷は即時回復しても、痛みだけはどうしようもない。回復力と痛覚はどうやら別物のようだ。
従って傷を負えば痛みは、その身体を蝕んでいく。
更に付け加えると、物理作用が効かないと言っても軟体動物などの無脊椎動物になったワケではない。拠って脚の骨という骨が「ソレ」に因って砕かれ、折れた骨は筋肉に刺さる。
その痛みは壮絶であり、声にならない声が辺りに木霊していった。だが、折れた骨も傷付いた筋肉も直ぐに元に戻るが、「ソレ」の掌の圧力によって元に戻った途端に再び粉砕されていく。
そしてその光景に、その悲鳴に、その表情に「ソレ」は愉悦に浸り、気持ち悪い顔を更に気持ち悪く蕩けさせて恍惚としていたのである。
「アタシのか細い脚を蚊を叩くみたいに潰してくれちゃって、お、覚えておきなさいよッ!ぐっくぅぅぅぅ」
「——こ、この痛みは絶対に100万倍返しでも許してあげないんだからねッ!うっ、ううう」
「ぐっ!だから痛ったいってばッ!か弱い女の子には優しくしろって教わらなかったの?!」
「あぁ、もう、アンタに食べられたくなんかないし、穢されたくもないし、初めてをあげる気もないのにぃッ!くっ、離しなさいよ!だから痛いってば!!」
「ぐふふふふ。美味そうだ」
不敵な笑みを浮かべたまま「ソレ」の、悍ましく嗤う顔が近付いてきていた。少女の目の前には「ソレ」のうねうねと、見目麗しくない気持ち悪いだけの触手が迫ってきている。
度重なって襲ってくる激痛に耐えてでも少女は大剣を振ろうと考えたが、少女の愛剣も掌の中に囚われている為に引き抜くコトも出来ない。
「ソレ」は目の前にある「ご馳走」に異様に嗤っていた。凶悪な顔をより一層凶悪に変えて、その美味を堪能し舌鼓を打てる時を、今か今かと待ち構えている様子だった。
「ちゃんと人の話しは聞きなさいって教わらなかったの?!もうッ!こうなったら背に腹は替えられないわッ!」
「デバイスオープン、精霊石ドリュアス、精霊石ノーム、精霊石スカディ、精霊石サラマンダー、精霊石アウラ、バーストッ!」
しゅごどんしゃきぼんざしゅッ
どごおぉぉおぉおん
「あぁ、ホントにヤんなっちゃう。いつからアタシはこんなに打たれ強くなったんだろ。これじゃまるで、アタシの方がドMじゃないっ!」
「——って、ウソでしょ?これでも効いてないのっ?」
少女はこの状況を打破する為に様々なシミュレートしていた。そして最後の手段を使わざるを得ない状況まで、逼迫させられていた。
それは精霊石のバーストである。
目の前で上位精霊石がバーストすれば、少女もただでは済まない。だが、剣を封じられ、拘束を解く事が出来ない現状では、それが1番手っ取り早い最大火力だった。
精霊石がバーストし、少女はその火力に穿かれ裂かれ抉られ刻まれ焼かれていった。それは目の前の「ソレ」も同条件だ。
だが「ソレ」に食べられたら一貫の終わりだが、精霊石からのダメージでは少女は死ぬコトはない。
ただ、非常に痛いだけだ。
それはもう、泣きたくなる程に痛くて痛くてどうしようもないだけだ。
だけど死ぬコトはない。
よって、「死ぬ事以外はかすり傷作戦」を少女は決行したのである。
一方で精霊石の爆発をまともに受けた「ソレ」は、何の影響も無かったワケではない。
ダメージは確かに累積していた。だがそんな事よりも今はただ、目の前の「ご馳走」に全てが集中していた事から気にならなかっただけだった。
要は「気にならない程のダメージだった」とも、言い換えられる。
よってご馳走に対する執念が見せた芸当と言い換えられるかもしれない。
「って、うわぁ、なに何ナニ?なんで、急に逆さまに?」
「にふふふ。決めた。やっぱり一飲みにしてやる」
ぐぱぁ
「えっ?!ちょっ、嘘でしょ?やめて止めてヤメテ離してッ!」
「ソレ」は精霊石など意に介す事なく両手を高々と上げると、コップの中身を飲み干すかのように手首を返していく。その為、少女は逆さ吊りのような格好になっており、一種の辱めを受けている様子だった。
この時にもしも少女がスカートを履いていたら、顔を真っ赤にして必死になって口汚く抗議しただろう事は間違いがないが、余談でしかない。
少女のその視界には触手の隙間から開けられた口が、垣間見えている。それは地獄の門が開き、門の中に引きずり込もうとしている感じにも見えるが気持ちの良いモンではない。
「まだ、まだ、まだッ!まだ何か方法はきっとある!諦めるなアタシ!諦めたらそこで終わりだッ!くそっ!くそっ!くそっ!」
「そうだッ!いっその事、口の中に精霊石をブチ込んでやろうかしら?」
きらッ
「えっ?アレって……まさか」
少女は拘束を解こうと必死だった。その為に「惑星の御子」の力を最大まで発揮したが無理だった。
バフを筋力値に入れても、敏捷性に入れてもダメだった。そして藻掻けば藻掻くほど、締め付けてくるその掌の力は増していった。
治った骨は激しく軋み、鈍い音を掻き鳴らし痛みが身体を突き抜けていく。
だがそんな中で逆さ吊りにされた事が幸いしたように、少女の首に掛かっていたネックレスが地球の微かな重力に従い、直下にいる「ソレ」に向かって落下していく様子が、少女の視界に入っていったのである。
少女はそのネックレスが落ちていく時にどんな気持ちだったのだろう。
その表情は「驚愕」だったのか、はたまた、「歓喜」だったのか。
または、そのどちらとも付かない表情だったかもしれないが、少女にはそんなコトを気にしている余裕は一切無かった。
ただ、落ちていくネックレスを見送っただけだったと言えるかもしれない。




